太華君インタビュー其の二!
大学生活を経て、夜の街へ...
そしてBEAT BOXとの初遭遇で受けた衝撃とは!?
アレもコレもと危険過ぎるエピソード満載でお送りします!
Z:
ところで、SHINGO西成君は学年がひとつ下?
T:
そうですね。
1年後に入って来たんですけど、3年先に卒業していきました (笑)。
Z:
そうなりますよね(笑)。
T:
彼も大学の時おかしかったですね。
俺がエアガンを流行らせた時があったんですけど、SHINGOはそんなにお金持ちじゃなくて、
家にもお金を入れなくちゃいけなかったから、苦労してバイトでお金貯めてエアガンを買ったんですよね。
SHINGOがやっとエアガンを買えた時には、俺らはすでに飽きてしまってたんですよ。
そこでSHINGOはキレて、なぜか学長を撃って停学になりましたからね(笑)。
大学ですよ(笑)!
パーンッ!!! とかいって視察に来てた学長を撃ったんですよね(笑)。
Z:
それはアツいですね!
T:
他には蓋の付いたゴミ箱の中にもよく入ってましたね。
学生が飲んだドリンクのゴミなんかをそこにポーンッて入れたら『家やー!!!』って中から出てきて怒ってましたね(笑)。
Z:
そのギャグは意味不明ですね(笑)。
T:
授業はちゃんと出てたんですけど、休み時間の度にゴミ箱に入っていちいち学生を驚かしてたという。
変わった男でした。
Z:
命懸けてますね(笑)。
T:
ホントに(笑)。
SHINGOはヤバいですね。
Z:
そんなこんなで、26歳で卒業。
その時はどうでした?
T:
4年経った時点で、これはナシにするほうがもったいないと思ったんですよ。
大学は行きつつも、将来は関係ない仕事へ進むんだろうなって薄々気付いてたんですけど。
19〜20歳ぐらいでジャグリンシティでバイトを始めたんですよね。
Z:
そんな歳からやってたんですね。
T:
はい。
最初はセントアンズにSHINGOとバイトの面接に行ったんですよね。
SHINGOは落ちたんですけど、自分は体が大きかったので、新しくジャグリンシティっていうのができるから働いてみない?って言われたんですよ。
そこでセキュリティーをやるようになりました。
僕も素直だったので、怖くしないといけないって言われたまま純粋にそうやってましたね。
Z:
変な奴いっぱい来たでしょ?
T:
来ましたね〜。
でも、何も分かってなかったから乗り越えられましたね。
誰が怖いとか明確に知ってたら絶対に調子に乗れなかったですよ。
今、街で居るような"怖いもの知らず"って言われる人達は、ただの"知らず"だと思いますね。
でもなんか若気の至りってちょっといいな、って思います。
Z:
セキュリティー時代のおもしろエピソードはありますか?
T:
そうですね...
注射器はよく落ちてましたね(笑)。
Z:
どこにですか(笑)?
T:
便所もそうですけど、床に。
フロアにガンガン落ちてましたね。
当時のジャグリンシティは、金曜日でアベレージ600人ぐらいで、
ROCK DESIRE、TERMINATOR、RED PRINCE、KILLASANの4種と5週目は何かしらが入るって形だったんですよ。
土曜はだいたいKILLASANがやってましたね。
土曜は1300人ぐらい入ってたので、とにかく人で埋め尽くされてよく分からない状況だったんですよね。
終わってから、掃除する時に床を見たら注射器がゴロゴロ...
突いてるね! みたいな(笑)。
Z:
レゲエなのに...ね?
T:
あの頃ってレゲエって感覚じゃなかったんでしょうね。
今でこそレゲエってホッコリな感じが美学的にも認められるところあるじゃないですか。
もちろん社会では当然認められてないですけども。
あの当時は不良文化との関わりが密接過ぎたし、あとディスコ文化からの移行もあいまいな時期だったので、ワルい人が遊びに来る場所って感じでしたね。
QOOとかはお洒落な感じで...
まあお洒落ではないけどもそういった雰囲気を醸し出したい人が行ってるイメージでしたよね。
ジャグリンはバカ騒ぎしたい人達が来るっていう。
Z:
剥き出し系ですね(笑)。
T:
そうです(笑)。
喧嘩はすごくしましたね。
連鎖反応で起こるんで、1日5〜6回は喧嘩がありましたね。
こっちも役者になるしかなかったですよ。
Z:
それって素でやってる人も居るかも知れないですけど、みんな演じてると思いますよ。
T:
自分を自分でごまかさないといけない部分もありますからね。
賢くなって我に返ると、足が震えることもありましたから。
勢いあること口では言ってるけど、一方で引いてる自分に気付き出すともうやりたくないですよ。
Z:
それにしても、注射器が落ちてて1日5回喧嘩がある店って今あるんですかね(笑)?
T:
ないでしょうね(笑)。
そう考えると、あの当時はエネルギッシュだったなって思いますね。
喧嘩も楽しくはなかったですけど、上手く負けなかったんですよ。
一度だけ後ろからやられて気絶しそうになったことはありましたけど。
その殴った奴を友達がどついたんですけど、歯茎がバーン!って割れてましたね。
あと何かあったかな?...
そういえば、りんくうのジャグリンも働きに行ったんですけど、あそこでは青年団は強い! って思いましたね。
シバかれてた大体大の野球部の中に○○が居たと思うんですよね、たぶん。
Z:
○○?
T:
巨人の○○です。
一応ピーにしておいて下さい。
たぶん、植木に刺さってたのはアイツだと思うんですよ。
大体大って色んなところから来たボンボンがやってる野球部の奴らで、体がゴツいからオラァ〜みたいな感じで入って来るんですよ。
こっちはこっちでOO系の奴らがセキュリティーでいっぱい居て、みんなイケイケなんですよ。
ムチャクチャ俺ら仲がよかったんですよね。
でも自分らが手を下すまでもなく、野球部はその客の青年団達にビシビシにシバかれて、みんな泣きながら逃げてましたね。
Z:
岸和田のだんじり。
T:
はい、アイツらの喧嘩は本当にすごかったですね!
みんなメチャクチャ良い奴らなんですけど、友達のことになったら我を忘れるのが早過ぎて(笑)。
Z:
団結力がやっぱりすごいですからね。
T:
そうですよね。
やっぱりすごく憧れてましたし、自分は一時岸和田の女の子と結婚するって決めてました(笑)。
何か好きでしたね〜。
Z:
無謀ですね、それは(笑)。
T:
やっぱり岸和田にはノスタルジックな思い出がありますね。
Z:
岸和田の女の子は可愛いですもんね。
T:
ホント可愛いです!
Z:
みんな猫みたいな顔してますよね。
T:
そうです、そうです(笑)。
目とかもシュシュッって描いたような薄い顔の子が多いんですよね。
泉州に対して今でもノスタルジーがあるんですよ、好きですね〜。
KENTY GROSSが泉州顔なのに、泉州じゃないって聞いた時はちょっとショックでしたけど。
Z:
結局、セキュリティーは何年やったのですか?
T:
何だかんだで日韓ワールドカップの時もスーツ着てUNDER LOUNGEでセキュリティーやってたし、大阪のSUPREME立ち上げの時もやってましたね。
そういえば真鍋かをりの特殊ガードとして東京でもやったことありましたね。
クラブのセキュリティーとしては、りんくうのジャグリンで終わりです。
あ、あとサンスプラッシュカフェがありました。
そこで不良外人相手のセキュリティーを1人でやってたんですよ。
その時の話がおもしろかったんですよね。
やっぱり気合いだなって思って。
Z:
はい。
T:
2m近い外人達10人ぐらいに囲まれてガーッて言われても、『やったろか!コラァ!!!』って言うと全然押されないんですよね。
それこそ俺って役者になれるわ...って思いましたね(笑)。
Z:
(笑)。
T:
実際に殴り合いは何度かありましたけども。
そういえば...
銃が一度出ましたね。
Z:
マジで!?
T:
俺じゃなくて、後輩に貝本っていうのが居たんですけど、そいつですね。
俺が休みの日だったんですけど、そいつはホントに喧嘩が強くて、パンチ一発で人が吹っ飛ぶんで"核弾頭"って呼ばれてたんですけど、外人が銃を持って戻って来たことがあったみたいなんですよね。
銃口をグイッって押し付けられて『本当二撃ツヨ!』って言われたんですよ。
とりあえず話そうってなって終わったみたいなんですけど、その時マジで怖かったみたいですね。
Z:
黒人ですか?
T:
はい。
そんなエピソードがありましたね。
Z:
それで東京へは、いつ出てきたのですか?
T:
東京は30歳になってからですね。
サンスプラッシュが終わってからFLATtでバイトさせてもらったんですよ。
半年ぐらい働きましたかね。
自分も30歳だったので、店長の下拓に働かせてっていうのもおかしかったんですけど。
まあ、やることもなかったので、東京行くまで準備が整う間だけ雇ってもらいました。
そこではすごく楽しかったですね。
最後は涙のお別れでしたよ。
それで車を自分で運転して東京へ来たんですよ。
Z:
太華君、車乗ってたんですか?
T:
乗ってたんですけど、その時はもう車も売っちゃって、4トンロングに荷物を詰めて行ったんですよ。
泣きながら...
朝、みんなに胴上げされて向かいましたね。
懐かしいですね〜。
なぜ東京へ行こうと思ったのですか?
T:
大阪はメチャクチャ好きだったんですけど、慣れって怖いじゃないですか。
大阪でまだいろいろやれる事もあったと思うんですけど、あの頃の自分は何か様々なことがまとわりついてる感じがあったんですよ。
大阪の街にどっぷりというか...温泉に入ってるけど湯質 に粘着感があるというか。
いろいろ煩わしく感じてる時期だったんですよね。
その頃DJやってたんですけど、DJの内容や音楽的に褒められたかったつもりなのに、街の人みたいな感じで挨拶されたりするのがどうも...
Z:
いいじゃないですか、どっちでも(笑)。
T:
なんかちょっと恥ずかしくて(笑)。
もともとそんなノリじゃないし、喧嘩も得意ではないし...
状況に応じて行動してきましたけど、それでリスペクト受けてるっていうのがちょっとズレてるなと思って怖くなりました。
Z:
なるほどね。
T:
大阪に居たら錆びるっていうと語弊があるかも知れないですけど、自分の中でそこをピークに下り坂に向かってしまうんじゃないかなと思えてきて。
当時、田中雄一郎ってツレが部屋もひとつ空いてるし、リビングにベッド置いてあるだけだけど東京に来いよって誘ってくれたんですよね。
Z:
その時は、共同生活をしてたのですか?
T:
はい、百人町です。
アースドムとか、ゲットーからほんの100mもないぐらいの場所でしたね。
色々仕事もしたんですけど...余り長く続かず...
Z:
そうなんですね。
T:
それで、アメ村に居た頃に学んだんですけど、クラブとか自分の基地がそこにあることが異様なまでに物事を潤滑に運べるキーだったんですよね。
そのタイミングでRINOのマネージャーしてた西君っていう人がエイジア募集してますって教えてくれたんですよ。
推薦してくれたこともあって何人かの中で面接に僕だけ受かったんですよね。
最初は30歳越えた俺みたいな見た目の奴がいきなりバイトに来て何やねん? ってなるじゃないですか。
やっぱりみんな冷たかったですね。
Z:
そうなんですね...
T:
全員、年下だったので様子を窺ってただけなのか、単に冷たかったのかは分からなかったですけども。
とりあえず東京に出て来たら全員目上の人間として接するって決めてたので、20歳の子とかでもきっちりと挨拶してお付き合いさせてもらってましたね。
ムカつくこともやっぱり多くて、絶対に何かでひっくり返してやる! って思いながら探して見つけたのがBEAT BOXでした。
Z:
なぜBEAT BOXをしようと思ったのですか?
T:
大阪時代に自分がオーガナイズしてるイベントがメインで2つあって、両方ともI to Iだったんですよね。
ひとつは"サナトリウム"っていうイベントでSHINGO西成、ARIA、Wolf Pack、ロデオドライブといったメンバーでやってたんですよ。
ちょっとポップな位置のイベントで平日だったんですけど、150〜200人ぐらい入れるように頑張ってて。
そういうのをやってると、今度は逆にコアなことをやりたくなってきたんですよね。
もともと自分的にミドルよりもっとコアな立ち位置が好きみたいな感じだったんですよね。
買ってるレコードもBREAKCOREとかで、変なレコード屋が集めてきたHIP HOPっぽいモノをHIP HOPとして解釈してるヤツみたいな(笑)。
それで、GEBO君の居るArt of vibesとかに声をかけて一緒にやりましょうって誘ってたんですよ。
その時、GEBO君の周りに居たうちの1人がAFRAだったんですよね。
AFRAがニューヨークから帰って来るタイミングで何度かライブをやってもらったんですけど、そのライブが衝撃的だったんですよ。
何でそんなにカッコエエの!? みたいな。
Z:
なるほど。
T:
それが大阪を離れる1年ぐらい前の出来事でしたね。
東京へ行ってからは、DJでガッツリやろうと思ってたんですけどMODULEかどこかへGEBO君と一緒に行った時に、DJ BAKUとチャンピオンになりたてホヤホヤのKENTAROを同時に観てしまったんですよ。
やりたいことの想像の範囲でしたけど、自分のできない事を実現されててホントにビックリしてしまいましたね。
とりあえず勝てないと思って、自分も30歳だし何かできることはないかな? って考えたらBEAT BOX! ってなったんですよね。
そこを伸ばしていこうと動き始めました。
エイジアのバイトの時に入り口で身分証明のチェックをしながら、口スクラッチをかましてみたり...
Z:
凄いですね!それは(笑)。
T:
バイトで開店準備してる時、イベントのオーガナイザーに自分はBEAT BOX練習しててこれぐらいのことは出来るんですけど...
後で空いてる時間に5分ぐらいさせて頂けないですか? って頼んで、良いですよって言われたらお酒作ってる間に少し抜けさせてもらって..
BEAT BOXしてまたカウンターに戻ってくるみたいな。
初めて人前でやるまでに、自分の中でBEAT BOXのネタをずっと温めてたんですよね。
Z:
それは誰に教えてもらってたのですか?
T:
誰も教えてくれなかったです。
AFRAもそんなに会えなかったので、Art of vibesの啓君がライブやってるのを観て盗んでました。
BEAT BOXってか音楽は、耳でパクれるんで。
音でパクれない奴はBEAT BOXなんかやらないほうが良いです。
そんな感じで今に至るっていう感じですかね。
途中でMC漢にLibra RECORDに誘ってもらったりもしました。
それで自分の基地もできたんですけど、意外と時間がかかりましたね。
Z:
何かをやろうと思ったら時間がかかりますもんね、最低3年ぐらいは。
T:
そうですね、僕は7年経ちましたけど今はすごく楽しいですね。
Z:
初めてBEAT BOXをやった時ってどうでした?
T:
緊張しましたね〜。
メチャクチャ緊張して、本当にゲロを吐きそうでした。
一番初めはbedでやったんですよ。
町田のほうにSD JUNKSTAって居るじゃないですか。
Z:
はいはい、居ますね。
T:
そこにKYNっていう奴が居るんですけど、昔はインパルスっていう名前だったんですよ。
そいつとTARO SOULが六本木のYELLOWの側にあった"香"っていう小さなクラブでやってたんです。
MICADELICの真田人って奴にそこに連れていってもらった時にKYNとTARO SOULがBEAT BOXやってて、それがメチャクチャ上手かったんですよ。
Z:
TARO SOULってBEAT BOXできるんですね。
T:
メチャクチャ上手いです!
それで、これはすごい!!! って思って、負けたくなくて自分も頑張ったんですよ。
RIP SLYMEのサードで参加してるKっていうBEAT BOXERや、S.L.A.C.K.も17歳の頃でBEAT BOXすごかったんですけど、こいつらをとにかく全員殺す! って思いながら自分も頑張ったんですよ(笑)。
もう知らない間に誰もやらなくなってしまいましたけどね。
それで、インパルスの頃のKYNと、口でなんかビシュビシュ!って変な音を奏でるSEONIOUSっていうのと俺で何かやってみようって話になってRinky Dink Studioに入って初めてやったんですよね。
その時に異常な楽しさを感じて、ビートは2パターンしかできなかったんですけど、この時代においてはアリだ! って思ってbedでやったんですよね。
そこで拍手喝采をもらって自信がついた感じですね。
そこから1ヶ月ぐらい経ってからVUENOSでソロでやらせてもらえるようになったんですよ。
4〜5種類ぐらいできるようになってたから、それを組み合わせてやってましたね。
その時は本当に拍手がすごくて、終わった時は夢見心地でした。
嬉し過ぎてゲロ吐きましたね。
Z:
ゲロ(笑)!!!
T:
今でも憶えてますよ(笑)。
ひとくちゲロをベロって吐いちゃって..
Z:
それはすごいですね(笑)。
T:
この感じで続ければ上手くいくんじゃないかなって思いましたね。
Z:
そういうものですよね。
T:
自分が活躍できるかもって思って、やっとトンネルの出口が見えた気がしましたね。
未だにあんまり出られてないですけども(笑)。
Z:
でもDJの道にそのまま進まなくて良かったですよね。
DJをやってたらもっと時間がかかってますよ。
T:
そうですよね〜。
だから蜘蛛の糸だなって思いましたね。
HIP HOPの神様は自分の中に居ますね。
Z:
HIP HOPは、なぜハマったのですか?
T:
昔、マイケル富岡とティナがMTVやってたじゃないですか。
Z:
はい、やってましたね(笑)。
T:
あの頃ってPVとか視覚で音楽を観るのがやっと出てきた頃でしたよね。
その時に観た
RUN D.M.C.の"It's Tricky"で衝撃を受けたんですよ。
音も♪ドッデド、ドデド、ドッデッドドデッ♪みたいな感じでメッチャシブくて......
Z:
今のメッチャ分かりますね〜(笑)。
T:
分かりました(笑)?
♪トゥクトゥントゥクトゥン...♪みたいな(笑)。
それで言葉のループ性というか韻を踏んでる部分を一瞬で理解しちゃったんですよ。
これは言葉の科学やな! と思ってハマったんですよね。
Z:
なるほど、"It's Tricky"で。
普通は"Walk This Way"から入る人が多いですよ(笑)。
T:
そうなんですけど、何かあの頃はギターの鳴りが僕には邪魔でしたね。
もっと電子音楽というか、デジタルな感じのほうがビンビンきました。
その直前に聴いてたのが、立花ハジメ、PLASTICSとか、細野晴臣のソロ作やYMOだったので電子音楽にすごく傾倒してたんですよね。
アナログとデジタルの融合というか、混ざりっぷりに魅了されてました。
Z:
RUN D.M.C.はメチャクチャハマりました?
T:
ハマりましたね〜!
Z:
とりあえずCDを買いまくるみたいな?
Z:
でも、他の曲はそこまで好きになれなかったんですよね。
ただ、今でも"It's Tricky"のビートの尻もちの着き方っていうのがすごく好きです。
ガキの頃からピンポイントで好きになるっていうのが変わらずで、RUN D.M.C.の"It's Tricky"が好きだから、他も全部好きっていうのにならないんですよ。
例えばGANG STARRにしても好きな曲は"
The ? Remains"なんですけど、それ以外の曲はかなり冷めて後からハマる感じでしたね。
曲をピンポイントで好きになっちゃうんですよ。
Z:
なるほど、アーティストじゃないんですね。
T:
アーティストもあるんですけど、好きな曲を演じる側にまわって聴いちゃうんですよね。
『この曲だったら、俺が電子ドラムを格好つけてる感じでやりたい!』みたいな(笑)。
Z:
(爆笑)!!!
T:
ブルーハーツとかでもそうでしたよ(笑)。
『この曲だったら、俺がギターやりたい!』とか、妄想しながら聴くのが好きでしたね。
Z:
それはアツい(笑)!
自分は音楽をそんな聴き方したことないですもん(笑)。
T:
人のものでも自分のBGMとして聴いてしまうところがありましたね。
だからBEAT BOXが性に合ってるのかも知れないです。
BEAT BOXに衝撃を受け、自らの野望がふつふつと肺の奥から沸き起こる...
ゲロの酸味をおぼえながら初舞台を踏み、ビートに支配された生活が始まる!
次回はさらにHIP HOP談議に花が咲きます!!
次回更新日は9月27日月曜日です!