SASUさんインタビュー其の三!
カナダでの生活、もうひとつの大きな出来事、友情、出会い...
そしていよいよペンキ片手にビッグウォールの前に立つ!!!
Z:
100万円は何ヶ月で貯めたのですか?
S:
1年ぐらいかかったんじゃないかな。
とにかくそのお金でカナダへ行って、まず友達から7万円ぐらいで車を買いました。それで少しずつ行動範囲を広げていって。
毎日が自由な生活で...で、大丈夫ですか? インタビューの時間?
Z:
全然、大丈夫ですよ。
いきなりそこを気にしてるんですか(笑)。
全然オッケーです!
S:
じゃあ良かったです(笑)。
Z :
カナダはどうでした?
S:
とりあえず毎日のようにスノーボードをしていました。
かと言ってプロになりたいとかは全然無くて、遊びながら日本食のレストランなんかで働いていましたよ。
仕事以外の日は、食べたい時に食べて、寝たい時に寝て、、毎日好きに遊んでましたね、人生の中で本当に一番緊張感なかったかもしれないです(笑)。
Z:
緊張感がないというか、心底エンジョイですよね。
S:
そうですね(笑)
夏は夜でも明るいから昼から夜まで遊んでましたね。
夏も氷河でスノーボードできるし、夜はフライフィッシングやってみたり。リゾート地だったからレストランも買い物も、映画館も全部揃っていたんですよね。
車で国境を越えてアメリカのアウトレットに買物に出たり、モーテルを点々としながらシアトルを下って、サンフランシスコ〜ロスとか。旅にも良く行きました。
Z:
最高ですね!今はできないですから。
S:
自分の中で一番自由な時間でしたね。
Z:
だから英語が喋れるんですね。
S:
喋れてるかわからないですけど、とりあえず日常会話の基本は、そうですね。
Z:
どうして英語が喋れるのかな? って思ってたんですよ。
S:
でも、着いた初日はマクドナルドで注文もできなかったんですよ(笑)。
全く勉強せずに行っちゃって、面食らっちゃいましたね。
それで友達に『 今日だけお願いだから代わりに注文して! 』って頼んでもらったんですよ。
Z:
(爆笑)!それで次からは自分で注文できたのですか?
S:
そう、少しづつ教えてもらったんですよ。
頼むときは、Can I have〜とか言うんだよって。
そこからCan I haveしか言えなかったですけど(笑)。
Can I have Big Mac Set? みたいな。
Z:
海外のビッグマックセットってメチャクチャデカいですよね。
S:
実はカナダのマクドナルドでもちょっとだけ働いてみたんですけどね、日本人のいない所で働いてみようと思って。
そしたら表に出ているのはキレイなカナディアンの女の子で、裏方は私以外メキシカンやフィリピンの人だけなんですよ、
Z :
すごい状況ですね、
S:
英語を勉強しようと思って入ったのに、ほとんどフィリピン語だったんです。
わけがわからなすぎて、ひたすらパティーを焼いてました。
働いてる人のサイズも大きかったですよ、
Z:
全部がデカイですよね、コーラとかビビりますよ。
S:
それで、Can I haveから入って、一歩一歩勉強していったんですよ。
本当に色々と楽しい時間だったんですけどね、そんなこんなで1年ぐらい経った頃に、大きな出来事があるんですよ。
いきなり重くなるんですけど、弟から電話がかかってきて。
『 お姉ちゃん...お母さんが余命3ヶ月だからすぐ帰って来て 』って。
Z:
ええ!
S:
ほんとに突然の発覚で。
末期癌だったんです。
それですぐに、1年分の荷物を1日でまとめて飛んで帰りました。
帰ったらお母さんは意外とピンピンしていて、帰って来たの? みたいな感じで。
入院はしていたんですけど、全然平気そうだったんですよ。
でも、もう癌が転移してて手術ができない状況だったんですよね。
そこから人生が大逆転でしたね。
そんな風になるなんて思ってもみなかったから...
気付いたら実家で、兄と弟と交代で病院に通って、おばあちゃんと家族の食事作って洗濯して...これが私の模索してきた人生の結末なんだ...と思いましたね。
Z:
それは何歳の時ですか?
S:
22歳ですね。
Z:
まだずいぶん若い時ですね。
S:
そうですね、それからしばらく色々と考えましたね。
なんでこういう事が自分に起こるんだろうって。
友達に会っても暗くなっちゃうし、あまり会えなくて。
それで気晴らしに近所の図書館に行ったんですよね、自分の運命の意味が知りたくて。
Z :
なるほど。深い所まで行ったんですね、
S :
そこで色々本を読んだんですよ、神さえ信じれば救われるみたいな本もあったんですけどね、それじゃあ全然納得できなくて。
それで知るんです、色々な出来事が起こるしくみを。
Z :
??
S :
色んな事がうまく行かなかったり、母親が亡くなったりしたのは、自分の運が悪いせいで、どこかで自分は幸せになれないんじゃないかと思っていたんですよね。
そういうのは自分の力で変えられないものだと思ってたんです。
ましてや理想の未来なんてとうてい届かないものだと思っていて。
でも、色々学んでいくうちに画期的な希望を見つけたんですよ、単純なんですけどね、やった事は自分に還ってくるとか、そういう話です。現実は全部自分が作っているなんて、考えた事なかったですから。
それなら、この先不幸になるような原因は一切作らないようにしようって思ったんですよ。
Z :
きましたねー(笑)
S:
本当に辛かったんで。
この先とことん幸せになるように頑張るしか希望がなかったんですよね(笑)
Z :
そうですよね、
S :
自分が気をつけていても起こる事は起こると思うんですけど、とにかく理想の未来を作るのにできる事は全部やってみようと思ったんです。
そしたら、何かあっても後悔しないで済むかなと。。
Z :
それでKAMI君と会ったんですか?
S :
その時はまだまだですね。
はりきった所で、、やっぱり少しずつでした。
健康の事とか、あまり考えた事なかったんですけど、まずはそこからだなと思って最初にヨガの本を買って朝晩毎日やり始めたんです。
それから心と体のしくみがどうとか、心理学とか、精神の話とか、、理論的な方も興味が湧いて、自分なりに必要な事を勉強していったんですよ。
それでだいぶ落ち着いて、ゆっくり色々と振り返ることができたんです。
Z :
良かったですね、
S:
ポンピーは、何かになろうとかそういう事を考えずにいつのまにかやっていたんですよね。
持って生まれた才能が誰しもあると思うんですけど、それを生かすことが出来れば無理をしなくても自然と上手くいくような気がしたんですよ。
外に目がいっていて、気付かなかったんんですよね、それで、またちょこちょこ描き始めたんですよ。
周りもそろそろ自分の好きな事をやったら、っていう感じだったから、カナダの友達の実家にホームステイというか、ご両親とも仲が良かったので、行ってみたんですよ。
Z :
また行ったんですね、
S :
そこでその友達と、ルームメイトの子が私の描いたイラストを見て、描いた方がいいって、一緒にスケートパークに描こうって誘ってくれたんですよ。
Z:
おお! ヤバいですね。
S:
そこから皆でWALMARTに行って、これで描くんだよ、ってKRYLONていうスプレーが並んでいて、その色を見たときにすごくワクワクしたんですよ。
サンリオっぽい色がいっぱいあったんですよ。
それでスケートパークに何日か通って忍者を描いたんです(笑)
今思うとヘタっぴだなーと思うんですけど、初めての充実感で。
描き終わってからしばらくぼーっとしていたら、夏なのに空にオーロラが出たんですよ... そんな事めったにないですからね。
感動しましたよ。
何かこう、全部がシンクロした感じで。
Z:
なるほどね。
S:
それで帰国してしばらくしてから、AWAっていうフリーペーパーに描いたのを色々載せてもらっていたんですよ、そこにダイコン君とか、今も繋がっている人達が色々と載せていたんですよね。
STORMYとかに置いてあったんですけど。
Z:
旦那も投稿してるじゃないですか(爆笑)!
K:
僕もSASUをこれで知ったんですよ(笑)。
S:
ダイコン君もそれにすごくいい詩を描いていたりしてましたよ。
Z:
これまたポンピー節出まくってますね!
S:
いろいろあったから1から出直しで、リハビリみたいな感じですよね。
そこでKAMI君って人が絵を描いてるって知ったんですよ。
それで、ラスタカシ君知ってます?
Z:
ええ、知ってますよ。
S:
タカシ君って占星術にすごく詳しいんですよね。
私、牡羊座なんですけど、色々教えてくれたりして。
それでラスタカシ君と遊ぶ日に、『SASU、今日KAMIって友達がニューヨークに行くんだけど、空港まで送りに行くの付き合ってくれない?』って。
普通に遊ぶ約束が、急遽彼を空港に送るっていう目的に変更になったんですよね。
それで私も一緒に空港まで行ったんですよ。
それで、いつ帰国する?っていう話になって、私はまだカナダに荷物が色々あって、一週間後にそれを片付けに行く予定だったんですけどね、偶然にも私が帰国する日と彼がニューヨークから帰ってくる日が同じだったんですよ。
それでタカシ君が、じゃあまた空港に迎えにきてあげるよ、って。
Z:
良い人ですね、ラスタカシ君。
S:
そうなんですよ。
それで、空港でまた再会したんですよ。
でも、彼はちょうどニューヨークで色々描いてきた時だったから、早く帰って思い出にひたりたいっていう感じで(笑)私は私で色々片付けなきゃいけなかったし、お互い特に興味なしっていう感じでしたね(笑)。
その後、また普通に遊ぶようになって、"ポンピー"の欠片みたいな作品を見せたら、『アツい!』って、もっと描いたほうがいいってプッシュしてくれたんですよ。
それで、今度またニューヨークの仲間とBARNSTORMERSっていうペイントツアーに行くから、行ってみる?っていう話になったんですよ。
Z:
そうなんですね〜。
S:
その頃も実家で家事をやっていたんですけど、父親もおばあちゃんも、自分で炊事とかできる様になっていて。
それで私も、第4の人生を始めようと思って。
Z:
第4(笑)。
S:
それで最初のBARNSTORMERSに行くんですけど...まずはニューヨークで皆を紹介してもらって。
KAMIl達はブルックリンの壁に皆で描くっていう話になっていたんですけど、私はまだ新入りですから(笑)一人でデイブのスタジオに待機だったんですよ。
そしたらデイブが、スタジオにあるペンキ使って、このパネルに描いていいよ、って言ってくれたんですよね。
でも、改めて描くってなると何を描いていいかわからなくて。
ただ、何かの真似じゃあ通用しない、っていうのは感じていて。
まずは皆に自分がどんなものを描くのか伝えるっていう感じでしたからね。
それで、とりあえず葉っぱとかリンゴとか、自分が描けるものを対称に並べていったんです。
それで曼荼羅みたいなのが出来たんですよね。
Z :
そうだったんですね、
S :
それで出来上がったのを見せたら、これをノースキャロライナに持って行って、張り付けようって。
そこから、BARNSTORMERSのツアーに出発したんです。
でもノースキャロライナって本当に田舎だし、雑草だらけだし...最初のツアーは本当に過酷でしたよ。近所の人の家の庭でキャンプだったんですけど、雨も降ったりして。
描く壁が高すぎて、はしごも怖いし、正直半べそで(笑)。
S :
それに私は皆んなにもまだまだ知られてないし、とにかく描いて伝えるしかなかったんですよね。
それでKAMIにコソコソッと、上のほう描くの怖いから下の方だけにしようかな? って弱音を吐いたんですよ。
そうしたら、『日本に帰ってから絶対に後悔するね、やっぱり描けば良かったって。』って言われて。
K:
そんなこと言ったっけ?
S:
言われた(笑)。
Z:
KAMI君も熱い男ですね!
S:
熱いっていうか、スパルタですよ、こっちは初めての仲間とツアーなのに。
誘っておいて、あとは自分でやればっていう感じで。
このヤローって思ってました(笑)
でも、追い込まれると燃えるタイプなんですよ、私(笑)!悔しくて、高い所は目をつぶりながら描きましたね。
完成してから周りの皆に、『SASU、あれはプロジェクターを使わずに描いたのか?』って言われたんですよ。
それでもしかしたら私、大きな図形とか対照を取るの得意かもしれないなって思ったんです。
このスタイルを大事にしよう、育てていこうと思ったんです。
Z:
そうだったんですね。
S:
ホントに。
このツアーでの経験は大きかったですね、とにかく良いのを描けば次に繋がるっていう手応えを感じたんですよ。
それからヨーロッパの方でもショーに呼んでもらえるようにもなって、グループ展なんかは色んな国の人が集まるから 。
しっかりといい作品を残せばそれを見てまた誰かが呼んでくれて、っていう感じで、一回一回緊張感ありましたけど、そういう感じで形を進化させていったんですよね。
S:
それで...10年経って今に至るという感じです。
Z:
六本木ヒルズの!
S :
そうですね(笑)
Z:
おっ! ケツがくっ付きましたね!なるほど、"ポンピー"から(笑)。
S:
そうなんですよね、いつのまにかこれが理想の現実に近づいている事なのかもしれないですよね。
BARNSTORMERSのツアーからもちょうど10年経つんですけど、やっと色々な意味でスタート地点なのかなって思うんですよね。
次回のインタビューは?7月26日月曜日です!!!