INTERVIEW

SASU其の一

10/06/28

今回のZERO MAGAZINEインタビューは?

心に浮かんだ"種"を壁に植え付け、それはやがて"花"のように広がる...強く、優しく、シンプルで複雑に織りなす図形は人を引き込むパワーを持つ!

アーティスト、SASUさんです!

HITOTZUKIとしてパートナーでもある旦那様のKAMI氏も相の手を入れる素敵なインタビュー!

sasuzero1.jpg

ZERO MAGAZIN(以下Z):
じゃあ、始めます。

SASU(以下S):
あれ? アドリブ系ですか?

Z:
そうですよ。

メチャクチャ適当ですから。

インタビューの時に、質問の項目ってないのですか? ってよく訊かれますけど、いつも行き当たりばったりですから。

書いてきたほうが良かったですか?

S:
いやいやいや、全然(笑)。

『 今日の訊きたいことはコレなんです... 』ってそういうのないんですね、

Z:
だから全部が同じインタビューになると思うんですよね。

ミュージシャンとか新しいアルバム出たら、そのことを訊くってパターンだったりするでしょ?

自分がインタビューする時も結構なタイミングでニューアルバムが出てたりするんですけど、その事一切きいてないですからね(笑)。

そこは他の雑誌で読んで下さい! って感じなので。

S:
なるほどね(笑)。

では、ZERO MAGAZINEはZERO MAGAZINEのスタイルでやって下さい。

Z:
そうですね、我が道を行きます。

で、最近どうですか?

S:
最近は...なるべくゆっくりするようにしていましたね。

ちょうど展覧会に参加して制作が終わったところなんです、

Z:
六本木のやつですか?

S :
そうです、六本木クロッシングっていう展覧会なんですけど。

この話は後でにしますよ、そのほうがZERO MAGAZINEらしいでしょ?(笑)

HITOTZUKI.jpg

Z:
そうですね、(笑)じゃ、先に行きましょう、

ところで、絵はいつから描いてるのですか?

S:
それもいきなりですね(笑)

壁画とかの事ですか?

Z:
いえ、いわゆる絵ですね。

S:
イラストみたいなものは小学校の頃からですね。

当時、サンリオが出版していた"いちご新聞"っていうのがあったんですよ。

今でもあるんですけど...
その80年代の中に、私の原点となるシーン?があったんですよね(笑)。

Z:
サンリオで(笑)?

S:
そうですね。

サークル活動みたいな事かな?

"いちご新聞"の中に読者同士の掲示板みたいなコーナーがあって、そこでゆずります、買いますみたいなものから...

『 ○○倶楽部作りました。入りませんか? 』って、読者の子が色んなテイストの倶楽部を作っていて、そこで会員募集するんですよ。

Z:
倶楽部に入ってました?

S:
私、作ってたんですよ。

Z:
自分で(笑)?

S:
そう(笑)。
倶楽部というより、雑誌みたいなのを作っていたんです。コピーして。ホチキスで止めて。

今で言うとZINEですね。

そこに自分で考えたキャラクターとかイラストを載せて、お菓子の作り方を書いたり占いとか、エッセイ気分で文章なんかも書いたりして(笑)

それを会員になってくれた子に郵便で送るんですよ。

Z :
そんな活動をされていたのですね。

S :
はい。(笑)

Z:
メンバーは何人ぐらい?

S:
15人ぐらいいたのかな。

Z:
かなり居ますね!

S:
広島とか、愛媛とか、北海道の子とか、色々です。

でも後で恥ずかしくなってその時の原稿ほとんど捨てちゃったんですよ。

少しだけ残しているのがあって、これとか表紙なんですけど。

ここに"1989年5月25日"ってありますよね。

こういうのをやってたんですよ。

Z:
え? これ全部自分で描いたのですか?

S:
そうです。

Z:
これは何歳の頃描いたのですか?

S:
小学校6年ぐらいかな。

Z:
メチャクチャ上手いじゃないですか!小学校6年の割にはすごいですよ。

sasuzerofuroku.jpg

S:
これとかは中学生の時かな。

もともと学校でも図画工作は好きだったんですけど、風景画とかを描くとすぐグラフィカルな感じになっちゃうんですよね。

葉っぱとかお花とか、抽象的になっちゃうっていうか。

それで先生に直されたりして、それなりに気にしていたんですよね、

それで多分"いちご新聞"の世界に出会った時、私でもイケる!!って思ちゃったんですよね(笑)。

Z:
そうなんですね(笑)。

Z:
"ラッキーナンバープレゼント発表!" って書いてますね(笑)。

S:
プレゼントコーナーもやってましたよ。

かなり強引ですね(笑)

付録も毎回付けていたんですけど、厚紙にコピーして、トランプを作ったりレターセットを付けたりしましたね。

Z:
メチャクチャやってますね!

"トランプ切り取って遊んでね。輪ゴムでまとめておこう!なくした時にね"って書いてあるじゃないですか(笑)!

これは小学生にしてはレベルが高過ぎますね。

これは何ですか?

S:
これは自分の作った雑誌がどうやってできるかを書いた別冊の付録です。

Z:
細か過ぎますね(笑)。

S:
そうですかね(笑)。

Z:
ちょっと待って下さい、これは"ポンピー"っていうのですか?

S:
そうなんですよ、Pom-Pです(笑)。

Z:
"FOR CUTE GIRL"って書いてますね(笑)。

見た人はドキドキしますね(笑)。

sasuzero2.jpg

S:
あ、でも読んでる子みんな女の子なんで(笑)

会費も雑誌一冊分で、切手150円分送ってもらうんですよ。

制作費を100円として、50円はコピー代とか別の倶楽部の為に使ったりするんですよ。

Z:
50円って(笑)。

かなり細かいですね。

S:
その頃の物価的に100円以上は取れなかったですからね。

あ、それで最近"いちご新聞"って今どんな風になってるのかな? って買ってみたんですよ。

これこれ、こういうのです。

Z:
ほ〜う。

S:
久しぶりに買ってみたんですけど、やっぱり内容は、時代ですね。

当時のものとはだいぶ変わっていましたよ。当時のはキャラクターも手描きがほとんどで、作者の秘話があったり、ケーキの作り方とか、外国のお話とか。かなりメルヘンな感じで小学生にはワクワク感そそる新聞だったんですよ。

Z:
なるほど。

これはいくらで売ってるのですか?

S:
150円でしたね。

今は200円みたいですけど、150円っていちごの15なんですよ。

Z:
安いですね。

S:
しかも毎月15日発売で(笑)。見開きのポスターと付録も付いてくるんですよ。

ポスターは、今思えばアートみたいなものですね、毎月デザインが変わるから好きなポスターは壁に貼りましたね。

あ、コレ知ってます? 知らないかな〜(笑)。

sasuzerogpd.jpg

Z:
ゴロピカドン?。知らないですね(笑)。

S:
私それすごく好きだったんですよね(笑)。

これは一回ボツになったキャラクターだったんですよ、それをボツキャラ人気投票みたいので選ばれて、商品化されたんですよね。

占いがあったりとか、小学生がハマりそうな感じでしょ?

Z:
そうですね。

"心のハーブVol.32"(笑)。

S:
そんなポエムとかもあるんですよね。

当時はD.I.Y精神満載でしたよ。

Z:
そういえばSASUのキャラクターあるじゃないですか。

何でしたっけ?

S:
ピカリコちゃんとか?

Z:
そうそう。

あれは絶対サンリオだなって思ってたんですよ。

S:
そうですね、多分私のルーツはサンリオかもしれないですね。

えっと...ちょっと待って下さいね。

昔のが確か..10冊ぐらいあるんですけど、

あ、これですよ。

Z:
ちょっと見せてもらって良いですか?

S:
ほらほら、憶えてます? こういうの。

Z:
憶えてないですよ。

サンリオ知らないですから(笑)。

S:
あ、そうですか、知らないですか?

"ザ ボードビル デュオ"って言うんですけどね。

これにはちょっと大人っぽさを感じていましたね。

私はキティちゃんとか、キキララ(正しくはリトルツインスターズって言うんですけど)みたいな感じよりも、もうちょっと違うのが好きだったんですよ。

フィリックスも好きでしたね。

フィリックスは知ってます?

Z:
はいはい、あの猫ですね。

S:
フィリックスもサンリオで商品が出ていたんですよ。

Z:
そうなんですね。

あの黒い猫でしょ?

S:
そうそう。

Z:
あれは自分も好きでしたね。

S:
一応自分の中で、絵柄は好きでもグッズは持ちたくないキャラクターと、グッズとして持ってもOKなキャラクターみたいなのがあったんですよね。

フィリックスは、持っていても格好いいって思ってましたね(笑)

タキシードサムの初期の頃の貯金箱も良かったですね、キキララはジュエリーボックスを持ってました。

多分、今ってあんまり売れないのかも知れないんですけど、中性的なキャラクターっていうか。可愛いとかっこいいと面白いの間の、そういうキャラクターが多かったんですよ。

"りぼん"とか"なかよし"の時代に、そういうのがすごく新鮮に感じたんですよね。

Z:
これ見ると"座敷ブタ"っていうのも載ってますね。

S:
そうなんですよ(笑)。

当時、120個ぐらいのキャラクターの名前全部言えましたからね。

Z:
マジですか(笑)?かなり燃えてますね。

ここに、いちごレポート100名募集! って書いてますけど?

S:
それも申し込んだの(笑)。

入れなかったんですけど。

Z:
一応、送ったんですね?

S:
ええ、まあ(笑)。

Z:
本気ですね!

S:
いちご新聞は、マナー講座もあったりして。ハンギョドンがマナーを教えてくれたりするんですよ。

Z:
ハンギョドンに教えてもらったのですか(笑)?

S:
そうですよ。ナイフとフォークの使い方とか。初歩的な事がいろいろ書いてありますから。お年寄りに席をゆずるとか、そういう事もね。

それを見て、こういう事ができる人ってお洒落だな〜って子供ながらに思うんですよ。それと、やっぱり会員募集のページですね。

他の人が作る新聞も楽しかったですよ。

Z:
この人とかもかなり上手いですね。

S:
そうそう!それは PIN CLUBの会報です(笑)

雑貨とか、おまじないとか映画の情報とかが書いてあるんですよ。

Z:
自分で開催して、倶楽部にも入ってたんですね(笑)。

S:
こういうところに自分の描いた絵なんかを投稿するんですよ。

投稿していたのはここぐらいですけどね、倶楽部の中でも面白い雑誌を作る人と、みんなの真似をしているだけで、会費だけやたらと高かったり、色んな人がいたんですよ。

後者みたいな人はどんどん辞めていっちゃうんですけど、中でもこの人はすごかったですね。

年上のお姉さんがやっていたんですけど、結構仲良くなって、文通もしたりしてたんですよね。

それで連絡先が残ってたので、7年ぐらい前に手紙を書いたんですよ。いまだに一度も会ったことない人なんですけど。

私自身、こういうことを経て今の活動をしてる訳じゃないですか。

Z:
そうですね。

S:
その人はどうしてるんだろう? ってふと思って。手紙を書いたら返事が来たんですよ。

Z:
おお!アツいですね、それは!

S:
返事の手紙にプリクラが貼ってあって、"私はもうかけ離れたことをしてて...って書いてたんですよね。

その写真見ると、頭がかなり盛られていて。

別の"クラブのお姉さん"になっていたんですよ(笑)。

"今はコスメやブランドに興味があって...今の自分の事を知ったら引いちゃって連絡取りたくなくなるかも知れないけど..."って男の人とのツーショットプリクラ付きで(笑)。

Z:
アツ過ぎる(笑)!

S:
それからすぐに連絡しようって思っていたんですけど、タイミングを逃してしまってまだ連絡できてないんです。

Z:
それはもう、今日返事を書きましょう!

六本木で展覧会やってるから来て下さいって(笑)。

S:
書くべきですかね(笑)。

Z:
でももう髪の毛モッてないかも知れないですね、7年前ですから。
 
PINバザールもやってたのにね(笑)。

S:
この人はすごい人でしたよ。本当に。

Z:
イケてますね、この人。

sasuzerorara.jpg

S:
ここには私、ララちゃんって名前で投稿してたんですよ。

自分の観た映画が良かったとか、イラストとかを紙に書いて送ると載せてくれるんですよ。

Z:
"男の友情は素晴らしい。ビデオを借りるならこれだ!SYAND BY ME"って書いてますね(笑)。

ビデオに時代を感じますね。

ちょっとタッチがさくらももこに似てないですか?

S:
そうです、それはまさにさくらももこに影響されていますね(笑)

Z:
これは何歳ですか?

S:
これは中学2年ぐらいかな?

Z:
え? 中2でこれをやってたんですか?メチャクチャ純真ですね!

S:
バリバリやっていましたね(笑)。

家に帰ったらまず郵便ポストを見ていましたからね。

だから私のベースはこの世界にあるんですよ。

Z:
頑張ってますね〜。

S:
そうですね〜。

プレゼントコーナーなんて自分のお小遣い使ってやってましたから。

交換日記とか、文通なんかもやっていましたね。

そういうのが好きだったんですよ、それで、そうそう、その延長で中学校の時にクラスの新聞係をやったんですよね。

これです。

sasuzeroigaguri.jpg

Z:
"いよいよ最終号! このイガグリ新聞も!"って書いてますね。

イガグリ新聞って(笑)。

"もう、最終回になってしまいました...うっ(涙)"。

"おまけつき46円"、46円、細かいですね(笑)。

消費税ですか、これは?

S:
それはクラスの人数が46人だったんですよ。

Z:
この"こども製菓"のガムは架空のものですよね?

S:
そうです。

こういう架空のCMコーナーを作るのも好きだったんですよね。

Z:
かなりいろいろとマメにやってますね。

"まじめな新聞。いよいよさよなら最終号"って書いてて、長い間やってきたのかな? って思ったら、第3号じゃないですか(笑)。

30号ぐらいやってるのかなって見たら、3号で終わってますね(笑)。

面倒臭くなった?

S:
クラス委員って半年で変わるんですよ。

だから3回で終わってるんですよね。たぶん...(笑)

KAMI(以下K):
それ、何歳の時?

S:
中学だよ。

K:
それ見てクラスの友達何て言ってた?お前キモい!って言ってなかった?

S:
分かんないけど、完全に自己満足だよね(笑)

今思うと結構さぶい事書いてるな〜って思うんだけど。

Z:
いやいや、すごく良い思い出ですよ。

普通はやらないですから。

中学生の時にイガグリ新聞って(笑)。

S:
でも"ポンピー"に関しては学校の友達に言わないでやってたんですよ。

2人ぐらいには言ったのかな。

その当時ってみんなアイドルに走ってる時期だったんですよね。

いちご新聞を買ってる人もあまり周りに居なくって、どういう事か説明しても皆んなわからないし。

なんか言えなかったんですよね。

だから"Pom-P活動"は、わりと密かにやっていたんです。

Z:
なるほどね。

またやったらどうですか? 復活"ポンピー"。(笑)。

S:
危ないですよ(笑)。

Z:
来るかも知れないですよ。

S:
え〜っ、じゃあやろうかな(笑)

Z:
年会費取って、Tシャツも付いてます! みたいな。

S:
それは良いかも知れないですね。

ここに"プレゼントコーナー、特製 まだ決めてない"って書いてますもんね(笑)。

S :
そうなんですよ、いきなりテキトーだったりするんですよ。

Z:
何を貰えるんですか、一体(笑)。

でも頑張ってますね。

かなり時間がかかってると思いますよ。

S:
そうですかね。

でも、そこは相当真剣でしたね(笑)

小学生で、"ほんとうの愛"を学んでしまったので(笑)。

sasuzeroichigooosama.jpg

SASUの原点はロマンティックな小学生に遡る!

"いちご新聞"にインスパイアされ、自ら倶楽部を立ち上げ創作活動を開始...中学校でもサンリオ魂を初志貫徹!

はたしてこのまま高校へ進むとどうなるのか!?

次回は高校時代に突入し、彼女に劇的な変化が訪れます!

次回更新日7月5日月曜日です!






サイトウ JxJx ジュン 其の四

10/06/21

YOUR SONG IS GOOD、サイトウ"JxJx"ジュン君インタビュー最終回!

さらにさらに変化し続けるサウンドはあらゆるモノを巻き込んでいく!!

音楽に敏感過ぎるが故の苦悩を語る...

schooljackets_02.jpg

Z:
どーも、2度目のインタビューにお邪魔しました(笑)。

S:
よろしくお願いします(笑)。

Z:
今回はFRUITYの続きですね。

S:
中学生をボーカルにして、アメリカツアーで崩壊ってところでしたね。

Z:
そうそう、そこまで訊いてました。

S:
最後、FRUITYはGOD'S GUTSとの対バンを経て、アルバムも出さずに静かに終わりました(笑)。

Z:
解散してからは、どうしてたのですか?

S:
同時にSCHOOL JACKETSっていうバンドも始めていたんですよね。

Z:
FRUITYとカブってるのですか?

S:
ちょっとだけカブってますね。

僕がFRUITYでドラムをやってる時に、遊びで学校の友達と始めたバンドだったんですよ。

ドラムになってしまったっていうのと、結局、FRUITYが終わってからしまったってのもあってバンドがなくなちゃったんで、

最初はなんとなくこっちでボーカルやってみようかなっていう軽い気持ちだったんですよね。

最初はROCK STEADYを演奏するような大人バンドにしたかったんですけど、やってみたら全然できなかったんですよ。

Z:
ROCK STEADYが(笑)。

S:
そうなんですよ(笑)。

まったく。

Z:
テク的に?

S:
テク的に駄目でしたね。

イントロだけだったら聴けるんですけど、三分間もたないというか、あのグルーヴ感が出ないというか...

Z:
なるほど、難しいですもんね。

S:
FRUITYはドタバタなパンクバンドだったので。

その友達もずっとパンクバンドをやってたから、このカックンカックンした状態をどうしようかな? と思った時に、ちょうどヨッちゃんの...

Z:
ナオヒロックがまた出てくるんですね(笑)。

S:
そうです(笑)。

当時ヨッちゃんが働いてた店に遊びに行った時にMUROさんの"KING OF DIGGIN'"のミックステープを聴いたんですよ。

Z:
あれはかなり売れましたもんね。

S:
あの矢継ぎ早にブレイクの部分だけ変わっていくっていうのがすごく印象的だったんですよね。

それと自分達のイントロしかできないというスキル、そして当時盛り上がってきてたファストコアの短さがなぜか自分の中で合体したんですよ。

点と点が線になったといいますか。

あれ?
これはもしかしたら上手く表現できるんじゃないかな? ってその時に思ったんですよね。

ちょうどその頃、ファストコアでCHARLES BRONSONっていうちょっとオモシロいバンドが居たんですけど、

なんだか"CHARLES BRONSON meets JACKSON 5"みたいな感じでやれそうな、

そんな感じの発想の転換が急に起こったんですよね(笑)。

それでどんどん曲ができ始めたんですよ。

Z:
髪型はJACKSON 5の名残ですね(笑)。

S:
ええ、まあ、そうかもしれません(笑)。

それでカセットテープでリリースしたんですよね。

18曲ぐらい入れて。

Z:
それは何年ぐらいですか?

S:
確か97年ですね。

schooljackets_tape.jpg

Z:
まだギリギリカセットテープ聴いてる時代ですよね。

S:
そうですね。

Z:
カセットテープ作るほうがお金かかるでしょ?

S:
今考えたらそうかもしれないですね。

Z:
CDのほうが安いですもんね。

カセットテープを1本作ろうと思ったら、500円ぐらいしますから。

S:
見た目的にもテープのほうがアツいフォーマットかもしれないとなぜか思ったりもしてました。

Z:
BAD BRAINSのファーストもテープでしたしね。

S:
そうですね。

で、ありがたいことにこれまで対バンしてバンドだけじゃなくて、

これまでやったことなかったSLIGHT SLAPPERSとかいろんなバンドの人が僕らの音源をおもしろがってくれたんですよ。

それで最後はenvyと対バンして。

Z:
これまた全然違うところからですね。

S:
そうですよね。

それで、前から興味のあったenvyについて色々調べてみたら、その周辺のバンドがスタジオライブを始めてたんですよ。

Z:
はいはい、スタジオでちょっと広めのホールみたいな所ありますよね。

S:
で、ライブハウスのノルマ制から解放されるというか、

そこで入場料500円とかでライブをやって、誰かが自分で海外から流通したレコードを安く売りにきたりしてて。

当時の海外のエモ/ハードコアシーンみたいでD.I.Y.的なノリのことをやってたんですよ。

それにエラい衝撃を受けてしまって。

自分もそういう方向に傾倒していったんですよね。

Z:
そうですか?。

S:
で、SCHOOL JACKETSは結局30曲ぐらい作りまして、

それで完全にネタが尽きちゃって、できなくなっちゃったんですよ。

活動自体は1年で終わりました。

schooljackets_05.jpg

Z:
その時はボーカルだったのですか?

S:
ボーカルでした。

それで、ありがたいことにバンドが終わって数ヶ月後にHG Factの佐藤さんにCDでリリースしないか? って言われたんですよ。

じゃあよろしくお願いします! ってことで今までやった30曲にライブ音源も加えて40曲ぐらいのCDにしましょうって話になったんですよね。

Z:
それでも40分ぐらいですよね?

S:
もしかしたら30分強ぐらいだったかも知れないです。

それで、僕はさっきも話したようにパンク、ハードコア、エモの手作り感にノックアウトされてたんですよね。

で、その辺のバンドのジャケットって、わら半紙とかでなんか手作りで作ってるんですよね。

それで『 わら半紙に紙を貼っ付けたようなジャケットでやりたいんです 』って言ったらすごく怒られまして(笑)。

『 せっかくお金を出してあげるんだから、ちゃんとした物でやったほうが良いよ! 』 って。

その教えに従ったら、しっかりと一生残る物ができたっていう(笑)。

佐藤さんからは貴重な大人な意見を頂きました。

schooljackets_04.jpg

Z:
それは何歳ぐらいだったのですか?

S:
ちょうど24歳ぐらいですかね。

それからYOUR SONG IS GOODになるんですよね。

SCHOOL JACKETSは、FRUITYがあったからバンドっぽく見られてなかったっていう面があったんですよね。

サイドプロジェクトみたいな印象が強かったんですよ。

ただ、僕的にはSCHOOL JACKETSをやってるうちにだんだん熱くなってきて、ちゃんとバンドと思われるようなモノをやりたくなったんですよね。

それで同じメンバーでそのままYOUR SONG IS GOODになりました。

Z:
SCHOOL JACKETSとYOUR SONG IS GOODは同じメンバーなのですか?

S:
今は違いますけど、結成当初は同じメンバーですね。

Z:
すごく気になってたんですけど、YOUR SONG IS GOODってどういう意味なんですか?

S:
これがね、すいません、全然大した意味がないんですよ(笑)。

トキシック・パンク・ウェイストってシリーズをやってたLESS THAN TV周辺のワタゾー君って人の企画だったんですけど、西荻のWATTSでライブが決まってたんですよ。

でも、自分達のバンド名がまだ決まってなかったんですよね。

別に名前なくてもいいよ、って言われたんですけど、さすがにバンド名がないのはマズいなって思って。

何か文章の名前にしたいなって考えてたんですよね。

全然思いつかなかったんですけど、ふと浮かんだのがYOUR SONG IS GOODだったんです....

すいません、全然おもしろくないですよね(笑)。

よく訊かれるんですけど、未だにおもしろい答えが見つかってないんですよね。

12年も経ってるのに(笑)。

Z:
ネタみたいな感じで考えたほうがいいですよね(笑)。

S:
そうですね、そうしましょう(笑)。

Z:
次に訊かれたら、仮想な感じで(笑)。

S:
すごい嘘をつきます(笑)。

そっちのほうが楽しいですね。

Z:
YOUR SONG IS GOODの初ライブはどうでした?

ysig_1998.jpg

S:
2回目のライブの映像はあるんですけど、初ライブの映像がないんですよね。

Z:
それは記念に撮っておいたらよかったですね。

S:
そうなんですよね?。

最初は僕だけが先走ってエモバンドみたいになろうとしてましたね。

本当の自分は比較的喋るほうなんですけど、その頃のMCは妙に真面目なトーンでしたよ(笑)。

形から入ろうとするダメな奴って感じです、はい。

Z:
影響されやすいんですかね。

そういえば、エモ系の人ってすごく真面目なこと言いますもんね。

『自分達は...』みたいな。

S:
そうですよね、おそらく僕は影響されやすいんですよね。

これは認めたいと思います(笑)。

Z:
そういうこと言ってた?

S:
『今日は...どうも、ありがとうございます』みたいな感じで(笑)。

冗談のひとつも言わずにやってましたね。

Z:
当初はエモ系なバンドだったのですか?

S:
そうですね。

MINOR THREATがその後にEMBRACEになってエモ化したように、僕らも勝手にそういう流れに従ったというか。

ちょっとメロディーが出て、早いビートなんだけどギターが2本居る、みたいな初期のエモな雰囲気でした。

Z:
今のような感じじゃなかったんですね。

S:
オルガンとかなくて、ファンキーなビートもまったくなかったですね。

Z:
初期の頃が好きだった人は今のサウンドを聴いてどう思うんですかね?

S:
そういう意味ではSCHOOL JACKETSが好きだった人たちもこの変貌ぶりに戸惑ってましたね。

いきなりメロディアスに歌い上げようとしてましたから。

1年ぐらいそういう状態でやるんですけど、やっぱり形から入ってますから何か間違いだったというか(笑)。

自分達でやっててもオモシロいんだけど、なんだか妙な違和感がある、という感じでしたね。

Z:
ROCK STEADYできなかった時と同じですね(笑)。

S:
ホントそうなんですよ(笑)。

これはイカンなって話になりまして、いろいろ考えたらインストなのでは? っていう思いに至ったんですよね。

Z:
歌いらないぞ、と?

S:
ええ。

だんだんイントロが長くなってきた節はあって、そうなるとボーカルの自分は手持ち無沙汰になってたんですよね。

どうやってこの長いイントロを乗り切っていいか分からなくなってたんですよ。

Z:
ボーカルですもんね。

そこはどうやってたのですか?

S:
最初、何か持たなければダメだと思って、トライアングルとか持ち始めたんですよね。

何でかは分からないんですけど(笑)。

Z:
いらないでしょ? それ(笑)。

S:
チ?ン♪みたいな。

たぶん厳粛な雰囲気を出したかったんでしょうね(笑)。


で、トライアングルの次はボンゴに変わりました。

Z:
SOUL SETと一緒じゃないですか。

S:
ああ! そうですよね。

Z:
俊美君はボンゴからいきなりギターになりましたもんね。

S:
僕はボンゴからいきなりキーボードに変わりました。

直前はやっぱりボンゴですよね(笑)!

ysig_1999.jpg

Z:
キーボードになってからは、今の形ですよね。

S:
今の形になる前に、もうワンクッションあったんですよ。

TORTOISEみたいなポストロックな感じに。

Z:
音楽を聴き過ぎてたんじゃないですか(笑)。

敏感に吸収してますね。

S:
TORTOISEみたいに、元ハードコアの人がやってるって感じにまた自分を投影しちゃって(笑)。

Z:
イッてしまいましたか(笑)。

S:
ハードコアは最後にここへ到達するんだ! って勝手に思い込んじゃって。

ハードコア→エモ→ポストロックっていうアメリカの図式に勝手に僕も乗っかっちゃってました。

Z:
そういえばNUKEY PIKESもそうですよね。

S:
どんどんストイックになっていった印象はありますね。

Z:
4枚目とかヤバかったですよね。

重っ! みたいな。

1枚目の感じが好きなんですけど。

S:
自分達も1曲が6?7分ぐらいになっていちゃったんですよね。

それを2年ぐらい続けてたんですけど、これは違うぞ? と思い始めたんですよ。

そしてある日、心の底からこれは絶対違うぞ! と確信しました。

Z:
ちなみにその頃は何を聴いてました?

S:
SQUAREPUSHER聴いてました(笑)。

Z:
辿ってますね(笑)。

自分も聴いてましたよ。

S:
格好良かったですよね。

Z:
シブかったですけど、どんどんダメになっていきましたよね。

2年ぐらい前に出たアルバムを聴きましたけど、全然ダメでした。

綺麗になり過ぎてる感じですね。

S:
あとELECTRIC MILESみたいな。

Z:
かなり音楽を聴いてますね。

S:
それが原因で右往左往してたと思うんですけど(笑)。

メンバーもみんな思ってたんですけど、これはイカンなってことになりまして、一番好きなバンドって何だろうな? って話し合いになったんですよ。

それで、一番好きなバンドはSPECIALSだよね! ってことになったんですよ。

ずっと格好良いと思えるバンドだなって。

じゃあ、今からSPECIALSみたいなバンドになろう! って盛り上がりまして。

しかもMORE SPECIALSのほうにしようと(笑)。

Z:
セカンドですね。

どの曲が好きですか?

S:
"INTERNATIONAL JET SET"が好きですね。

リズムボックスで始まる地味な曲なんですけど。

Z:
女性ボーカルのもありましたよね?

自分はあの曲好きなんですよね。

S:
あれも格好良いですよね。

その時に僕はシンセを弾いてたんですけど、このタイミングでシンセをやめてオルガンにしたんです。

シンセの色んな音が出るっていう機能をまったく使えてなくて、こうなったら結局、音色は一種類でいいやって感じだったんですよね。

当時、再発されてたファンクのレコードとかも熱心に聴いてたので、完全に影響を受けてたような気がします。

その流れで今の形になったんですよね。

2001年ぐらいだったと思うんですけど。

Z:
ようやく辿り着いたんですね。

S:
やっとですね。

Z:
かなり悩んでたんですね。

S:
悩んでましたね?。

無い引き出しをこじ開けようとしてたんですけど、無いから開かないって感じでした。

Z:
その頃は何歳ですか?

S:
もうその時は20代後半でしたね。

Z:
一番壁にブチ当たる時期ですよね。

いろいろ一周して。

バンドってそうなりますもんね。

S:
そうですね。

毎週1回は集まって練習してきたのは良かったなって思いますね。

カクバリズムの角張、通称バリカクですね、彼にもその頃に出会ったんですよ。

それで、その時にFRUITYを好きだった人が実はいっぱい居たって話を聞いたんですよね。

Z:
だってDIAMOND HALLで出てたんでしょ?

そりゃ、いっぱい居るでしょ(笑)。

S:
そうなんですけど(笑)。

僕ら自身はそんなことどこ吹く風って感じでやってたので、全然分かってなかったんですよね。

『 何言ってんすか、みんな影響受けてますよ!  』って年下の子達に言われまして、

そのLESS THAN TVで出してたレコードの値段が高騰してるって聞いてビックリしました。

Z:
その当時っていろんなレコードがすごい値段になってましたもんね。

S:
そうですよね。

10000円以上とかなってましたね。

Z:
今はメチャクチャ値崩れしてますよね。

S:
値段が高騰してるってことを聞いて、元メンバーにその話して、みんなで妙に納得しちゃって。

それほどすごいバンドじゃないのにって思いつつなんですけど。

そういえば、当時、FRUITYの時ってコンピ頼まれれば全部新曲で対応するっていう謎な活動方針だったんですよ。

Z:
はい(笑)。

S:
それが、そのままアルバム作ったら良かったのにっていうぐらいの曲数だったんですよね。

で、元メンバーと色々話してたら、そんなに手に入りにくいならってことで、

じゃあコンプリートディスコグラフィー的なのモノを作って、きちんとFRUITYを終わらせるというか、

こんなバンドが居たんだよって形に残そうって話になったんですよね。

その頃、ちょうどバリカクが銀杏BOYZの我孫子君とやってたインディーレーベルがあったんです。

STIFFEEN RECORDSっていう今もあるレーベルなんですけど。

バリカクがそんなにFRUITYが好きだ!って言ってくれるならそこから出そうってなったんですよね。

そこからバリカクと何度かやらせてもらって熱い感じになったんですよね。

Z:
カクバリズムってすごい名前ですよね(笑)。

S:
そうなんですよね(笑)。

それでYOUR SONG IS GOODもそろそろレコード出したほうがいいんじゃないですか? って言われて。

で、自分達はパンクバンドという形じゃなくなってたので、STIFFEEN RECORDSだとちょっと違うよねって話になりまして。

そこで元々ライブ企画の名前だったカクバリズムを新しいレーベルにしてみない? って提案してカクバリズムができたんですよね。

2002年ですね。

Z:
なるほど。

S:
僕らの7インチを最初に出して始まったんですよ。

Z:
記念すべき一発目ですね!

S:
はい!

今聴いたら、メチャクチャ下手なんですけど(笑)。

ファンキーなことやりたい割にはレゲエが好きだったんですよ。

あの重さも出そうとしてる、みたいな変なバンドなんですよね(笑)。

まあ、おもしろいんですけど。

Z:
レゲエって"間"が難しいですもんね。

ちょっとズレてるというか、どこか狂ってますよ。

S:
そうですよね。

でも、あんな格好良いヘヴィさも出せてないっていう(笑)。

レゲエバンドがファンキーなインストをやろうとしてどうにもこうにも失敗したみたいなのが、僕らのファーストEPじゃないかなと(笑)。

Z:
でも、一般の人からすれば聴いたことがない感じですからね。

逆に新しかったんじゃないですか?

S:
もうしかしたら、そうかも知れないです。

Z:
そういう偶然が、おお!!! ってなる時があるじゃないですか。

聴いたことがあって、おさらいしてるよりは合体した新しいモノのほうがね。

S:
今まで交流のなかったCOOL WISE MENとか、SKAのバンドの人達も何となくそこからカリビアン臭みたいなものを感じとってくれたみたいで。

Z:
カリビアン臭(笑)。

S:
それがきっかけでパンクシーン以外の人とも仲良くなりましたね。

Z:
SKAは多いですよね。

もともとスキンヘッドの人達が多いですから。

SKAの人達のルーツはだいたいスキンヘッドですよね。

S:
そうですよね。

それで最初はクボタタケシさんと...

Z:
BILLABONG(笑)。

S:
はい(笑)。

Z:
彼はBILLABONGでしょ(笑)。

S:
そうですね(笑)。

クボタさんと川辺さんが出してたミックステープシリーズありましたよね。

Z:
あったあった!

名前忘れちゃいましたけど。

S:
"CLASSICS"と"RISE"ですね。

あれにすごく影響を受けてしまって。

Z:
また影響を(笑)。

もう受けたらダメでしょ。

S:
言葉にするのがむずかしいんですが、ああいう感覚でSKAやカリプソ、ファンク、ジャズみたいなものを今のバンドがやるのがアツいっていう風に思ったんですよ。

普通にライブでやってて、遊びに来たらそういう雰囲気を聴ける、みたいな。

Z:
ミックステープにかなり影響を受けてますよね?

S:
そうですね、ミックステープにはかなり影響を受けてますね。

Z:
EGO-WRAPPIN'の森君も友達になったらMIX CDをまず交換するって言ってましたね。

何を聴いてる? って話をして交換するか、オススメのCD渡し合いするっていう。

S:
そうなんですね、やっぱり僕もそうでした。

ヨッちゃんともそういうのやってましたし、

東京に来ても、予備校の友達のジョウタ君ともよく交換してましたね。

で、そんなこんなで今の形になったというわけなんです。

ysig_2001.jpg

Z:
後半のエピソードはかなり短かったですね、前半はメチャクチャ長かったのに(笑)。

自分はこの間貰ったCDしか聴いてないですけど、すごく良かったです。

S:
本当ですか!?

ありがとうござます!

Z:
いろんな要素が詰まってて。

12曲目が特に良いですよ。

S:
あれは"UNBREAKABLE"っていう曲なんですけど、ポストロック時代にやれなかった曲が今やれるようになったので、リベンジした曲です。

Z:
あの曲、超良かったですよ。

あれはやっぱりTORTOISEから来てるんですね(笑)。

S:
そうなんですよね(笑)。

Z:
自分もTORTOISE聴いてましたからね。

だからあの曲すごく良かったですよ。

S:
後半の話は短過ぎましたか?

Z:
いや、全然大丈夫です。

昔の事のほうがみんな知らないと思いますから。

ウィキペディアに載ってないYOUR SONG IS GOODを伝えたいので。

最後に、ニューアルバムがリリースされましたので、一言どうぞ。

S:
このアルバムは...うわぁ、難しいですね(笑)。

え?っと、デカい音で聴いて下さい(笑)。

Z:
CDを買って下さい、と。

S:
ぜひ、買って下さい。

いや?、すいません、後半短かったですけども(笑)。

Z:
いえいえ(笑)。

逆にこのぐらいのほうが良いかなと思いますので。

YOUR SONG IS GOODのことはみんな知ってると思いますから、その前のことをね。

S:
そういえば、あれから中学の話をして、いろいろと思い出しました。

SCHOOLS OUT PRODUCTIONSの古川君なんですけど、エロビデオを最初に見せてくれたのは彼だったなとか(笑)。

Z:
(笑)!

S:
あと古川君の家に黒い女物の下着が干してあったんですけど、生まれて初めて黒い下着を見たのも古川君の家だったなとか(笑)。

Z:
お姉ちゃんのですか?

S:
たぶん、彼のオカンのです(笑)。

Z:
オカンはちょっとキツいですね?(笑)。

S:
そうなんですよ(笑)。

お姉ちゃんのなら良かったんですけど。

フルのオカン...これですか...?みたいな(笑)。

Z:
中学生の時でしょ?

オカン、なかなかやりますね。

S:
そこのお父さんは初めて出会う感じのおっかないキャラクターでしたね。

Z:
お父さんがそうならば、お母さんもそうなんですよ。

黒じゃないとお父さんは怒るんじゃないですか?

S:
そうかもしれないですね(笑)。

Z:
燃えへんやんけ?!みたいな(笑)。

S:
何かそういう景色とかをふと思い出しました(笑)。

Z:
その古川君は今何をしてるのですか?

S:
古川君、何やってるんだろうな??

会いたいですね。

中学を卒業してからまったく遊ばなくなっちゃったんですよね。

僕らと一緒にヒップホップを聴いてたんですけど、卒業と同時に彼は不良方面にいってしまったので。

Z:
あ、そうなんですね。

S:
あの時どう思ってたのか、訊いてみたいですね。

ホントに変わった子でしたよ。

ターンテーブルに弟の証明写真を貼って回すっていうギャグを突然始めたりするんですよ(笑)。

よく分からないんですけど。

Z:
ポストロックですね(笑)。

S:
間違いなく(笑)。

あと、交換日記をしてたんですよ。

Z:
古川君と?

S:
はい、僕とヨッちゃんと古川君ともう一人、アズマ君ってのが居たんですけど。

Z:
ヤバいですね、それは(笑)。

1冊を4人で?

S:
そうですね。

毎回ネタを貼っ付けて大喜利みたいになってたんですよ。

そんなナードな遊びをしてたんですけど。

ある日、古川君がコインのスクラッチで削るヤツあるじゃないですか、あれを貼ってたんですよ。

で、"ココを削れ"って書いてあったんですよね。

そこを削ったら、幼稚園の卒園アルバムから切り抜かれたヨッちゃんの顔が出てきたんですよ(笑)。

Z:
その削るヤツはどうやって作ったのですか(笑)?

S:
たぶん、どこかで買ったんでしょうね。

シールみたいになって売ってたと思うんですよ。

わざわざそういうことをする人です(笑)。

Z:
ポストロックですね(笑)。

今、古川君と会ってセッションをやれば斉藤君が目指してたポストロックができると思いますよ(笑)。

YOUR SONG IS GOODの次のバンドができますよ。

スクラッチシールとか、そんなこと思い浮かばないですから。

S:
確かに(笑)。

あとですね、ちょっと古川君ネタ続いちゃうんですけど...

Z:
全然良いですよ。

そういうの好きですから(笑)。

S:
僕がテープにEXPLOITEDの曲をダビングして彼の家に持っていったんですよ。

Z:
EXPLOITEDのどの曲ですか?

S:
"BURNING AMBITIONS"っていうコンピに入ってたヤツなんですけど、いろんなバンドが入ってたんですよ。

CHAOS U.K.とか初期パンクからハードコアまで、みたいな。

ADICTSまで入ってたんですけど。

そのコンピにEXPLOITEDの"DEAD CITIES"って曲があったんですよね。

Z:
メチャクチャ好きですよ、その曲。

YOU TUBEにその曲の結成当時ぐらいの映像があるのを知ってます?

S:
マジですか!?

Z:
それ格好良いですよ。

ベースの人がガーゼシャツ着て、完全にジョニー・ロットンみたいな感じで。

テレビ番組の収録か何かで、客も普通の人達なんですよね。

歌も口パクで。

指の先までカーゼシャツ伸びてますからベースとかも弾いてないですよ。

デブの人も革ジャン着て、ドラムも初期のメンバーだからかなり格好良いんですよね。


S:
ちょっとチェックしてみます!

それで古川君はその頃パンクのパの字も知らなかったんですけど、こういうのがあるんだよねってテープを一緒に聴いてたんですよ。

SEX PISTOLSから始まって、BUZZCOCKSとかの初期パンクが来て、COCKNEY REJECTSなどストリートなOiパンクが来て、ハードコアに行きます! って時に、『DEAD CITIES?!』ガンガンガンガン!!!って流れたんですよ。

その時になぜか古川君が突然、発狂して脱いで、パンツ一丁で部屋の中でモッシュを始めたんですよ。

Z:
分かってますね!

S:
僕もそれを見て、なんか負けてられないな! と思いまして、脱いでパンツ一丁になって、2人でサークルモッシュしたっていう(笑)。

Z:
2人"DEAD CITIES"で(笑)。

古川君は一切聴いたことなかったんですよね。

S:
こういう音楽だとも一切説明してなかったんですけどね。

Z:
いきなり分かったんですね。

絶対に連絡するべきですよ。

すごく良いバンドができると思いますよ。

S:
ホントですね(笑)。

そういうことがありましたね。

Z:
ヤバいですね、古川君(笑)。

COCKNEY REJECTSは無反応だったのですか?

S:
無反応でしたね、ふ?んこんなのあるんだ、ぐらいの感じで。

『 DEAD CITIES?! 』から急にかき立てられたみたいですね(笑)。

Z:
それがDISCHARGEだったらどうなってたんですかね(笑)。

S:
曲順的にそのあとがDISCHARGEだったんですけど、ちょっと落ち着いてましたね。

重いというか怖い感じだったんでしょうね(笑)。

Z:
やっぱりワッティーのイケイケ!加減がピッタリハマったんでしょうね。

S:
あの感じが中学生的には伝わったんですね(笑)。

Z:
ところであのベースの人、俳優になってますね。

S:
そうなんですか?

Z:
"ACID HOUSE"っていうイギリスのクラブ系な映画があるんですけど。

S:
ああ!ありますね。

Z:
あれとかに出てるんですよ。

もうひとつ、名前忘れちゃったんですけど、準主役で出てますよ。

ドラッグディーラーの少年の母親の彼氏役みたいな感じで。

やっぱりシブいですよ。

自分はあのベースの人大好きなので。

あの人が脱退して聴かなくなりましたからね。

EXPLOITEDは2枚目ぐらいまでしか聴いてないですね。

漫画のジャケットの"TROOPS OF TOMORROW"ってあったじゃないですか。

S:
街で警棒みたいなの持ってるイラストのジャケットですよね。

Z:
あれ以降は聴いてないです。

ジャケット見たら、ベースの人が居なくなってる! って思って。

S:
当時、アメリカのパンクバンドってどこで買ってました?

僕らはキングコングとかだったんですけど。

Z:
当時はあまり売ってなかったですね。

自分達の世代はやっぱりイギリスのハードコアでしたから。

S:
そうですよね。

Z:
5つぐらい年下からじゃないですかね。

みんなUSハードコアを聴き始めたのは。

鋲ジャンでパンクか、Tシャツにスニーカーでパンクか。

途中にMISFITSみたいな人も居ましたけど。

S:
MISFITSといえば思い出しました。

当時、僕ら中学校の頃は全員坊主だったんですよね。

Z:
デビロックできないですね。

S:
全然できなくて、卒業した時にやっと髪を伸ばしてもよくなったんですよ。

そこでヨッちゃんがなんとかデビロック的方向にもっていこうと、角度を入れて自分でハサミで切り始めたんですよ(笑)。

Z:
まず髪を伸ばさないと(笑)。

S:
もう、前髪が短いんですよ(笑)。

Z:
KISSのジーン・シモンズみたいになってたんじゃないですか(笑)?

S:
そうなんですよね(笑)。

Z:
デビロックじゃなくて、KISSになってたみたいな。

S:
その後、近所の散髪屋に一緒に行った時におばちゃんに『 勝手に切ったらあかんで! 』って怒られてました(笑)。

Z:
しかもデビロックじゃなくて、KISSのジーン・シモンズでしょ(笑)。

S:
あの髪型は格好良過ぎたんですけどね(笑)。

Z:
ナオヒロックってそういうこともやってたんですね。

S:
僕も一緒にそういう方向性でやってましたね。

Z:
SxOxBも髪型そうでしたよね。

S:
すごい格好良かったですよね。

あとBONES BRIGADEの人達も前髪ダラーってなってましたよね。

ああいう風な髪型になりたいな?、って思ってましたよ。

Z:
まず伸ばさないと(笑)。

S:
ジェルをつけ過ぎてネチネチになったりしてましたね(笑)。

Z:
古川君は、ぜひ連絡したほうがいいですね。

S:
見てないすかね?ZERO MAGAZINE。

Z:
見てないでしょ(笑)!

いや...分からないですね。

そんな感性を持ってるならば。

古川君と最後に会ったのはいつですか?

S:
中学卒業してぐらいにばったり街で会ったことがあったんですけど、高校1年ぐらいには見かけなくなりましたね。

Z:
どこかへ行ってしまったのですか?

S:
見なくなちゃったので、たぶん親元を離れて神戸か大阪に出てたんですかね。

Z:
とりあえず実家に電話して追跡しないとダメですね。

S:
そうですね。

Z:
何か最後は古川君を探せ! みたいになってしまいましたね。

S:
本当ですね(笑)。

Z:
探し当てたら連絡下さいね!

見つかりました! 新しいバンド組みます! って(笑)。

S:
分かりました(笑)。

Z:
その時、ナオヒロックに短い頭でデビロックやってもらって(笑)。

復活してもらいましょう!

S:
中学3年のあの雰囲気を再現してみたいと思います(笑)。

Z:
その時のグループ名は何でしたっけ?

S:
SCHOOLS OUT PRODUCTIONSですね。

Z:
それを限定でカクバリズムから出しましょう!

S:
そうですね(笑)。

Z:
もし、古川君がこのインタビューを見てたらカクバリズムまで連絡を下さいと。

S:
はい、古川君、会いたいです。

Z:
オッケーです! ありがとうござました!

S:
ありがとうございます(笑)!

ysig_2003.jpg

動乱のロングインタビュー、最後は訪ね人で終結です!

音楽を奏でる者は知識、スキル以前に聴いて聴いて聴き狂うことが大切だと思われます!!

体験した音は自ずと表現の幅となって発信されるのではないでしょうか!?

7月24日。

CLUB NOONにて繰り広げられる"BLUE LINES"で、ぜひともYOUR SONG IS GOODを全身で感じて下さい!!!

画像をクリックして頂くと詳しい詳細が!!!
BL.jpg

サイトウ JxJx ジュン 其の三

10/06/14

YOUR SONG IS GOOD、サイトウ"JxJx"ジュン君インタビュー其の三!

次々と移り変わるバンド遍歴、そして日本の地を離れて飛び出した先には...

fruity_shelter.jpg

Z:
当時は上下関係が厳しかったですもんね。

まあ、今も厳しいですけども。

S:
そうですよね。

そういう意味では、当時の僕らは、本当にのほほんと来てたので。

特にバトルもなく、ス?ッて都合良く(笑)。

その時に、初めてこれはちゃんとしないとヤバいなって感じたを憶えてます。

その節はありがとうございました。

Z:
いえいえ、こちらこそありがとうございますですよ。

S:
確かその時のプロフィールとかも渡したと思うんですけど?

Z:
マジですか?

全然憶えてないですね。

S:
ヨッちゃんが全部書いてくれたと思うんですけど、僕には"手足が長い"って特徴を書いてくれてましたね。

Z:
(笑)!

S:
あとは"すぐにキレる、短気"って書いてましたね。

今思い出しましたけど(笑)。

ヨッちゃんから見た僕の印象だったんでしょうね。

Z:
自分の知り合いで特技を昼寝って書いた奴居ましたけどね(笑)。

バイトの面接で。

絶対スベるでしょ?

S:
そうですね(笑)。

Z:
あと自分らは高校へ行ってなかったので、バイトをしなければならなかったんですよね。

当時の友達が履歴書でその年に出来た高校で"卒業"って書いてましたからね(笑)。

今年できた高校なのに卒業できるわけないだろ? って言っても、大丈夫大丈夫って余裕でしたけどね。

もちろん落とされてましたけど(笑)。

その人はヤバかったですね。

S:
おもしろいですね、それは(笑)。

Z :
話戻しますけど、結局なぜ解散したのですか?

S:
そのまんま高校3年の終わりぐらいになった時にどうしよっか? って話になって。

その時、僕はなぜかイラストレーターになりたかったんですよ。

Z:
絵は上手いですか?

S:
たいした事なかったんですけど、宝島で見てたテリー・ジョンスンがあまりにもカッコよくて、その影響からなんですけど。

それで絵の勉強したいってことで美術の学校へ行きたいと思ったんですけど、受験しなければダメだってことになって、

僕のわがままで『 しばらく音楽を離れてもいい? 』ってメンバーに訊いたらOKっていうことになったんですよ。

それから僕の代わりにジュードー君がワンモッツに入ったんですよね。

Z:
そうなんですね?。

S:
でも、結局受験は全部落ちて(笑)。

それで、親から一年だけなら予備校に行かしてやるって言ってもらってって感じで、ありがたいことになんですけど。

Z:
実家はまだ神戸ですか?

S:
そうですね。

浦安に婆ちゃんが住んでたんで、そこに居候する形で上京したんですよね。

それで最後にジュードー君も含めた4人メンバーになって、NYLONで最後のライブをやったんですよ。

そしてワンモッツは終わりました。

Z:
卒業してしまったのですね(笑)。

S:
はい、僕は卒業しました(笑)。

Z:
みんな泣きました?

S:
全然泣かなかったんですよね(笑)。

普通に朝まで楽しんだ感じですね。

Z:
DJ GONG SHOWの時と違うじゃないですか。

S:
そうなんですよね。あの時はかなり青春っぽい感じだったんですけど。

なんだか最後はあっさりと終わりましたね。

それで東京へ出て、ヨッちゃんも東京へ出て来たんですよね。

Z:
そこでまたワンモッツやろう! ってならなかったんですね。

S:
そうなんですよ?。

普通に予備校へ通うようになったんですよね。

Z:
楽器は、もともと弾けたのですか?

S:
妹が居るんですけど、親が妹にピアノを買ってたんですよね。

自分が中学の時に楽器をやりたいって言ったんですけど、ピアノだったらいいってことだったんですよ。

親からすれば家にピアノがあるから、都合が良かったんだと思うんですけど。

それでとりあえずやってみようかなって気になって中学の途中からピアノを習いに行ったんですよね。

高校でスケボーに完全に興味が移った頃にはもうピアノをやめてたと思うんですけど、今考えたら小学生がやるくらいのレベルでした。

発表会は恥ずかし過ぎるので出さないでくれってピアノの先生にお願いしてたんですけど、1回だけ生徒だけでやる披露会みたいなのに行ってくれって言われたんですよ。

そこまで言われたらしょうがないですね、って出たんですよ。

Z:
メッチャ上から言ってますね(笑)。

S:
そうですね(笑)。

中学生でしたけど、小学生の間に挟まれて出場しましたよ。最高に恥ずかしかったですね。

それ以降は全然楽器をやってなかったんですけど、予備校の時に少しギターを触り始めたんですよね。

婆ちゃんの家にガットギターがあったので、それを弾いてたのを憶えてますね。

それで予備校にハードコアが好きなジョウタ君という人が居て、そのジョウタ君が持ってたバケツに"NEO HARDCORE TAIL"って書いたステッカーが貼ってあったんですよ。

Z:
NUKEY PIKES。

S:
そうです!

NUKEY PIKESとかが出てた、あれのステッカーが貼ってあって、これはもしや? って思って...

Z:
行ってしまった?

S:
いえ、その時は行けなかったんですけど、これ何なの? って訊いたんですよ。

Z:
ヤバいですな。

S:
NUKEY PIKESは宝島でインタビュー出てたのを見てたんですよね。

それですごく気になってたんですよ。

で、ジョウタ君がハードコアのテープをいっぱい持ってて、続々とテープを貸してくれたんですよ。

キタ?ッ!!! って思って(笑)。

それで、一応、中学の時にPUNK、SKATE ROCKからのアメコアって感じで通ってきてたので...

Z:
"ミノワ何とか"聴いてましたもんね(笑)。

fruity_jxjx.jpg

S:
ええ、ミノワですよ(笑)。

そこら辺をきっかけに、話が盛り上がって仲良くなったんですよ。

いろいろ教えてくれましたね。こっちもヒップホップやファンクの話したりして。

そこから今でも仲が良いですね。ジャケットとかやってもらたりしてます。

それでUG MANとか日本のバンド沢山も教えてもらって。

Z:
河南さんも格好良いですもんね、バンダナ巻いて。

S:
あとは、キミドリもですね。それで一緒にライブへ行くようになったんですよ。

Z:
LESS THAN TVですね。

S:
そうです。

その頃、武蔵野美術大学に合格して通い始めました。

で、その友達と一緒にUG MAN、コンクリ、JACKIE & THE CEDRICSとか、FUGAZIとか色々と観に行ってました。

そんな感じでいろんなバンドを観てるうちに、自分もバンドをやりたくなってきたんですよね。

ただ組んでちょっとやるって感じでしたけど。

Z:
その頃はハードコア?

S:
その時はハードコアじゃなくて、当時流行ってたオルタナの感じでしたね。

SUB POPから出てるバンドみたいなのをやってましたよ。

Z:
その頃はド直球ですもんね。

ジーパンは破れてましたか?

S:
その時は、まだSTUSSYとか着てましたね(笑)。

Z:
それは古いですね(笑)。

ネルシャツ着て、ジーパン破れてないと。

S:
ですよね(笑)。

まだ引きずってたんですね、神戸のノリを(笑)。

Z:
その時、楽器は何をやってたのですか?

S:
ベースですね。

知り合いもだんだん増えて、学校で仲が良かった友達の弟が後のFORTH OF NATUREのKENTなんですよね。

Z:
そうなんですね、その人は会ったことないんですけども。

S:
後期の四街道ネイチャーですね。

そんな感じで広がっていって、またヨッちゃんともちょこちょこ遊ぶようになりました。

で、バンドも、もうちょっとちゃんとやりたいなと思ってFRUITYをやり始めたんですよ。

Z:
その前のバンドは何ていう名前ですか?

S:
平安京エイリアンズですね(笑)。

Z:
平安京エイリアンズ(笑)。

S:
ドラムの女の子が決めた名前なんですけど。

可愛らしい女性が居たんですよ。

Z:

そこからFRUITYなんて、格好良くなりましたね。

平安京エイリアンズはすぐに解散?

S:
1年くらいやって終わりました。あとはDISCO MANっていうバンドでPOP GROUPみたいなのをやろうとしたりとか。

どっちも人前でやるっていうより、内輪で集まって学生ノリみたいな感じでガチャガチャやるっていうのだったんですけど。

それでFRUITYになって、OPERATION IVYっぽいのをやってみたいなと思ったんですよ。

POP GROUP的なひねくれたのをやってた反動だと思うんですけど、ストレートなものをやってみたくなったんですよね。

と言いつつも、結局、OPERATION IVYに色んな音楽の要素を加えていってしまう変なバンドだったんですけど。

それでDISCO MANのベースだったオオクラ君と意気投合して、オオクラ君の高校の友達だったツカモト君も参加してデモテープを作りました。

僕は最初ドラムだったんですけど、昔にラップやってたっていうのをメンバーが知ってて、

ジュン君歌ったほうが良いんじゃないの? みたいな雰囲気になったんですよね。

じゃあ、やってみようってことでボーカルをやるようになりました。その後、ドラムにオカゼリ君という人が参加してくれるようになりました。

それで、当時の僕らみたいなバンドの活動場所の雰囲気的にはハイスタがちょうど人気が出てきたかな?くらいの頃で、

同い年ぐらいのバンドはメロディックなバンドが多かったような気がしてます。世代的にはポストハイスタっていう感じですよね。

そんな中、いろんな所でライブハウスでデモテープを渡していったら徐々にライブをする機会が増えていったんですよ。

西荻WATTSやANTINOCKとか20000Vとか後のほうでSHELTERとかですね。

それでOPPA-LAっていうお店が江ノ島にあるんですけど、

fruity_original1996.jpg

Z:
はい、ありますね。

S:
今OPPA-LAをやっている和田君がイベントに呼んでくれたんですよ。

その時の対バンが GOD'S GUTSで。

Z:
それはヤバいですね。

S:
対バンした時にGOD'S GUTSの谷さんから『 レコード出しませんか? 』っていきなり言われたんですよね。

Z:
LESS THAN TV!

S:
いきなり対バンして、初対面でライブ観て言ってくれたんですよ。

GOD'S GUTSの人がそんなことを言ってくれたら、はい! としか言いようがないじゃないですか。

それでLESS THAN TVから7インチが出るって話になったんですよ。

谷さんにプロデュースしてもらって。

Z:
アツいね...

またちょっとアツくなってきましたね!

S:
いや?、ビックリしました。

Z:
イケてますね。

S:
本当に急な展開で(笑)。

それで、大阪の難波ROCKETSでUG MANと一緒に行かせてもらったりとか。

たしか95年ぐらいですかね。色々一緒に遊んでもらいました。

それくらいから、なんとな?くだんだん人気が出てきてたんですよね。

その頃ってそういうスカコア的なものが流行りはじめてきたところで。

Z:
95年ぐらいって、どのバンドも人気がありましたもんね。

S:
そうですね。

それで、リリースした7インチも2000枚ぐらいだったんですけど、完売するようになってきて。

それで、ややこしいことに僕ら的に人気が出てきたら『 この人気ある雰囲気、何か違う 』って感じになっちゃったんですよね。

ここにきて変なこじらせた感じが出てきたんですよ(笑)。

Z:
若いしね(笑)。

S:
それでドラムのオカゼリ君が色んなバンドを掛け持ちしててなかなか練習出れなくなっちゃったっていうのもあって、一回仕切り直そうと。

で、僕がドラム戻るってなったんですけど、そしたらボーカルはどうする? って話になったんですよ。

で、考えたんですけど、当時、客ですごくおもしろい奴が居たんですよね。

中学生だったんですけど。

Z:
はい(笑)。

S:

ボーカル、アイツにしよう! ってなぜかノリで言っちゃったんですよね。

で、メンバーもそれいいね! ってなって。

そいつは当時アメリカンスクールに通ってたユキってヤツなんですけど。

Z:
中学何年生?

S:
2年生ですね。今は27歳くらいでいまだに結構連絡とったりするような仲なんですけど。

Z:
OUTOですね。

OUTOは中1でしたから。

S:
うわ?っ!

でも、だいぶ雰囲気、違いますね(笑)。

いや?、それで、とりあえずユキをボーカルにして、またライブをやり始めたんですよね。

Z:
それもFRUITY?

S:

FRUITYのまんまですね。名前は変えませんでした。

そうしたら、ものすごく人気が落ちちゃったんですよ(笑)。

Z:
あっちゃ?(笑)!

S:
まあ、わざとみたいなところがあったので分かってたんですけど、本当に人気がなくなりましたね。

一度、名古屋にライブで呼ばれた時だったんですけど、周りも人気がある感じで盛り上がる感じのメンツのイベントだったんですよね。

ダイヤモンドホールっていうすごい大きなハコで。

呼んでくれた人もボーカルが中学生になる前の状態だと思って呼んでくれてたんですよね。

Z:
なるほど(笑)。

S:
主催者側から、今日は盛り上がり過ぎて大変なことになってるので、ステージにお客さんが登ってきたら演奏を止めてもらってもいいですか? って言われて。

『 いや、たぶんならないと思うんですよね 』って僕らは言ってたんですけど(笑)。

実際、スカの要素もゼロで、ライブが始まったらユキが開口一番『 スカじゃなくて、すいません 』って言っちゃって(笑)。

Z:
それはアツいですね(笑)。

S:
かなりウケました。で、音的にも初期に比べるとだいぶ渋い感じのパンクロックになってて。

1曲目終わった時点で、ハンパないざわめきが起きまして。

こんなにざわめきの音って大きいんだっていうぐらい。

バンドの出してた音ぐらいのざわめきが返ってきて。

これはとんでもない事になってしまった! って思いましたね。

それで世間の評判を一気に落としました。よろこんでくれる人もいたし、すごくオモシロかったんですけど。

Z:
でも人生には必要ですよ。

1回挫折をしないと強くならないですから。

S:
そうですよね。

それで、その頃LESS THAN TVで出した7インチを海外でリリースしてみたいっていう野望があったんですよ。

で、フロリダのFAROUTっていうレーベルに送ったらOKが出たんですよね。

しかもUSツアーをやらないか? ってまで言ってきてくれて。

Z:
でも送った7インチはメンバーが違うでしょ?

S:
そうなんですよ(笑)。

といいつつ、これはアメリカへ行くしかないよねって話になったんですよ。

で、ユキが英語ペラペラだから、中学生だけどアイツも連れて行こうって話になりまして、

ユキの実家まで行って『息子さんをアメリカへ連れて行っても良いですか?』 ってヤツの両親にお願いしたんですよ。

そしたら、ユキの実アメリカにもうひとつの家があったりしてたので、あっさり良いですよってことで実際に一ヶ月アメリカへ行くことになったんですよ。

fruity_jxjx_and_yuki.jpg

Z:
なるほど。

S:
そしたら、当時のユキってだいぶ生意気な感じのヤツだったんですけど、

アメリカへ行くとさらに水を得た魚のようにものすごく生意気な奴に変貌を遂げたんですよ。

Z:
変身したんですね(笑)。

S:
もうビックリするぐらいで。

全然、通訳もしてくれないし、だいぶややこしかったです。

それで、ささいなことでモメて言い合いになった時にユキが『 ここは俺の国なんだよ! 』って言って(笑)。

Z:
本当ですか?

S:
実際、ツアーもかなり過酷で、最初むこうのバンドの車に便乗させてもらってたんですけど、

さすがに向こうもキツかったみたいで『 お前ら車買ってそれで回れ 』って言われたんですよね。

で、じゃあってことで、アメリカの刑事ドラマで崖から落ちて爆発するみたいな雰囲気のフォードのセダンを買ったんですよ。

それが買って高速に乗った瞬間に煙が出るようなポンコツだったんですけど、真夏に前3人後ろ3人の6人でギュウギュウになって汗だくになって走りました。

値段は日本円でたぶん90,000円ぐらいだったんですけど。

それでフロリダからサンディエゴまでのアメリカ大陸横断で、ほぼ毎日ライブっていう。

しかもろくに英語もしゃべれないのにアンプとかを対バンのバンドにかなり気を使って貸していただく感じで。

日本だと僕らだいぶぬるま湯な所でバンドやってたんだな?って思いつつ、一気に過酷な状況に追いやられて、ヒイヒイ言ってました。

しかも中学生のユキは、まったく言うことを聞かないという(笑)。

さらに、ダメ押しでもう毎日がトラブル続きで、テキサスで事故ったり、対バンのアンプを壊してフィリピン系のイカつい奴に激怒されたりで、

ツアー終盤は全員だいぶ落ちてたんですよね。ユキだけですね、元気よかったのは。

そんな感じのがピークの時に高速で運転中にタイヤがパンクしたんですよ。

で、危ないんで下道にとにかく降りて、パーキングに入ってとりあえず直そうってことになったんですが、

自分達だけでタイヤの交換なんてしたことなくて...

fruity_car_ustour.jpg

Z:
はい(笑)。

S:
みんなであーだ、こーだ言いながらジャッキで上げようとしたんですけど、全然上がらないんですよね。

ボディだけどんどん上がっていって、これ以上やったら車からボディが取れる! みたいな、だいぶ傾いた状態になった時に、

誰かが『 そう言えばユキがガソリンスタンドでおもしろがってタイヤに空気をパンパンに入れてた 』って言ったんですよ。

で、『 それか?、パンクの原因! 』って話になって。

ユキは『 俺じゃねえよ!!! 』 ってブチ切れたんですよね。

それで怒って急に車に飛び乗ったんですよ。

それがだいぶ危なっかしい状態だったのと今までの鬱憤が爆発して、当時ユキって僕の10歳下だったんですけど、さすがに本気でキレたんですよ。

で、ボロクソ言ったら、いきなり泣き始めたんですよね。

Z:
中学生ですもんね。

S:
ウワ?ッ! って突然見たことないくらい泣きはじめたと思ったら、その後、思いっきりゲーゲー吐きだしたんですよ。

ちょうどそこはアリゾナの砂漠のド真ん中みたいなところで、気温も40℃ぐらいの灼熱な感じだったこともあってか、

なんか泣き過ぎと脱水症状みたいのが一気に来たみたいで。

もう、この時は、メンバーみんな呆然と立ち尽くしてましたね。日も暮れてきて。

で、その後、ユキとは仲直りしたんですけど、それ以前に、

ちょうどアルバムを出す、出さないっていうメンバー内での意見の食い違いとかもあって、結局もうバラバラでした。

それで、最終的にバンドはかなりボロボロになってしまって、それでやっとこのツアーが終わったって感じですね。


Z:
マジですか?(笑)。

過酷な感じで終わりましたね。

S:
最後にアメリカのユキの実家に着いたら、プール付きのものすごい豪邸だったっていうオチもあったんですけど(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

録音の電池がないので続きは次回にしましょう(笑)。

S:
喋るの長過ぎました?

Z:
いえいえ! 全然。

森くん(EGO WRAPPIN')は3時間インタビューやってましたから。

それでは続きってことで(笑)。

fruity_jxjx_and_okura.jpg

軌道に乗ってきたバンドはアメリカでの過酷な洗礼にあえなく撃沈!

ここで挫折...となるワケがない!!

苦境をバネに今度は別の方向にスッ飛びます!!!

いよいよ最終回、話の着地点はまったく予想もつかない所へ降り立ちます!

次回更新日は6月21日月曜日です!

サイトウ JxJx ジュン 其の二

10/06/07

YOUR SONG IS GOOD!

サイトウ"JxJx"ジュン君インタビュー其の2!

いきなりチャンスが舞い込む!!

そして超大物アーティストとの接触...?

schoolsoutproductions02.jpg

S:
え?と、広瀬君のMC名はヒロセックスでした。

僕は色々「J」が付くのを考えたんですけど、PUNKADELIC Jとかかなり変なの考えて定まらず、結局サイトウって呼ばれてました。

あとヨッちゃんがナオヒロック、で、古川君がフルで。

それで、みんなでアメ村のDEPTとかに服を買いに行ってましたね。

Z:
でも中学生の小遣いでしょ?

S:
たかが知れてましたね。

それで高校へ進んだんですけど、ヨッちゃんとは別の高校に通うようになったんですよね。

ただ、同じ駅の高校だったので、自然とまだ続けようってことでやってました。

で、ヨッちゃんが卒業祝いにMTRを買ってもらってたんですよ。

Z:
裕福ですね!

S:
YAMAHAの4トラックぐらいのヤツだったんですけど。

宝島を読んで、ピンポン録音でトラックを作れるっていうのを知ったんですよ。

それでヨッちゃんはトラックをいっぱい作ってましたね。

初代ウルトラマンのテーマのイントロをループさせたりしてて。

これから自分達のオリジナルトラックを作れるってことで、だいぶテンション上がったの覚えてます。

で、歌詞も考えて、曲を作っていったんですよね。

それで、その頃MCコンテストみたいなのを東京でやってたんですよ。

Z:
CHECK YOUR MIKE?

S:
みたいな感じのヤツですね。

DJ GONG SHOWだったかな?


Z:
はいはい、ありましたね。

S:
ヨッちゃんに確認したら、ちょっと違うヤツだったらしいんですけど、とにかく応募したんですよ。

そうしたら予選を通っちゃって。

うわ、ヤバい?! って僕ら盛り上がりまして、これは東京に呼んでもらえるんだよな、と謎の甘い考えでそんな事を思ってまして。

とにかく何も分かってなかったんですよね。

Z:
自分でお金払って東京まで行かないとダメでしょ(笑)。

S:
そうですよね。

単なる参加者なだけなんですけど、選ばれたぐらいに思ってたんですよね。

とんだ勘違いっぷりですよ(笑)。

それで開催事務局に電話して『 これって交通費とかどうなるんですか? 』っていうナメたこと聞いてましたね(笑)。

Z:
メチャクチャ上から物言ってますね(笑)。

S:
そうなんですよ、最低なんですよ(笑)。

むこうも『 はぁ? 』みたいな感じで。

当然、自分達で来て下さいって言われまして。

で、いざ行かなきゃいけないってなった時に、僕、本当に全然お金が無かったんですよ。

ヨッちゃんはバイトしてたのかな?

それで情けない話、僕は親に頼みこんだんですけど、結局お金を出してくれなくって。

それで僕だけ行けなくなっちゃったんですよ。

Z:
第1回目のチャンスでつまずいてますね(笑)。

S:
この件に関しては、未だに申し訳ないなって思って後悔してるんですけども。

Z:
それは解散の危機ですね。

S:
そうですね。

ヨッちゃんとあと、その時、同じ高校に行ってたゴローっていうのがその時のメンバーだったんですけどs、

『 本当に申し訳ないけど2人だけで行って来てくれないか? 』って謝って頼んだんですよね。

そしたら、2人とも『 じゃあ、分かった! 俺ら斉藤の分まで頑張ってくるよ?! 』って言ってくれて。

Z:
アツいですね!

青春過ぎる(笑)!!

S:
それで2人は東京へ行って1泊して帰って来る予定で、とりあえず僕は次の日、家にずっといたんですよ。

もう気が気じゃなかったんですけど。本当に2人に気まずくて。

そうしたら夜に自分の住んでた団地の玄関がピンポ?ンって鳴って、誰かなと思ってドアを開けたらヨッちゃんとゴローが立ってたんですよね。

で、『 ま...まあ、部屋に入りなよ 』って言って僕の部屋へ通して、まずは『 本当にゴメン! 』って2人に謝って、

で、恐る恐る『 東京どうやった? 』 って訊いたんですよ。

そしたら、2人は開場に行ったものの、予選で他の人たちの見てたらあまりにもちゃんとしてて、

このレベルの違いはさすがに2人だけでは無理だなと思ったらしくて、

主催の人に『 すいません、実はこういう事情で一人これなくて僕らやっぱり出れません、ごめんさいって言って謝罪して帰って来た 』って言うんですよ。

いや、マジ泣けるんですよね、この話(笑)。

Z:
(爆笑)!!!

...映画できますね、この話は。

S:
2人から『 何も出来なかったわ... 』って言われた時に、本当に申し訳なかったなって思っちゃって。

とにかくこの手のタイプのドタキャンは最低だっていうのを、そこで学びましたね。

Z:
かなり青春ですね!

S:
そうなんですよ。

ずっと負い目を感じてましたね。

結局、そのコンテストの事件の後、ワンモッツはひと休みみたいになってたんですよ。

その間、高校2年生ぐらいまでの間はスケボーにハマってたんですが。

Z:
ところで、なぜ"ワンモッツ"なのですか?

S:
イチモツの"イチ"を"ワン"に変えたんですよ。

ワンモッツ・フロム・イチモッツっていうラインありましたね(笑)。

Z:
やりがちですな、それは(笑)。

S:
DE LA SOUL FROM THE SOULからたぶん来てるんですけど(笑)。

あと中学から高校に入る頃だったと思うんですけど、PUBLIC ENEMYが来日してましたよね。

Z:
来てましたね?。

S:
あれをヨッちゃんと出待ちしに行ったのを今思い出しました(笑)。

Z:
チャックDを?

S:
FISH DANCE HALLの裏でリハを聴いてて、ウォ?! リハやってるよ!って興奮してたら、

ガチャッてドアが開いて本当にターミネーターXが出てきて、ビックリしましたね。

ラジカセ肩に担いで爆音で歩いてたんですよ。

Z:
ヤバいですね?!それは!!

S:
フレイヴァー・フレイヴとチャックD、プロフェサー・グリフとかも出てきて、うわ?って唖然としてたんですけど、

ヨッちゃんが突然勇気を振り絞って、

『 DOPE!!! 』

って叫んだんですよね(笑)。

Z:
(爆笑)!!!

S:
そうしたら、フレイヴァー・フレイヴがあのシャガレ声で『 オ?ライ! DOPE MEN?! 』みたいな感じで返してきたんですよ(笑)。

これは忘れられない思い出です。

Z:
これはまた良い話ですね!

『 WHAT'S UP MEN?! 』じゃなかったんですね(笑)。

S:
はい(笑)。

その日のライブはメチャクチャ興奮しましたね。

Z:
ちなみに竹村延和は前座でDJやってた時に、クリストファーネメスってあったでしょ?

S:
はい、あのロンドンのブランドのですよね。

Z:
あれのすごい形の靴を履いてたんですけど、PUBLIC ENEMYのメンバーに、お前象に踏まれたのか? って言われたそうですよ。

S:
それも良い話ですね(笑)。

さすがPUBLIC ENEMYはいろいろエピソードがありますね。

そういう感じでヒップホップを体験しつつ、スケボーにハマって須磨海岸とかに行くようになったんですよね。

そこで他の高校のスケーター達とも遊ぶようになって、街へ頻繁に出かけるようになったんです。

highschool01.jpg

Z:
ようやくですね。

それは何歳ぐらいの時ですか?

S:
16?17歳ぐらいですね。

Z:
長かったですね。

小学校から5年ぐらいかかってますもんね。

S:
そうですね。

それでCLUB NYLONとかへ遊びに行くようになって、脱線3の人とかと知り合うようになるんですよね。

Z:
確か神戸ですよね、KING3LDKとMCBOOは。

S:
そうですね。

NYLONにはちょいちょい出入りさせてもらってたんですけど、田上君もそこで知り合いましたね。

Z:
ジュードーと(笑)。

ジュードーはデブゴンとよく一緒に来てましたね。

S:
デブゴン!、デブゴンこと西ちゃんは須磨海岸でスケートの時に知り合いましたね。

Z:
デブゴンは当時キーマンでしたもんね。

S:
そうでしたよね。

そういえばすでにヨッちゃんがボーイスカウトで西ちゃんと知り合ってましたね。

Z:
ボーイスカウトって多いですね。

GAS BOYSもボーイスカウトでしたもんね。

上杉君と今井君はボーイスカウトで小学校からの友達で、どっちかのお父さんがボーイスカウトの偉い人みたいなんですよね。

S:
へえ?。

そうなんですね。

Z:
GAS BOYSは千葉だけど、バリK?ンだけ東京で暴走族だったらしいんですよ。

コイツ暴走族なんだよね、ダサいよね! ってイジメられてましたね(笑)。

でも、自分も暴走族やってましたから、俺もやってたって言ったらバリK?ンが兄貴!ってなついてましたけど。

やっぱ族だよね! って言われて。

ちょっと違うと思いますけど、まあそうかなって(笑)。

Z:
ボーイスカウトはやってましたか?

S:
僕はやってなかったんですけど、ナオヒロックとシュウゴはやってましたね。

シュウゴは知ってますか?

Z:
いえ、知らないですね。

S:
シュウゴは小学校時代の仲間なんですけど、中3で引っ越してしまって、で、徳島の高校3年ぐらいで辞めて、

神戸戻って来て、最後のほうのワンモッツの時はよくツルんでたんですよね。いまだに仲良いです。

Z:
ジュードーは本当に柔道強かったですもんね。

ジュードーは伝説の一言があって、ヴィヴィアン・ウエストウッドとアニエスb.を一緒に着たらダメですよ!って言われて。

何で? って訊いたら、

ヴィヴィアンはロンドンでしょ、アニエスb.はパリ、国を混ぜたらいけません。

って。

S:
(爆笑)!!

Z:
洋服なのに(笑)。

ありえない、何だそりゃ? って思いましたよ。

国違うって。

未だに忘れられないですよ(笑)。

S:
スゴい(笑)、ヤバいですねそれは。

田上君には、でもよくお世話になってました。

Z:
ジュードーのほうが年上ですか?

S:
そうですね。たぶん僕の1つ上だと思います。

ヨッちゃんと僕が高校3年の時は卒業してたと思いますので。

Z:
顔がイカつかったですもんね。

神戸のラップしてた人って顔が個性的でしたよね。

MCBOOとかもヤバいでしょ。

S:
そうですね、実際、おもしろい顔ですね(笑)。

それでその頃、僕とヨッちゃんの2人がラップでワンモッツにはDJが居なかったんですよね。

で、DJを紹介してあげるよって言われて会ったのが、とんち番長だったんですよ。

僕らはヒロキ君って呼んでたんですけど、自分より先輩でした。

話してみたら、めっちゃおもしろい人で、是非お願いします! って感じになりまして。

Z:
その人今もやってるでしょ?

S:
確か今は服屋さんで働いてるって聞いてます。

東京に居るらしいんですけど、全然会えてないんですよね。

Z:
再結成できるじゃないですか。

S:
ワンモッツ、そうですね(笑)。

東京にみんな居ますからね。

ヒロキ君、会いたいですね。

Z:
YOUR SONG IS GOODは結成して何年目ですか?

S:
12年めですね。

Z:
ちょっとまだ早いかな。

15年目ぐらいでワンモッツ復活させましょう(笑)。

S:
あと3年もすればですか(笑)。

で、DJでヒロキ君が加入して、ようやくライブもやれるかもしれないって形になってきたんですよね。

初ライブはちょっと憶えてないんですけど、NYLONか学園祭に呼んでもらったのかのどっちかです。

で、ヒロキ君のお姉ちゃんの友達の人がたしか同志社女子大学の学生だったんですよね。

それで、そこの学園祭に出ることになったような気がするんですけど。

レゲエディージェイのあのチャッピーさんって居ますよね。

Z:
居ますね、昔のレゲエの。

S:
チャッピーさんがメインで、その前座みたいな感じだったんですよね。

Z:
わけが分からないですね、それは(笑)。

チャッピーさんも、何じゃコイツら? って思ったでしょうね。

S:
そうでしょうね(笑)。

Z:
前座でもヒド過ぎない? みたいな(笑)。

S:
絶対そうでしょうね(笑)。

Z:
大抜擢ですね。

S:
MAJOR FORCEの12インチも買ってたんで、ウワ?! スゲエな!って。

Z:
H.Fですもんね。

one-mots03.jpg

S:
ですね、それこそ(笑)。

その次が京都のライブハウスで、四条の...

Z:
WHOPEESですね。

S:
そうです、そうです。

WHOPEESでやりました。

なぜかレゲエの人とやることが多かったですね。

Z:
京都の人は怖い人多いですもんね。

LIVEは問題無く出来ましたか?


S:
そうですね、何事もなく無事に。

確か、その日のうちに帰ったんじゃないですかね。

たぶん、子供だったんで帰ってもお咎めないぐらいの感じだったんでしょうね。

Z:
結構、ライブやってたんですね?

S:
そうですね、それで3回目ぐらいでDYNAMITEでやったと思うんですよね。

Z:
コンテストに?

S:
そうですね。

Z:
勝ちました?

S:
何回か勝ち進んで、決勝で負けて準優勝でした。

Z:
輝かしい栄光じゃないですか!

小さいですけど(笑)。

S:
いや?、でも初めてだったので嬉しかったですね。

Z:
メンバー内で盛り上がりました?

S:
ただ、その前に完全にビビってたんで(笑)。

喜びつつも、大人のルールといいますか、その場の空気を全身で感じ取りましたね(笑)。

立ち振る舞い方を学びました。

one-mots02.jpg


涙、涙のコンテスト不戦負...

しかし、リーターンマッチで見事準優勝を獲得!!

挫折と栄光を味わうことは、血気盛んな高校生にとって刺激的すぎる衝撃!

次回はさらに広がりをみせる人脈と、幸運、スキルの向上、様々な要素が絡み合って徐々にスタイルが確立していきます!!

次回更新日は6月14日月曜日です!
ページトップへ