INTERVIEW

サイトウ JxJx ジュン 其の一

10/05/31

ZERO MAGZINE今回はロングインタビュー!

そのお相手は...

ハイエンドなブッ飛びサウンドマシーンYOUR SONG IS GOOD、サイトウ"JxJx"ジュン君です!!!

インターネットの世界は広しと言えど、ここまでコアに入り込んだ丸裸なインタビューは存在しないでしょう!

尽きることのないエピソードの宝庫をぜひお楽しみ下さい!

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ZERO MAGAZINE(以下Z):
今日は、YOUR SONG IS GOODの斉藤さんに来てもらってます!

サイトウ"JxJx"ジュン(以下S):
まさか...僕がいいんでしょうか(笑)。

Z:
ちょっと、ハードコア過ぎるから...ポップにしたいんですよ(笑)。

S:
うわわぁ(笑)。

Z:
そろそろポップにしたいんで。

前回のイルリメ君のインタビューの時からの小林さん(カクバリズム)の紹介で。

ちょっと気になってたもので、来てもらいました。

S:
それは光栄です!

Z:
本当のところ、音源を聴いたことがないので、ぶっちゃけた話...あまりBANDの事を分かってないです。

すいません(笑)。

S:
全然、大丈夫です(笑)。

Z:
でも、気になってたので勉強します! 今日から(笑)。

S:
いやいやいや! 待って下さいよ。

恐縮です(笑)。

Z:
とりあえず、YOU TUBEでは見ました!あとは...ウィキペディアも見ました(笑)!

何も知らないとヤバいから、一応調べておこうと思いまして。

ウィキペディアにはかなり詳しく載ってましたね。

FRUITYってバンドをやってたとか、そういうのを全部見たんですけども。

小林さんからラップをやってたって聞いてて、そこを書いてあるかなって思ったんですけど...。

S:
そこは書いてないんですよね?。

重要なんですけど。

Z:
そこは自分で入れたほうが良いんじゃないですか(笑)?

ラップの話から見たかったんですけど、FRUITYから始まってたんで。

S:
そうですね?。

Z:
そういうのって嫌だったのですか?

S:
いえ、全然嫌じゃなかったんですけどね。

むしろラップやってたのは入れて欲しいところなんですけど。

以前、JET SETのコラムにその頃の話を青春物語みたいな感じで書いたりはしてんですけども。

ウィキペディアに書き込みしてる人はそこまで追っかけてないんでしょうね。

Z:
そこは追っかけて欲しいですよね。

俺の原点はFRUITYじゃないぜ! みたいなね。

じゃあ、音楽は高校生から?

S:
え?っと、小学校6年の時に神戸に引っ越してきたんですよ。

もともと生まれは東京で、当時は千葉に住んでたんですけど、親が典型的なサラリーマンの家で、転勤で神戸に来たんですよ。

Z:
それはキツいですよね(笑)。

S:
そうですね(笑)。

Z:
関西から東京は大丈夫ですけど、東京から関西はキツいでしょ?

S:
かなりビビってましたね。

でもちょうど85年で、とんねるずが超人気あった頃だったんですよね。

夕焼けニャンニャンとか。

その関東弁がポップな感じで受け入れられる時期だったんですよ。

Z:
良かったですね、それは。

1年ずれてたらエラいことですよ(笑)。

S:
そうですね(笑)。

Z:
それはナイスタイミングです!

S:
とんねるず的に受け入れられて、関東弁をキャッチーに感じてくれたみたいで。

その時に出会ったのが、僕はヨッちゃんって呼んでるんですけど、ナオヒロックなんですよね。

そこに"ヨッちゃん軍団"ってのが居て、少数精鋭でしたけど(笑)。

Z:
イケてましたか?

S:
イケてたんですよ(笑)。

Z:
生意気ですもんね(笑)。

S:
関東圏では運動神経の良い奴が人気みたいな図式があったんですよ。

Z:
小学校の時ってだいたいそうですよ。

S:
ヨッちゃんはそんな感じじゃないのに手下を率いてて、何でだろう? って観察してたら、彼は面白かったんですよね。

Z:
なるほど、そっちのほうが重要ですもんね。

東京で面白いから人気があるって図式はないですもんね。

S:
そうなんですよ。

子分を従えるまではいかないですよ(笑)。

ヨッちゃんの歩いた道を歩かないといけない、みたいなルールとかもあって、そこに僕が興味を持ってだんだん仲良くなっていったって感じですね。

それで仲良くなっていくうちにお互い洋楽が好きだって話になったんですよ。

ヨッちゃんはお姉ちゃんが居たので、たぶんその影響で聴いてたんでしょうね。

僕はCMを見たりしたのがきっかけで、デュラン・デュランと聴いてましたね。

Z:
ジョン・テイラー。

S:
そうそう、ベースのジョン・テイラー! 男前ですよね(笑)。

Z:
自分が高校生の時に付き合ってた彼女がジョン・テイラーが大好きで。

S:
(爆笑)!!

Z:
ありえないと思ってましたね。

デヴィッド・ボウイとジョン・テイラーが好きって(笑)。

あなた聴かないの? って。

自分はデュラン・デュラン聴かないですからね(笑)。

だからジョン・テイラーは憶えてるんですよね。

S:
そうなんですか(笑)。

Z:
あとのメンバーは誰か知らないですから。

S:
ジョン・テイラーがいきなり出て来るのはアツいですね(笑)。

Z:
確かに甘いし一番男前でしたよね。

でもその彼女も変わってますよ、普通はボーカルでしょ?

ジョン・テイラー、ベース! って。

意味が分からないですよ。

ロック喫茶へ連れて行かれましたから(笑)。

そこでビデオ観れるからって。

S:
当時は、そういう時代ですよね(笑)。

まあ、そういう感じで歌謡曲のヒットチャートとかもチェックしつつ、来週の全米トップ40の1位は誰だろう? みたいな話をしてましたね。

2人でそんな会話して盛り上がって、どんどん仲良くなっていったんですよ。

Z:
その1位を予想するっていうのがすごいですね。

普通はベスト10でしょ(笑)。

S:
それから中学生になって、ヨッちゃんが、宝島を持って来たんですよ。

Z:
大きくなってからの宝島?

S:
大きくなって、すぐだったと思うんですけども。

Z:
自分の頃はまだ小さかったですよ。

S:
そうですよね。

それで宝島を見たら、今まで読んでたミュージックライフとかに載ってなかった情報だらけじゃないですか。

Z:
ええ。

GAS TUNKとか。

S:
そうですね。

GAS TUNKのジェロニモがチャートで1位になってたりとか、あとSxOxBとかも出てましたよね。

僕ら神戸の下町じゃなくて、市営地下鉄の名谷駅っていう須磨ニュータウンのほうだったんですよ。

中学もかなり弱い中学で。

ビーバップハイスクールとかも流行ってましたけど。

周りの中学校は不良がいっぱい居ましたけど、僕らの中学は全然居なかったんですよね。

Z:
ラッキーじゃないですか。

S:
そうなんですよ。

2人でのびのびと音楽の話をしてましたね。

それで宝島を見てたのがパンク10周年で86年ぐらいだったんですよ。

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Z:
第2期ハードコアの時代ですね。

S:
そうそう、そうです。

Z:
ちょうどラフィンノーズがメジャーに行ったぐらいで、SxOxBやOUTO、SYSTEMATIC DEATHとか。

S:
宝島を開くと字が踊ってましたね(笑)。

そういえば僕らは隅々まで読むタイプでした。

Z:
その時代の人達は、みんな隅々まで読んでましたよね。

S:
そうですよね。

すごいな?と思いながら。

Z:
毛?めちゃ立ってるやん! みたいな(笑)。

S:
そうですね(笑)。

僕の中学校は坊主だったので、パンクスになれるわけでもなく妄想の世界で。

その頃からですね、これはアメ村とか行かなきゃいけないんじゃないか!? みたいな考えが出てきたんですよ。

Z:
その頃のアメ村はヤバかったでしょ?

S:
ヤバかったですね?。

それでキングコングに行ったんですよ。

Z:
VIOLENT GRINDとかへも行ってしまった?

S:
確か神戸のセンタープラザにも一瞬VIOLENT GRINDができたんですよね。

ちょうど宝島からラジカルスケートブックが出てた頃ですね。


Z:
確かその本をまだ持ってますよ。

S:
ええ?!? 良いですね。

Z:
どこにあるか分からないですけど、まだ持ってるはずです。

S:
あれを読んで衝撃受けましたね。ヨッちゃんが買ったヤツを借りて。メチャクチャ読みました。

それでスケートロックなるものがあるらしいってことになって。

ただ、当時はラジカルスケートブック読んでても、バンドが全然分からないんですよね。

Z:
何を買っていいのやら?

S:
ええ。

それまではイギリスにしかパンクはいないと思ってたのに、アメリカにもいる! ってなって衝撃的でした。NYパンク以外で。

7 SECONDS、CIRCLE JERKSとか。

Z:
MINOR THREATとかね。

S:
MINOR THREATなんて読み方分からなくて、ミノア...ミノア...ミノア何て読むのこれ? みたいなことをずっと話してましたね(笑)。

Z:
そんなもんですよ(笑)。

S:
もちろんSxOxBとか日本のバンドもいっぱい出てましたね。

でもなぜかライブに行くって感覚がその頃の僕らにはなかったんですよね。

Z:
当時、行ってたらヤバかったですよ。

ボコボコにされてますよ(笑)。

S:
そうですよね、中学生が(笑)。

Z:
すくすく育ってた中学生がいきなりボコボコですよ。

S:
ヤバいですね。僕らニュータウン育ちで、襲ってくるような敵も全然いなかったんで、結構のんびりやってました。

それで、中学1年の時にRUN D.M.C.が神戸に来たんですよ。

Z:
LIVEに行ったんですね!

S:
そうなんです。

これは観に行ったほうが良いんじゃないか? って話になったんですよ。

それでヨッちゃん達と、たしか2、3人でRUN D.M.C.を観に行ったんですよね。

その時にアディダス履いて上下ジャージでキメて来る大人を見て、音だけじゃなくて全身でイッてるんだなって感じました(笑)。

これはマズい! すぐに取り入れなければ! ってヨッちゃんと話したの憶えてます。

それから高架下やアメ村に積極的に出始めましたね。

Z:
でもRUN D.M.C.で良かったですね。

ハードコアで鋲ジャンとか作ろうと思ったら、当時はかなりお金かかってましたもんね。

鋲が1個で100円ぐらいでしたから。

S:
そうなんですね、鋲が(笑)。

Z:
今は塊で何百円とかですけど、当時は高かったですね。

襟をやろうと思ったら3000円ぐらいかかりますもんね。

全身やると20000円ぐらいかかる勢いでしたよ。

だから10000円ほどで売ってる鋲ベルトを全部バラして付けてたって言ってましたけどね。

S:
その頃、僕らはキース・へリングの変なブートのTシャツとか買ってましたね(笑)。

Z:
良かったですね。

ジャージだったら上下で買っても20000円ぐらいだし。

スーパースターもまだプレミアがついてなかったですしね。

S:
あとは宝島読者なんでLAST ORGYの影響も大きかったですね。

あの感じです。

Z:
藤原ヒロシとか?

S:
はい。

Z:
自分はまったく影響されてないですから。

S:
そうですよね(笑)。


Z:
ファッションは結局買ったのですか?

ジャージは?

S:
ジャージは買えなかったんですよ。

買うまでいけなかったですね。

結局、アメカジとH.Fな感じとパンクがゴチャ混ぜになってました。

Z:
H.F着てるのは高いでしょ?

S:
そうなんですよね。

Z:
小僧がヴィヴィアン・ウエストウッド買おうと思ったら、2年ぐらいお年玉貯めないとダメですもんね。

S:
ホントそうですよ(笑)。

でもその頃はお金貯めてガーゼシャツをなぜか買った憶えがありますね。

でもセディショナリーズまで辿り着けなくて、BOY LONDONっていう。


Z:
でも今やBOY LONDONのほうが価値がありますもんね。

S:
え? そうなんですか?

Z:
物が無いですから。

S:
確かにそうかもしれないですね?。

Z:
当時はBOY LONDONをBLACKで買う、みたいな。

買えない奴は万引きする、みたいな。

S:
(笑)!

僕はたぶんBLACKの通販で買ってました。

Z:
カーゼシャツ?

S:
そうですね。

Z:
何の柄ですか?

S:
ドクロでシンメトリックな柄になってるヤツだったんですけど...

どんなだっけな? ちょっとド忘れしちゃったんですけど、画像があったらコレですって言います。

写真があれば良かったんですけど。

Z:
それは家にないですか?

S:
ちょっと探してみます。

Z:
ガーゼシャツ、今着ましょう!

ライブで(笑)。

S:
今ですか!?

Z:
入らないですよね(笑)。

誰かに作ってもらいましょうよ。

ビンビンに袖を伸ばして、弾けない?! みたいな(笑)。

なるほど?、ガーゼシャツを着てたんですね。

S:
着てましたね。

Z:
着難いですもんね、あの服は。

S:
本当にガーゼで出来てるんだって焦ったのを憶えてますね。

Z:
伸びないですもんね。

ピチピチだし。

ヨッちゃんもガーゼシャツを着てました?

S:
ヨッちゃんはROBOTでセディショナリーズを買ってたと思うんですよね。

Z:
あ、復刻ですね。

S:
そうですね、復刻のヤツで。あと裏返しにプリントしたTシャツも買ってましたね。

僕もあとで追っかけてTシャツとピーターパンシャツとハンカチを買いました。

あと、そこに至る前のデタラメな時代だと、PET SHOP BOYSがBOY LONDONの"BOY"って描かれた帽子被ってたでしょ?

Z:
はいはい(笑)!

今思い出しましたよ。

Tシャツもありましたよね。

S:
ありましたね。

Z:
鷹の絵をひっくり返したみたいなね。

S:
そうです、そうです(笑)。

その"BOY"の帽子を被ってました。

それと当時はちゃんとしたスケートボードの板とかよく分からなかったから、近所のスーパーでスカルの絵と"AWSOME"って文字が書かれた謎のコンプリートモデルみたいなのを買ってましたね。

Z:
それはダメでしょう(笑)。

S:
偽物でオーリーも出来ないようなボッコリした形の(笑)。

Z:
ウィール大きいのでしょ(笑)?

S:
ウィールが変にデカくてカチカチのを(笑)。

それを2人で買いましたね。

9800円ぐらいだったかな。

Z:
それは大金ですね。

S:
親にすごく頼んで買ってもらいました。

雑誌の写真を見てもオーリーのやりかたとか全然分からなかったので、2人でチクタクをずっとやってたっていう(笑)。

Z:
たまにちょっとだけ階段から降りてみたりして?

S:
そうそうそう、恐る恐る(笑)。

カタン...ぐらいのレベルですけど。

Z:
でも一応追いかけてますね。

S:
必死でした。

Z:
追いかけてるけど、グッズは本物じゃない! みたいな(笑)。

S:
いろんな方向に目移りしちゃって、少ない予算をバラけさせた結果です(笑)。

レコードとかを買うようになったのもその頃からですね。

三ノ宮へ行って、ヒップホップの12インチとかを買い始めたんですよ。

当時ラジオ番組のFM大阪でH.Fさんと、S.Iさんがやってた"FM BRAND NEW WAVE"っていう15分番組があったんですよ。

ロックステディやスカ、ヒップホップ、ニューウェイブとかいろいろかかってたんですよね。

それを聴いて、パンクやヒップホップ、全部ひっくるめた感じがとにかくおもしろいなって2人で盛り上がったんですよ。

Z:
とりあえず入れていこう! みたいな。

S:
吸収、吸収です(笑)。

最初はJAMES BROWNとかも全然分からなかったんですけど、これは吸収しなきゃマズいなっていう考えが先行して。

宝島を読みまくっては吸収するとう感じで。

それで中学3年の夏にヨッちゃんが僕に内緒でラップのテープを録ったんですよ。

機材も何も持ってなかったので、たぶんCDを何回も再生してトラック的なもの作ったと思うんですけど。

BOZ SCAGGSの"LOW DOWN"か何かでブレイク作って、それの上にラップをのせた物だって言ってたんですけど。

で、その頃、CLUB KINGで"革命舞踏会"っていうのやってたじゃないですか。高木完さんが確かそれに参加してたんですよ。

Z:
はいはい、ありましたね。

S:
確か日曜日の昼だったので、僕らみたいなガキんちょでも行けたんですよね。

それでそのデモテープを僕に内緒で高木完さんに渡したんですよね。

事後報告で『 斉藤、実は俺テープ渡してん... 』って言われた時に、

ヤバい! 先を越された!! って思ったんですよね。

Z:
(爆笑)!!!

全然、越されてない。

全...然っ! 越されてないですよ(笑)。

でも、中学3年だったらね、ウワ?ッ!! って感じですよね。

S:
そうなんですよね(笑)。

その時ちょうど僕らが盛り上がってるのに乗っかって楽しんでくれてた古川君っていうちょっとユニークな友達が居たんですよ。

フルって呼んでたんですけど、その子にヨッちゃんがテープ作って高木完さんに渡したって話したんですよ。

それはマズいな...って2人で焦って、俺らは俺らで何かやろうぜ! って意気込んだんですよね。

それでERIC Bのレコードを用意して...

Z:
おお!BOZ SCAGGSより本格的じゃないですか!?

S:
でもERIC Bのインストの曲をそのまま使っただけていう(笑)。

Z:
そっちのほうが、それっぽく聞こえますよ。

ちなみに曲名は?

S:
え?っと、確かアルバムに入ってるインストの曲があったんですよ。

Z:
ありましたね、スクラッチがビシバシ入ってるヤツでしょ?

S:
たぶんそうですね。

Z:
メチャクチャ下手なスクラッチ入ってる曲ですよね?

S:
ええ(笑)。

それをステレオで再生して、エアで録音しながら僕らもエアでラップするっていう録音技術で(笑)。

Z:
そのテープ持ってないですか(笑)?

S:
これがね、ずっと探してるんですけど見つからないんですよね。

Z:
かなりレアでしょう。

出しましょう(笑)。

カクバリズムでリリースしましょう!

MC斉藤&フル! 売れますよ、1000枚ぐらい。

S:
売れますか、1000枚(笑)。

Z:
熱狂的なファンは買うでしょう。

S:
そんなこんなで夏休みが終わって二学期の始業式ぐらいの時に、『 ヨッちゃん、実は俺らも始めてん! 』って話しまして。

Z:
挑戦状ですね?。

S:
本心はヨッちゃんと一緒にやりたかったんですよね(笑)。

それで中学生日記みたいな空気になって『 やっぱり一緒にやれへん? 』って感じになって。

Z:
むこうは独りで寂しいですもんね。

2対1ですから。

S:
それから一緒にやるようになったんですよね。

3人組でスタートしました。

じゃあ、やっていこう! ってなって。

Z:
やっていこう(笑)。

中学3年生なのに。

S:
やっていこうってのも可笑しいですけど(笑)。

それで曲を作り始めていきましたね。

RUN D.M.C.のMY ADIDASってあったじゃないですか。

Z:
マディソン・スクエア・ガーデンでRUN D.M.C.がADIDASを掲げて、ADIDASがお金を出したっていう。

S:
そうです、伝説のあの曲を聴いて俺らだったら...って発想が浮かんだんですよ。

それがよくなかったんですけど(笑)。

僕らは体育の授業で支給されてたアシックスのアルファーゲルっていうなんとも泣けるスニーカーがあったんですけど、MY! アルファーゲルだろ! っていういたずらなノリがありましてですね。

Z:
みんなそんな感じですよ(笑)。

S:
あと担任の教師をディスりまくる曲を作ったりとか。

Z:
中3ですもんね、やってしまいますよね。

いろんな事に押さえつけられてますから。

S:
そうですよね。

教師になぜか街で出会うみたいなストーリー物だったんですけど。

Z:
でも中学3年生にしては考えてやってますよね。

S:
今思うとおかしいながらも考えてやってましたね。

Z:
普通は考えないですよ。

チンポとかばっかり言ってますから。

S:
チンポも言ってました(笑)。

それで活動していく中でメンバーがなぜか増え始めたんですよね。

広瀬君って友達も入ってくるんですよ。

Z:
広瀬君?

S:
すぐに居なくなっちゃうんですけど。

それで、4人で集まって歌詞を考えたり、曲を作ったりしてたんですよ。

そしたら、ある日の話なんですけど、古川君ってのがちょっと変わった子でギャグとかもかなりおもしろい感じで。

たまに居ますよね、中学生ぐらいの時って。

Z:
居ます、居ます。

S:
キテレツな感じで何に影響を受けたか分からないけど、どんどん生み出しちゃうような奴で。

その古川君はなぜか分からないけど、奇行癖みたいの凄くてですね、

それで広瀬君に何の理由もなく朝5時に俺の家に来い! とかよくわからない変な命令をいろいろ下してたみたいなんですよね。

Z:
広瀬君は辞めてしまいますよね。

S:
そうなんですよ。

それで、広瀬君が限界に達してたみたいで。

Z:
耐えられないですよね、そんなの(笑)。

大人でも無理ですよ。

S:
朝5時に俺の家に来いシリーズは本当によくやってたみたいで(笑)。

それからしばらくして、事件が起こるんですけど、

広瀬君が放課後、マンションの裏に古川君を突然呼び出したんですよ。

それで、何するかと思ったら、いきなり警棒でパーンッ! って古川君の頭を叩き割っちゃったんですよ。

Z:
...広瀬君もハードコアですね。

S:
僕はそのとき、学校に居残りさせられてて、その現場に居なかったんですけど、頭から噴水みたいに血が飛び出たらしいんですよね。

Z:
ウッワ?! ヤバいですね。

それライブでやったら良かったのに(笑)。

S:
ですよね(笑)。

その2人は、そのまま脱退したっていう。

Z:
2人とも?

S:
2人ともですね。

で、結局、ヨッちゃんと僕で2人きりになっちゃって。

それで卒業式のお楽しみ会に体育館でライブをやったんですよ。

Z:
おお、デビューですね?

S:
デビューしたんですよ。

Z:
お楽しみ会って(笑)。

S:
はい(笑)。

Z:
学園祭じゃないんですね(笑)。

ウケました?

S:
これがなぜだか分からないんですけど、ウケたんですよね。

ウワ?!!!みたいになって。

ターンテーブル1台だけだったんですけども。

Z:
2台買えないですもんね。

S:
お金なかったですからね。

たぶんULTIMATE BREAKS&BEATSか何かをかけて、僕がラップするみたいな図式だったと思います。

Z:
やっぱり、みんなそんな感じですよね。

韻踏合組合のERONEも農業高校へ行ってて、農祭っていうのでライブやったった! って言ってましたね。

ガンガンにウケて同級生だったイナズマ戦隊より盛り上がったって。

俺のほうがウケましたよ! って言ってましたけど、今はイナズマ戦隊のほうが売れてますもんね(笑)。

逆転! みたいな。

S:
(笑)。

そういえば、まだ古川君と広瀬君が居た4人の時に川村君って子が今日は家に親が居ないから遊ぼうぜってことになったことがあったんですよ。

それで、その家でライブをやろうって話になったんですよね。

Z:
お客さんはどうしたのですか?

S:
友達ですね。

クラスメート達です。

Z:
それってアメリカのハードコアみたいですね。

家でやるじゃないですか。

S:
そう言われればそうですよね。

Z:
知らないうちにやってしまってた感じですね、そのノリを(笑)。

S:
本当だ(笑)。

カラオケセットとターンテーブルでマイク繋いでラップやってたんですけど、管理人が来て怒られたんですよね。

お前ら! うるさい!! って言われて終わったんですけど、最近になってその時の写真が出てきたんですよ。

Z:
バッチリじゃないですか!

その写真はぜひ使わせて下さい。

S:
その写真が本当にヒドくて。

中学生の奴らが体育座りしてる前でラップしてるんですけど、時計をよく見たら午前11時40分ぐらいなんですよね(笑)。

Z:
朝じゃないですか(笑)。

中学生はね、朝早いですから。

S:
記憶では夕方ぐらいだと思ってたんですけど、午前中とは思わなかったですね(笑)。

その写真はぜひ。

Z:
客は何人ぐらい居たのですか?

S:
その写真で見ると、7?8人ぐらいですかね。

Z:
アツいですね!

S:
生まれて初めて聴いたラップが俺らだったっていう人達かも知れないですけど(笑)。

Z:
すごいですね、それは(笑)。

S:
テーブル運んでる写真とかありましたけど、着てる服がSTUSSYとかで。

sop1.jpg

Z:
もうその頃はSTUSSYなんですね。

S:
通販で買ってましたね。

確か静岡の...

Z:
JACKですよね。

S:
そう、そうですね。

Z:
早いですね、STUSSYっていうのも。

もうガーゼシャツいらんわ! って感じで?

S:
はい(笑)。

Z:
当時はSTUSSYをみんな着てましたもんね。

S:
そんな感じで中学が終わりましたね。

そのラップグループはSCHOOLS OUT PRODUCTIONSっていう名前だったんですけども(笑)。

Z:
マジですか?

それ再結成しましょう!

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宝島にかじりつき、穴が空くまで読みふけった中学生!

暗中を模索しながら自分の音楽を探す旅が始まります!

お次は高校編、ますます危ない話&笑える話が満載です!!

次回更新日は6月7日月曜日です!

牧田耕平其の四

10/05/24

耕平君インタビュー、いよいよ最終回!

妥協なき物作り精神修行の現場へと歩を進める!!

アパレルバブルの時代をくぐり抜け、その先に見えた物とは!?

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Z:
耕平君はFULL COUNTに入って何をやってたのですか?

K:
最初はお店に立って、3ヶ月後に事務所に移りましたね。

Z:
まず店で働くというのは、会社の方針なんですか?

K:
多分そうなんじゃないですかね。

事務所で企画生産に入ってからは、すぐに企画をさせてもらってましたね。

Z:
でもその頃は服の作り方を何も分かってないでしょ?

K:
何も分かってなかったですね。

最初は企画生産の人の横にベッタリ付きながら、見よう見まねで自分で絵を描いたりして。

初めて作ったのがベースボールTシャツでしたね。

FULL COUNTで作って、結構売れてテンションが上がりましたよ。

Z:
なぜベースボールTシャツを作ったのですか?

K:
その頃はFULL COUNTって両Vとかクラシックな物ばかり作ってたので、逆に無い物を作ろうって思ったんですよね。

生地から縫製からすべて考えてやりました。

Z:
どれぐらい売れました?

K:
120枚ぐらい作って、ほとんど無くなったと思いますね。

Z:
すごいですね!

作ったものがいきなり120枚も売れれば。

K:
それにかなり喜びを感じましたね。

Z:
味を占めてしまいましたか。

行けんちゃうの? 俺、みたいな(笑)?

K:
そうですね(笑)。

Z:
社長も、お前やるやん! みたいな?

K:
どうなんですかね、その頃FULL COUNTかなり売れてましたからね。

100枚ぐらいだったら、まーまーみたいな感じじゃないですかね。

Z:
FULL COUNTではどれぐらいやってたのですか?

K:
そこでは2年ぐらいですね。

辞めてからはOnegramです。

Z:
FULL COUNTは、なぜ辞めようと思ったのですか?

もうデニムじゃないな、って感じでした?

K:
本当にそこですね。

Z:
レプリカ、赤耳、もうええわ! みたいな?

K:
まさに、正解です(笑)。

完全にそんな気持ちでしたね。

焼き回し焼き回しで何をやってるのか分からないし。

そんな考えが昔からありましたね。

古き物を愛し、新しき物を作るっていう考えがその頃から沸々と出てきてました。

Z:
MADE IN U.S.A.だけど、JAPANで作るのと一緒ですね(笑)。

K:
そうそう(笑)。

敬意を払いながら、日本できっちりとリメイクするっていう。

そういうのがFULL COUNTにあまりなかった気がします。

Z:
もう赤耳とかええねん!って?

K:
ええ(笑)。

両Vとか、汗そんなかけへん! みたいな。

丈短過ぎるって! とか(笑)。

でもデニムのノウハウとか教えてもらったので、デニムがすごく好きになりましたね。

Z:
それまではデニムにあまり興味がなかったのですか?

K:
XX(ダブルエックス)とかは興味ありましたけど。

形とかスタイルだけでそこまではデニムが好きってわけではなかったです。

Z:
今はデニムがすごく好きですもんね。

K:
工場で生産の工程とか見て、好きになりましたね。

Z:
FULL COUNTはOnegramが決まる前に辞めますって言ったのですか?

K:
どっちだったかな?

多分、FULL COUNT辞めますって先に言いましたね。

Z:
じゃあ良いよ、って?

K:
何回か社長と話しましたね。

Z:
赤耳、嫌なんですよって(笑)?

K:
(笑)。

やりたい事とちょっと違うんでって話で辞めたと思います。

その頃は他にいくつか話をもらってたんですよね。

FULL COUNTでも新しいブランド立ち上げないか? って話もらってたし、SOUTHERNSTADIUMで一緒にブランドやらないか? って話もありましたね。

そんなこともいろいろあったんですけど、東京に行こうと思いましたね。

Z:
なぜ東京へ行こうと思いました?

K:
何か分からないけど、東京へ行こうと思ったんですよね。

Z:
都だし?

K:
う〜ん、そうですね。

Z:
何歳の頃ですか?

K:
20歳、21歳ぐらいかな。

Onegramはどんな所とか、どういう会社とか全然分からずに行きましたね。

Z:
え? 最初はどう誘われたのですか?

K:
大阪のクラブで声をかけられたんですよね。

その時にヤンキースのスタジャン着てて、『 それって、どこで売ってるの? 』って聞かれたんですよ。

ちょうど、FULL COUNTにアメリカで買い付けた物を置いてたんですよね。

ウチの店でやってるから送りますって話したんですよ。

そこからですね。

その人はSOPH.の清永さんなんですけど。

それで大阪でSUPREMEの店やらない? って言われたんですよね。

その時はSUPREMEが何だか全然分かってなかったんですよ。

それで調べたらアメリカのブランドやって分かって。

Z:
俺の好きなアメリカや〜!って?

K:
何か新しいなって思って行きましたね。

初出社もダンガリーシャツにデニムで上下ネイビーすからね(笑)。

あれ? これ完全に場違いだ! って思いました。

Z:
東京へは、いきなり引っ越したのですか?

K:
いきなりです。

親父にも思いっきり反対されましたけど、強引に行きました。

Z:
お金はどうしたんですか?

K:
自分の古着とか全部売って、ゼロにして大阪を出て行きましたね。

そこからは三茶に住んでって感じです。

Z:
独りで?

K:

独りですね。

Z:
彼女は?

K:
半年後に来ました。

Z:
来いや!

分かった! って?

K:
そうですね。

で、半年後に来たんですけど、2年後に別れました(笑)。

Z:
終わったんですね(笑)。

なるほどね。

初日に上下デニムで行って、社長に『 なぜデニムなんだ? 』って言われました?

K:
働いてる人に言われましたね。

その時は3人居たんですけど、その内の一人に『 何か感じが全然違うよね 』って言われたのを憶えてますね。

Z:
『とりあえず、このTシャツ着たほうが良いよ』って?

K:
あ、MADE In U.S.A.って書いてある! みたいな(笑)。

Z:
それちょっとヤバくないですか?

その時代にSUPREMEを知らないって(笑)。

K:
ホント全然知らなかったんですよ(笑)。

そこから勉強しましたね。

Z:
アメリカのSUPREMEって何やねん! と(笑)。

K:
はい(笑)。

そういうところからスタートしましたね。

Z:
SUPREMEファンからしたら、かなりヤバい奴ですよね(笑)。

SUPREMEのことを何も知らない奴が働いてるところの商品をみんな買ってたわけですね。

K:
そうです(笑)。

Z:
駄目ですね、それは(笑)。

K:
そこからSUPREMEを愛して、NEW YORK行って、ブリッブリになってましたね(笑)。

Z:
そうですか〜、働いてて楽しかったですか?

K:
メッチャおもしろかったですね!

時間の流れも早くて、すべてが新しいことだらけでした。

事務所もワンルームマンションでしたし。

Z:
そんな感じだったんですね!

K:
FULL COUNTの時は、立派な会社だったんですよね。

でも、東京に来たら一転してワンルームマンションですよ。

Tシャツがどっさり積んであって。

Z:
初めはTシャツしかやってなかったのですか?

K:
そうですね、Tシャツとフードぐらいしかなかったんですよ。

Z:
確かそうですよね。

自分がNEW YORK行ってる時に、ちょうどSUPREMEができたんですよ。

あの通り何でしたっけ?

K:
ラ・ファイエット通りですね。

Z:
そうそう。

あの人STUSSYやってるじゃないですか。

で、新しい店ができたって聞いて行ったんですよ。

何もなかったですもんね。

K:
そうですよね。

Z:
何かスケートのブランドの変なTシャツがいっぱいあって。

SUPREMEはTシャツとパーカーと帽子がちょろちょろと並んでるだけでしたもんね。

何だコレ? おもしろくないと思ってすぐに出ましたよ。

その頃は555SOULとかXLARGEとかがガンガンでしたから。

そっちのほうが本気の服を作ってましたもんね。

K:
そうですね。

最初はTシャツだけでしたから。

形も悪かったんですけど、何か格好良かったんですよね。

それでカルチャーをどんどん掘り下げていったら、ヤバいな〜と思ってきました。

SUPREME自体を知れたのは、すごい勉強になりましたね。

今でも格好良いですよ。

Z:
古着の要素が入った感じですよね。

K:
そうですね。

新しく見えたんですよ。

今までは両V両V! 赤耳赤耳! だったのが、それを構築した新しい物に変わったので。

Tシャツにプリントで勝負してるのが、新しい感じでした。

Z:
今や当たり前ですけどね。

当時はヤバかったですもんね。

K:
ボックスロゴ、これ一本で? みたいな。

Z:
最初はそれしかなかったのですか?

K:
いわゆるロゴTだけでしたからね。

Z:
それが大量にあったのですか?

K:
大量でしたけど、すぐに無くなりましたね。

Z:
そんなに売れてたんですね。

どこで売ってたのですか?

K:
東京はMADE IN WORLDとかでしたね。

大阪はどこだったっけな?

忘れちゃいましたけど。

コンピューターもなかったので、伝票とかも全部手書きでやってましたね。

かなりアナログでした。

Z:
でも、バンバン売れてたんですよね?

K:
ええ、買い付けする物ガンガンに。

Z:
え? 買い付けだったのですか?

K:
最初は買い付けから入ってると思うんですけど、途中からはむこうでオーダーしてましたね。

買い付けの延長みたいな感じで。

Z:
店頭買いだったのですか?

K:
最初は店頭買いじゃないですかね。

Z:
アメリカはだいたいそうですもんね。

たくさん買うからどうする? みたいな。

K:
そうですよね。

その時はディストリビューターも居ましたから。

福岡のあそこです。

Z:
DICE & DICE?

K:
そうです。

そこからSUPREMEがOnegramへ移行したんですよね。

今考えたらすごい時代でした。

Z:
ワンルームの部屋はどんどん大きくなっていきました(笑)?

K:
どんどん大きくなっていきましたよ。

でもまあ、クソ忙しかったですね。

夜中の1時まで働いて、そこから遊びに行っての毎日でした。

5時まで遊んで、朝9時半から出社して。

そんな生活が2〜3年続きましたね。

Z:
死にますな、それは。

K:
びっくりするぐらい働いてましたよ、ほぼ毎日。

でも、おもしろかったんですよ。

Z:
苦にならなかった?

K:
全然ですね。

楽しいぐらいでした。

アナログからデジタルへコンピューターを導入したりしていく会社の経緯が楽しかったですね。

みんなで必死になって出荷したりとか。

全員一緒になって頑張ってる感じでしたね。

達成感がすごくありました。

Z:
ウウォ〜!!!って?

K:
ウウォ〜!!!!!って感じです(笑)。

Z:
でも歳を重ねると、しんどくなってきますよね(笑)。

K:
上手いこと順所よくやらないとダメですね(笑)。

昔は何も分からなくても、若さだけでいけますからね。

Z:
ちなみに今は何歳ですか?

K:
34です。

だからちょうど12年ぐらい前ですね。

時代はかなり変わりましたよ。

Z:
もうボックスロゴじゃ無理ですもんね。

K:
あの時代だからこそ良かったんですよ。

Z:
あの時代のNEW YORKってそんなブランドばっかりでしたもんね。

K:
そうですね。

Z:
あの頃は1から作ってるブランドって、本当になかったですもんね。

555SOULとPNB、XLARGEぐらいじゃないですか。

他は有り物のTシャツばかりでしたから。

K:
1500枚ほど入荷してきて、一人で検品して、一人で出荷してってやってましたね。

Z:
それは辛いね。

でも、おもしろくなかったら辞めてますよね。

K:
絶対辞めてますよ。

割は全然合ってないですけど、とにかく目新しいことが楽しかったんですよ。

Z:
それからMOTIVEをやったのですね?

K:
そうです、99年ぐらいから。

Z:
MOTIVEのことは、みんな知ってますもんね。

あえてそこは触れないです(笑)。

K:
そうですか(笑)。

Z:
じゃあ、今は1500枚を検品してた頃と気持ちは同じ?

K:
同じですね!

一品一品を大切に出荷する作業も、自分にとっては苦にならず、すごく楽しいです。

お客さんと話して、どんな状況か聞いて、売れるタイミングや売れる物、そこをガッチリやっていきたいですね。

お店さんとも密に話してやっていけたらな、と思います。

Z:
それをやらないとできないですもんね。

本当はその気持ちじゃないと、ずっとできないですよ。

みんな絶対にそこに戻るべきなんですよ。

もともとやり始める時って、今流行ってるからそれに合わせてやろうとかなかったハズなんですよ。

俺は違う! こっちで勝負する! って人ばかりだったと思うんですよね。

でも増えてきたら売れるほうへ流れていく人ばかりで。

だから、自分で考えて信じたことをやったら良いと自分は思うんですよね。

人生は一回ですから。

K:
間違いなくそこですよね。

自分でやる以上、流行りを自ら作らないとダメだと思うので。

流行りに流されることなく、自分の思うように進んでいきたいですね。

その気持ちさえあれば、楽しいので。

Z:
そうですよね。

では、今後の抱負は?

K:
今後の抱負はいっぱいあり過ぎるんですけど...。

Z:
あえて言うなら?

K:
常に温もりのあることをやりたいですね。

温度のある仕事、遊びにしてもそうですけど温度ある人達と、温度ある物を作っていきたいなと思います。

それだけを掲げてやりたいです。

Z:
なるほど、温度ある物を作るから見てくれと。

K:
そうですね。

Z:
で、ブログも見ろと。

K:
そうですね。

ブログも見て欲しいですね。

だからブログもちゃんと書きます(笑)。

Z:
そうそう(笑)。

耕平君、週に1回はアップします、けど月に1回みたいな(笑)。

K:
そこが僕のダメなとこなんですよね。

Z:
牧田ブログは、結構みんな見てますから。

本当に。

週に1回とは言わないですけど、10日に1回は。

K:
はい。

約束します。

Z:
でも月に1回だと思うんですよね(笑)。

K:
そこはちゃんとやりますので(笑)。

Z:
はい(笑)。

では、そんなこんなで大きい荷物を持って頑張って下さい。

K:
分かりました、ありがとうございました!

Z:
ありがとうございます!

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温度があり、血が通う物を生み出すという職人気質!!

それは一生探求し続けることかも知れない。

物作りの原点に立ち返った時、何が真実か見えた耕平君の今後のプロダクトは気になるばかりです。

もちろんZERO MAGAZINEでも最新情報をお届けして参りますので、欠かさずチェックして下さい!

耕平君の新しいブランドをZEROMAGAZINEのお買い物のコーナーで取り扱います!

ご興味のある読者の皆様はこちらの方迄メール送って下さい!メール発売時期等をお知らせ致します!

宜しくお願いします。

次回のインタビューは!

YOUR SONG IS GOODのサイトウJxJxジュンさんです!

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今回も激ヤバい!写真が満載ですっ!更新日は5月31日です!!!

牧田耕平其の三

10/05/17

耕平君インタビュー、其の三!

ハイスクールライフ突入!!

バスケ一色だった中学生が高校でいきなりの退部.....

そこで熱くなったことはと言えば?

zerokohei003.jpg

Z:
高校の時は何にハマってました?

K:
高校の時は何やってたかな...?パチンコばっかりやってましたね。

Z:
全然イケてないですね〜(笑)。

K:
はい、イケてなかったんですよ(笑)。

女に興味なかったし、男同士でパチンコって感じでしたね。

一応進学校だったんですけど、勉強もほとんどやってなかったですね。

Z:
イケてない高校生活ですね。

K:
私生活は、かなり悪かったですね。

Z:
高校3年生で女に目覚めたのですか?

K:
2年の時ですね。

Z:
それは何がきっかけで目覚めたのですか?

K:
いや〜、何でしょう...トキメキですね。

映画みたいに、パカーン!って。

好きだー!!!って感じですね(笑)。

Z:
それは別の高校の子ですか?(笑)。

K:
そうですね。

大阪女子学院の文化祭へ友達と行った時です。

その時に、『あ...女の子ってアレやな』みたいな。

Z:
『ええ匂いするな〜』みたいな(笑)?

K:
そんな感じです(笑)。

Z:
そうですよね、男子校は臭いですもんね。

K:
それで、終わったら飲みに行く? みたいな流れで。

Z:
高校生はダメでしょ(笑)。

K:
ダメなんですけど、行ってましたね。

Z:
居酒屋へ?

K:
そうです。

それから、何かあの娘可愛いなってずっと思ってて、俺好きかもな〜みたいな感じに発展して、そこからは青春ですよね。

好きだー!!! って(笑)。

Z:
好きだー!!! って言ったのですか?

K:
言いましたね。

Z:
返事は?

K:
オッケーでした。

忘れもしない、瓢箪山の祭りの日ですね。

Z:
瓢箪山の祭りは知らないですから(笑)。

K:
東大阪に瓢箪山の祭りがあって、ちょうどそこに友達が居たから遊びに行ってたんですよね。

その日が返事をもらう日だったので、電話ボックスから電話したんですよ。

Z:
返事もらう日を決めてたのですか?

K:
好きだー!!!って電話で言ってたんですよ。

そうしたら、一週間考えさせてって言われて、その日が祭りの日だったんですよね。

それで電話ボックスから電話したんですよ。

Z:
ドキドキしますね。

K:
もう、心臓バクバクですよ!電話ボックスの外は祭りで。

Z:
何でそんな日に答えをもらうんですか(笑)。

K:
もう、そのシチュエーションが僕の中で完全に映画でしたよ(笑)。

Z:
瓢箪山は何の祭りですか?

K:
何ですかね、神輿の祭りだと思います。

Z:
オッケーだったら、神輿担いでで!のほうが良かったんじゃないですか(笑)。

電話じゃなくてね。

そのほうが青春じゃないですか(笑)。

うわ〜重たい...みたいな。

K:
そうですね(笑)。

いや〜、今でも憶えてますよ。

思いっきり手を打ちましたから。

Z:
何で?

K:
ヤッタ〜!! ってやったら、電話ボックスでしたからバーン!!! って(笑)。

Z:
割れますよ(笑)。

その女の子は東大阪の子だったのですか?

K:
いえ、天王寺ですね。

Z:
何で東大阪に居るんですか(笑)。

K:
たまたま遊びに行ってたんで。

Z:
それなら、そこに来てくれ! のほうが良かったんじゃないですか?

K:
そこまで全然頭が回ってなかったですね。

もう、好きやわ〜って毎日考えてましたね。

Z:
電話では何て言われたのですか?

K:
『付き合っても......いいよ』って。

Z:
ほう〜(笑)。

K:
そこから8年付き合いましたね。

Z:
ええ!?そこから8年?

K:
そうです。

Z:
長いですね!あの背の低い子ですよね?

K:
そうです、そうです。

Z:
そんな時から付き合ってたんですね!

K:
高2からです。

Z:
耕平君、熱いですね!8年間。

一筋?違うでしょ?

K:
一筋...まあまあ違いましたけどね、最後のほうは。

Z:
最初の何年かは一筋でした?

K:
一筋でしたね。

Z:
ヤバいですね...

K:
他はまったく興味なかったですね。

Z:
渋〜!!!シブいですね、それは。

K:
途中から遊び始めましたけど。

でも最初は好きになったら、それしか考えられなかったですね。

Z:
耕平君、雑誌のモデルやってましたよね。

あれは何年生?

K:
確か高校を卒業するぐらいの時ですかね。

Z:
モデルは、なぜやってたのですか?

某関西の"カジカジ"っていう雑誌。

K:
何でやってたんですかね〜。

アメ村のBIG STEP前で遊んでて、その時に呼び止められたのがあの梅田さんでしたね。

そこから話する中でって感じでしたね。

Z:
モデルは楽しかったですか?

K:
う〜ん...今思い返せば、楽しかったですかね。

Z:
あまり興味はなかったですか?

K:
そこまで興味はなかったですけど、その頃の編集や企画がおもしろかったので。

こんな格好して! とか言われたのが、結構ピンポイントだったんですよ。

物や雑誌が作られるっていうのをそこで初めて見た感じでしたね。

Z:
何年ぐらいやりました?

K:
2〜3年ぐらいだと思います。

Z:
結構やってますね。

K:
2年はやりましたね。

やりましたっていうより、電話かかってきたら行くみたいな感じでしたね。

それで浪人して辻製菓に入学しました。

Z:
高校生でファッション雑誌に出てたら、周りから色々言われるでしょ?

K:
まあ、言われましたね。

Z:
女も来るでしょ?

K:
来てましたね(笑)。

それぐらいから自分の歯車が徐々に...。

Z:
ちょっと待って、ちょっと待って!

高校卒業してすぐの話でしょ?

K:
そうですよ。

Z:
え? 彼女と付き合ったのは高校2年でしょ?

K:
はい。

高校2年から付き合い始めて、他には全然興味がなかったですけど、卒業して2年目ぐらいからですかね。

Z:
そうですか〜。

女の子から『自分、本に出てる人やね 』みたいな感じ?

K:
いや、そんなことでやってないですよ(笑)。

Z:
ああ、本当ですか(笑)。

どこかへ遊びに行った時とか、何気なく自分の写ってるページを開いて...みたいな。

K:
ないです、ないです(笑)!

Z:
ですよね(笑)。

それだったら、かなり危ないですよね。

K:
ヤバいですよ(笑)。

zerokohei001.jpg

Z:
耕平君の友達で一人やりそうな奴居るでしょ?

K:

今、言おうとしたんですけど一人居ますね(笑)。

Z:
伝説のホモ野郎ね(笑)。

ところで、浪人してたんですね。

大学へ行こうと思ってたのですか?

K:
まったく行こうと思ってなかったんですけど、親父から大学は出ろって言われてたんですよ。

僕は嫌だ嫌だの一点張りだったんですけど、行く気はなかったのでエンピツ転がして決めて受験してましたね。

Z:
で、スベって?

K:
もちろんスベって(笑)。

Z:
お金もったいないですね。

K:
行きたくないって何度も言ってたんですけどね。

とりあえず何かあるから行け、と。

Z:
お父さんは大学出てるのですか?

K:
親父は大学卒業してますね。

Z:
だからですね。

自分なんか親父は大学出てないんで何も言われなかったですね。

K:
兄貴が優等生で大学行ってましたしね。

大学で何も学ぶことはないし、興味もありませんでしたから。

じゃあ、何がやりたいって言われても何も決めてなかったですね。

ただ、料理が好きで少し料理ができたので、お菓子を習いたいって言ってお菓子の専門学校へ行きました。

辻の製菓専門学校へ1年だけ通いましたね。

Z:
ちなみにHIDADDYのお父さんは超有名なパティシエですからね。

K:
マジですか?

Z:
"どっちの料理ショー"出てるんですよ。

K:
ウソぉ!?

Z:
本当ですよ(笑)。

有名な肥田先生で。

辻調の先生もやってたんじゃないですかね。

K:
ヤバいですね〜。

Z:
息子はアレですけどね(笑)。

K:
いやいやいや(笑)。

良いじゃないですか。

Z:
学校は1年ですか?

K:
そうですね、学校行きながらケーキ屋でバイトして。

卒業してからも、ちょっとバイトしてたんですけど、その頃から洋服に興味を持ち始めたんですよね。

Z:
ケーキから洋服へ。

無駄ですね(笑)。

K:
メチャクチャ無駄ですね(笑)。

でもやったことは楽しかったので、ケーキ作りは老後にもできるかな、みたいな。

最終的には自分で作ったケーキを高校生とかに食べさしながら、喋りたいなと思ってますね。

Z:
それは何歳ぐらいで?

K:
60歳ぐらいですかね。

Z:
60歳でそんな元気ありますか?

K:
分からないですけどね(笑)。

Z:
ケーキ作りって重労働ですよね?

K:
かなり重労働です。

Z:
普通の料理より力が必要ですもんね。

60歳ですよ? 無理ですって。

K:
まあ、1日に1ロールぐらいはできるかな(笑)。

Z:
それじゃ老後の生活ができないでしょ(笑)。

1ロール、1000円そこらでしょ?

K:
そうですけど(笑)。

最終的にそういう喫茶店をやりたいんですよね。

Z:
1ロールは自分で作るけど、あとは買ってくるみたいな。

詐欺でしょ(笑)。

K:
まあまあ(笑)。

それで当時の話ですが、洋服に興味を持ち始めた時に友達がFULL COUNTで働いてたんですよね。

それで働かないかって。

さっきも話に出てきたホモの友達なんですけど(笑)。

Z:
ホモに教えられたんですね。

K:
アイツは前から洋服が好きだったので(笑)。

Z:
ホモですからね(笑)。

お洒落に気を使いますよ。

K:
そうですよね(笑)。

それでFULL COUNTに入って、洋服がもっと好きになりましたね。

zerokohei002.jpg

90年代も後半に差しかかり、お菓子作りの経験を経ていよいよアパレルの世界へ足を踏み入れた耕平君!

もちろん走り出す体勢は地面スレスレのクラウチングスタート!!

怒濤の時代を走ります!!!

次回更新日は5月24日月曜日です!

牧田耕平其の2

10/05/10

耕平君インタビュー、其の二!

青春! 青春! 青春!

遊びにスポーツに恋愛...誰もが謳歌する10代真っ只中!!

もちろん耕平君もと思いきや、ん?

少し様子が...

zeromakita008.jpg

Z:
小学生の話ってあんまり面白くないでしょ。
今までもいろいろ訊いてきましたけど、多くは野球やってましたとかそんな感じですから。

K:
僕もそうですね。

日曜日はだいたい野球やってました(笑)。

Z:
自分はスポーツ嫌いだから訊きたくないわけで(笑)。

中学生ぐらいからいろいろ生まれてきますからね。

だから中学生からお願いします。

K:
中学生はバスケやってる友達ばかりと遊んでましたね。

Z:
バスケやってたのですか?

K:
中1から3年間やってましたね。

Z:
なぜバスケだったのですか?

K:
兄貴がやってたからですかね。

Z:
何人兄弟ですか?

K:
兄貴と2人兄弟です。

兄貴にバスケおもろいでって言われて、バスケ部に入っていきなり坊主になりましたね。

Z:
学校が坊主だったのですか?

K:
坊主じゃないんですけど、先輩との試合で負けて坊主になりました。

まあ、絶対坊主ですけどね。

そういうバスケ部のしきたりがあったんですよ。

Z:
それまでは長髪だったのですか?

K:
それまでは長髪でしたね。

Z:
坊主になるのは、かなり嫌だったんじゃないですか?

K:
メチャクチャ嫌でしたね。

でもバスケをやりたかったから、まあいいかなって感じでした。

それで坊主になったら、いきなり直毛から天パになりましたね。

Z:
そうなんですか!?そういう人居ますよね。

K:
居ますよね!

僕、そうなんですよ。

直毛が一瞬にして天パになりましたね。

Z:
天パでしたっけ?

K:
ええ、びっくりするぐらい天パでしたよ。

それがバスケやってて一番嫌だったことですね。

Z:
なるほどね。

髪の毛の人生を変えてしまったんですね(笑)。

K:
一気に。

町の床屋のせいですね(笑)!僕らバスケって言ってもほとんど遊んでましたね。

Z:
チームは強かったですか?

K:
全然強くないですね、やる気無しです(笑)。

Z:
負けまくりですか?

K:
負けまくりでもないんですけど、気持ちだけは強かったですね。

練習は遊んでばかりで、試合の時は熱くなるっていうタチの悪い部員でしたね(笑)。

バスケ部で学校に泊まったりしてました。

Z:
それは先生の公認で?

K:
いえ、勝手にです。

Z:
親は何も言わなかったのですか?

K:
友達の家に泊まりに行くって言ってましたから。

Z:
どこに泊まるのですか?

K:
部室の横に地下室みたいな所があって、そこにまずみんなで仕込んで...

Z:
何を仕込むのですか?

K:
ライトとかいろいろですね。

部室を一度出てから、校舎の裏の鍵を開けておいて、夜にまた忍びこんでそこで泊まってましたね。

Z:
どうやって寝るのですか?

K:
適当に寝てました。

Z:
それは何の意味があるんですか(笑)?

K:
何かそういう団結とかが好きだったんですよね。

Z:
もう"STAND BY ME"って感じですか?

K:
そんな感じですね、青春っス(笑)!

Z:
そこで体育館とか燃やさないと。

K:
いやいやいや(笑)。

Z:
タバコ吸って燃やす!それ"STAND BY ME"って感じでしょ?

K:
まあ、そうですかね(笑)。

Z:
朝になったら普通に帰ったのですか?

K:
そのまま練習に行ってみたいな感じでしたね。

Z:
バスケットは燃えてたんですね。

誰が好きでした?

zeromakita004.jpg

K:
バークレーですね。

Z:
お、チャールズ・バークレー。

K:
ええ、"空飛ぶ冷蔵庫"が一番好きですね。

Z:
マイケル・ジョーダンは?

K:
ジョーダンも好きなんですけど、やっぱりバークレーでしたね。

Z:
確かにラッパーっぽいですよね。

K:
かなり男らしい感じです。

Z:
顔がNICE & SMOOTHって感じですもんね。

K:
そうですね(笑)。

とりあえず飛ぶ! みたいなプレーが男らしかったですね。

Z:
デニス・ロッドマンは?

K:
ちょっとチャラチャラし過ぎですかね。

一発屋みたいな感じだったので(笑)。

Z:
自分は結構好きですね!女装をやったりして!(笑)。

K:
メチャクチャしてましたもんね。

Z:
アメリカ行った時にポスターを買いまくりましたね。

K:
Tシャツも流行ってましたよね。

あのNBAの黄金時代は、すごく面白かったですね。

影響されてバスケやってましたけど、全然強くなかったです。

Z:
恋愛は(笑)?

K:
中学の時は、全然女性に興味なかったですね。

Z:
マジですか!?ホモじゃないですよね?

K:
違いますよ(笑)!

でも中学の時はまったく興味なかったですね。

Z:
なぜですか?

K:
なぜですかね〜、テレですかね。

分からないんですよ。

Z:
女が分からないと?

K:
好きという気持ちが分からなかったですね。

Z:
3年間も?

K:
はい、3年間。

Z:
それ、ちょっと病気じゃないですか?

K:
そうですね(笑)。

バスケの仲間と遊んでるほうが楽しかったんですよ。

みんなも彼女が居なかったんですよね。

女には興味ありましたけど。

でも僕は女にまったく興味がなかったですね。

Z:
その友達の中にはホモは居ませんでしたか?

K:
ホモは居なかったですね。

Z:
珍しいですね。

K:
今、考えてみると怪しいなっていう奴が居ましたけど。

色白で....

まあ、違うと思いますけど(笑)。

Z:
じゃあ、女性に興味を持ち始めたのはいつ頃ですか?

K:
高校3年生ですね。

Z:
遅〜いっ!遅過ぎません?

K:
かなり遅いですよね。

とにかく女の子に対して、まったく興味がなかったんですよね。

Z:
マジですか!

K:
好きって何? って感じでしたよ。

Z:
自分は中学ぐらいの時は女メチャクチャ好きでしたけどね。

K:
普通はそうですよね〜。

僕は告白されても、何言ってんの? って感じでしたね。

Z:
中学の時?

K:
はい。

Z:
告白されてるじゃないですか。

K:
されたんですけど、分からなかったですね。

Z:
お前、何言ってんの!みたいな感じですか?

K:
そうですね。

Z:
女の子からしたら落ちますよね。

K:
何回もアタックしてくる後輩の女の子とか居ましたね。

その子の友達に呼ばれて行ったら女の子が立ってて、何回も告白されました。

『 いい加減にちょっと付き合ってみたら? 』みたいなことも言われましたけど、何度も断ってましたね。

Z:
その女の子でバスケやってあげたら良かったんですよ。

お前ボールになれ! って言って、バーン! バーン! バーン! て。

その子は可愛かったですか?

K:
今考えたら可愛かったんじゃないですかね。

Z:
それはもったいないですね。

K:
本当にもったいないと思いますね。

Z:
女の子から告白してくれるなんて、なかなか無いですよ。

K:
そうですよね〜。

う〜ん、もったいないなぁ。

Z:
高校は私立ですか?

K:
私立ですね。

ピン高、桃山です 、それも兄貴の影響ですね。

『 おもろいで〜! 私服やし 』って言われて。

Z:
兄ちゃんの影響大ですね。

K:
結構大きいですね。

バスケも音楽にしても、兄貴の影響を受けることが多かったです。

Z:
兄ちゃんが居る人って影響受けやすいですよね。

K:
そうですよね。

何か良く見えるんですよね。

Z:
兄ちゃんは何歳上ですか?

K:
4つ上ですね。

Z:
中学校1年の時に高校2年ですか。

かなり格好良く見えますもんね。

K:
あの年頃は良く見えるんですよね。

Z:
でも、高校卒業したら一気に格好良くなくなるんですよね(笑)。

K:
そうなんですよ〜(笑)。

だから僕が高校になったら、兄貴のことは全然見てなかったですね。

進路すら知らなかったですし。
Z:
高校は男子校ですか?

K:
男子校ですね。

Z:
うわぁ...ウザいですね、それは。

K:
ウザいですよ〜(笑)。

Z:
臭いですよね。

K:
臭いです。

いろんな奴が居ますし。

でも高校の時も、これまた楽しかったですね。

Z:
バスケは?

K:
やってないですね。

Z:
やってないんですか(笑)!

K:
一応、バスケ部に入ったんですけど、1年の1学期の時に先輩と喧嘩して辞めました。

Z:
早っ(笑)!そこからスポーツはやってないですか?

K:
やってないですね。

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女には目もくれず、仲間との馬鹿笑いを楽しんだ硬派な中学時代!

女性に興味がないなんて、このままだと危険です!

次回、高校時代! はたしてハートに矢が突き刺さるのか?

次回更新日は5月17日月曜日です!

牧田耕平其の一

10/05/03

ZERO MAGAZINEインタビュー初のファッション人が登場!!

厳選されたファブリック、ディティールへのこだわり、独創的なデザイン...服を作る上では当たり前で必要不可欠!

しかし、もうひとつ大切なことがある。

それは作られた物に熱き想いを注入する心!!!

物作りの本質を悟った男、溜まり場でもおなじみ"THE UNION"牧田耕平君のインタビューです!

耕平1.jpg

ZERO MAGAZINE(以下Z):
どーも、久しぶりです。

耕平君(以下K):
はい、お久しぶりです。

Z:
今回は...え?耕平君、今何ていうブランドやってましたっけ?

K:
"THE FABRIC"、"THE COLOR"、"THE ONE SHOW"。

その3ブランドからなる"THE UNION"という組織で動いています。

Z:
組織ですか(笑)。

K:
はい、もう完全な(笑)。

Z:
ブランドじゃないんですか?

K:
"THE FABRIC"、"THE COLOR"、"THE ONE SHOW"ってのがブランドで"THE UNION"というのは組織なので、今後いろんなところに入れていきたいなと思ってます。

Z:
ブランドはその3つに分かれてるのですか?

K:
"THE FABRIC"が洋服、"THE COLOR"が雑貨、"THE ONE SHOW"がアメリカ物のリメイクですね。

Z:
"THE ONE SHOW"は古着?

K:
古着に限らず、MADE IN U.S.Aを好きだからみんなでイジるっていう。

Z:
でもMADE IN JAPANなんでしょ?

K:
そうです(笑)。

Z:
それア駄目でしょ(笑)。

MADE IN U.S.A.ならU.S.A.でやらないと。

K:
そうなんですけどね(笑)。

けど、U.S.A.をJAPANでやるから、自分達のアイデンティティーが入るというか。

まあ、とりあえずアメリカが好きだから、そこを掘り下げて形にしていこうって感じです。

Z:
アメリカが好きなんですか?

K:
最初はやっぱりアメカジが好きだったので。

そこに敬意を払ってますね。

今のアメリカはあんまり好きじゃないですけど(笑)。

Z:
じゃあ、今はアメリカに敬意を払ってないと?

K:
いや、敬意は払ってますよ、もちろん(笑)。

ただ今のアメリカに対してじゃなくて、昔のアメリカに対してですね。

Z:
今のアメリカには払いたくない?

K:
そうですね、今のアメリカに自分の思う好きなことって無くなってきてますね。

消費社会にどんどんなってきてるんで。

日本よりもっと早いんじゃないですかね。

Z:
ブランドは1つではなく、なぜ3つやろうと思ったのですか?

K:
別に1つでも良かったんですけど、色んな所に発信するには3つのほうが良いんじゃないかなって思ったんですよね。

ファッションだけじゃなくて、一般の人にも見てもらおうと考えたらそうなりましたね。

メガネはメガネ、帽子は帽子、鞄は鞄、って形でブランドを分けていきたいなって思ってるんですよ。

なぜかって言うと、前にやってた時は良い物を作ってもブランドの1つとしてしか見てもらえなかったんですよ。

今の考えでは1つの物を広めていきたいていう想いが強いので、個別に何かを出していきたいなって考えてます。

ブランドというより、1つずつのストーリーを見てもらいたいですね。

Z:
なるほどね。

K:
僕らが見てた物っていうのは、例えばADIDASのCAMPUSとか、どこそこの何々みたいな物に食い付いてたので。

ブランドというより、その物自体が重要なんですよね。

だからブランドをもっと細分化させていきたいなって思うんですよ。

Z:
そうですか〜。

前のブランドを辞めて、今で何年目ですか?

K:
2年目ですね。

Z:
なぜこのタイミングでやろうと思ったのですか?

K:
う〜ん、いろいろ考えてたんですけど...正直言うと、自分の着たい服を作りたいっていう想いが強くなってきたので。

今まで自分で作った物も着てましたけど、そろそろ違う格好もしたいなっていう。

Z:
服が無くなってきた?

だから作るみたいな(笑)。

K:
そうですね(笑)。

やっぱり作った物を着たいですね。

まあ、そういうきっかけで始めました。

Z:
最近、ブランドを始めて反響はありますか?

K:
そうですね、メール来たりとか。

ZERO MAGAZINEさんのほうにも熱いコメントのメールが届いて(笑)。

Z:
そうです、そうです。

メール、来てました!

K:
どこで何をやっているのですか!? みたいな(笑)。

そういうのが僕にとって活力になったりするので。

どんな人かも分からない方からメール頂きましたから。

Z:
それから彼とはメールしてますか?

K:
常にやりとりしてます(笑)。

Z:
マジですか(笑)?会ってはないですか?

K:
会ってはないですね(笑)。

Z:
それはそろそろアレですね。

写真を送ってきてもらわないと(笑)。

K:
そうですね〜。

僕は携帯の壁紙を送ってあげたりしてますよ。

あとは『 なぜネイビーの色合いが好きなのですか!? 』って聞かれた時にはガッチリ、バッチリ書いて送ってあげましたね(笑)。

お客さんからの反響はたくさんあるっていうより、内容の濃い物を頂いてますね。

Z:
それはリアルですもんね。

K:
そうですね。

メシ屋と一緒で、その場のリアル感というか。

ストリートっていうと言い方おかしいですけど、そのコメントというかキャッチボール的なところが良いなあって思いますね。

Z:
以前はそういうことなかったですもんね。

K:
確かにそうですね。

もう走りまくってる感じだったので。

Z:
でも、その頃も組織でしょ?今回の組織とは違いますか?

K:
また全然違いますね。

みんな何かしら自分で考えることが出来たりとか、発信したい物が明確にあったりとか、同じ目線で話ができるので今は僕自身も楽しめてますね。

Z:
前は楽しくなかった(笑)?

K:
いえいえ、そんなことはないですけど(笑)。

独りで走ってるのと、みんなで足並み揃えて走ってるのとでは違うかなって思います。

Z:
今はみんなで走ってる感じ?

K:
みんなで走ってる感じですね。

Z:
前は独りで走ってる感じ?

K:
のような気がしてましたね。

Z:
してた?してたような気がする?

どっち?

K:
してた...んだと思います(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

まあ、そういうのはいろいろありますもんね。

でも辞めたりしたら、いろいろ言われるでしょ?

K:
まあ、そう...そうですね。

一度、大阪に戻ってベースをゼロにしたかったっていうのもありましたからね。

初めからまた組み立てていきたかったんですよね。

とにかくこの2年間は考えてましたね。

Z:
考えるっていうのは良いですよね。

K:
そうですよね。

ブランドを始めるイコール、ストーリーを始めるのと一緒なんで。

だから始めるまでにしっかり考えて、自分の中で組み立てをきちんとしたかったんですよね。

Z:
それは少数だから出来ますよね。

大きな会社じゃなかなか出来ないですよ。

とりあえず、利益優先...だけじゃないですか。

K:
そうですね。

Z:
アンチな感じの人でもアンチじゃなくなってる時代ですから。

だから個人とか、少数精鋭は良いと思いますよ。

K:
独りで戦うのは結構大変ですけど、10人程が集まって各個人が力を持って戦うぞ! ってなれば良い力になると思うんですよね。

実家が鉄工所なので、町工場でやってる技術軍団が本気を出したら結構良い物を作るよ、っていうのと一緒の話だと思うんですよね。

Z:
今のスタンスは良いですよね。

K:
物作りするにはすごく良い状態にありますね。

K:
実はこのインタビューでファッションの人を取り上げるのは初めてなんですよ。

多くはミュージシャンやアーティストの人なんですよね。

なぜファッションの人をやらないかというと、ミュージシャンの人達と違って作ってる感じがあまりしないんですよね。

いわゆるブランドの人っていうのは。

K:
はい。

Z:
もちろんファッションで頑張ってる人もいっぱい知ってますけど、そういう人達ってやっぱり大きな会社じゃないわけですよ。

小さな会社でやってて、マニアックな世界ではみんな知ってるけど、一般の人達は知らないっていう。

そういう人達のほうが面白いことをやってるんですよね。

大きな会社の人はやっぱりお金ばかりを追いかけるようになってますから、インタビューしても面白くないと思うんですよ。

中には面白い人も居るかも知れないし...そこは分からないですけどね。



K:
常に追われてますからね。

Z:
自分は耕平君の作る物や思想がすごく好きですからね。

だからファッションでのインタビューを初めてするんですけど。

K:
思想はしっかり持ってやってます。

Z:
ミュージシャンもアーティストも思想を持ってないと良い物が出来ないですからね。

思想をしっかり持たずにやっていく人のほうが多いですよね。

そういう奴って全部パクりなんですよ。

例えば、バーンストーマーズのDAVEっているじゃないですか。

K:
ええ、ええ。

Z:
彼はストップモーションの絵、どんどん重ねていくっていう物を世界で一番最初にした人なんですよ。

でも、それを見て真似してる奴らのほうがメイクマネーするんですよね。

K:
確かに2番手ってメイクマネーが上手ですよね。

生み出す力より売る力のほうが強いですからね。

売れる物ってそこで判断されるところなので。

Z:
売れることがダメってわけじゃないんですけどね。

K:
売るのは僕らも目指してることですからね。

職人さん達ともよく話すのはその辺りですね。

物が出来て、メイクマネーするのにどうプロセスを踏んで行くか。

そこのストーリーをどれだけ自分達で語れるかを重要視しながら物を作ってます。

洋服が良いのは当たり前っていうのが僕の中に常にあって、物が良いっていうだけではなくて、そこにある想いを感じとってもらいたいですね。

ミュージシャンにしても『 ここのリフがええねん! 』っていうのがあったりするじゃないですか。

僕らも『 これのこの色やからええねん! 』っていうところまで全部考えてやってることなんですよね。

Z:
でも、またすごく儲かったらそんな風になる(笑)?

K:
もう次はならないですね(笑)。

儲けるっていうか、大きい組織になるのであれば一人一人が潤っていければいいかなっていう。

それで細分化したっていうのもあるんですよね。

1個で大きなブランドっていうよりは、平均的にみんなが稼げるように配置していくって言えば言い方おかしいですけど、繋がっていければ良いかなって思いますね。

Z:
それが理想ですよ。

K:
そうですよね。

だからシルバーやってる人はシルバーだけやってて下さいっていう。

それで僕らがこういうの作りたいでからやって下さいって言いつつ、自分の物も出すとか。

そういう広め方をやっていけば、物的にも間違いないし、思想的にも間違いが起こらないと思うんですよね。

Z:
そうですね。

まあ、そう思ってない人のほうが多いんですよ、絶対に(笑)。

K:
僕はMOTIVEやってた時から気持ちは一緒ですね。

自分ひとりで稼ごうとか考えてなかったです。

でも周りはそんなこと考えてなかったというような気がするんですよね。

Z:
それはその人なりって感じですよね。

まあ、こういうのを訊いたのは最近の牧田耕平を知りたい人の為だったんですけど、本当はあんまり訊かなくてもいいかな、みたいな話なわけです(笑)。

K:
はいはい(笑)。

Z:
基本的にこのインタビューは現在進行形のことってあまり訊かないんですよね。

過去のことを掘り下げていくって感じでやってるんですよ。

K:
そうですよね。

Z:
でも今回自分は、なぜこういうことを訊いたかっていうと、メールをくれた人に対して訊いてるんですよ。

ZERO MAGAZINEは、すごくたくさんの人にチェックしてもらってるんですけど、一方でそういう少数の人からもピンポイントでメールが来たりするんですよ。

そういう人達に対して返してあげたい。

普通、そういうのって返さないですけどね。

K:
確かにそうかも知れませんね。

Z:
放っておけばいいでしょ、みたいなね。

だからメールをもらった時も、自分が返すよりは本人から返すほうが面白いと思ったから、そのまま耕平君に振ったんですよ。

だからここまでのインタビューはメールをくれた"某××君"の為にやったっていう(笑)。

本当に訊きたいのは、そういうことじゃないんですよ。

K:
なるほどね......。

Z:
で、中学生の時はどんな感じでした(笑)?

K:
いきなり中学生ですか(笑)?

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オープニングは熱き読者様に対するお返しのインタビュー!!

一人一人、チェックしてくれてる読者の方を大切にしたいです!

さて、次回からは過去を振り返り、質問の嵐を吹き荒らします!!!

次回更新日は5月10日月曜日です!


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