INTERVIEW

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QP其の四

10/09/06

QP君インタビュー、いよいよ最終回!

"Qちゃん"誕生秘話! 

佳境にさしかかったインタビューは、さらに脱線を繰り返し、最後は予想もつかない結末に...

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Z:
"HIPHOP"とか描いてた頃と、今のQちゃんは形的に全然違うじゃないですか。

それはどういうきっかけですか?

Q:
何ですかね...

最初、みんな名前を書いてるっぽいっていうのが分かったんですよね。

それで最初は"AIR"って名前でやってたんですよ。

その頃はストリートバスケブームで、ジョーダンもバークレーもマジック・ジョンソンも居て、オリンピックのドリームチーム1の時代だったんですよね。

Z:
はいはい、ありましたね。

Q:
その頃、自分もちょうどバスケをやってて、自分のことを"AIR"って呼べって言ってたんですよ。

Z:
はい(笑)。

Q:
それで"AIR"だったんですよ。

16歳ぐらいの時に今や伝説の下北のファンクリブっていうグラフィも扱ってた、お店が有ったんですよ。

そのお店のいうボスに、"AIR"って名前でやってるんですよって言ったんら、

『それは俺とカブるな』って言われて。

その人もバンドでAIR っていうスペル使ってたんですよ。

え? カブっちゃダメですか?

『カブるとよくないんだ』みたいな。

何せ何も解ってないチンポコ少年なんで、別に一緒でもイイじゃん! って思ったんですけど、何か怒ってるっぽいしまあいいや、面倒クセーしって。

プライドもなく、じゃあヤメますって感じであっさりと諦めましたね。

それから"QPITCH"になって、桜木町では相変わらず謎の意味あさなキャラとか描いてましたね。

みんながアルファベットだったら俺は違うのでやろうと思って、ひらがなを使ったりとか。

桜木町は壁が全部ウマッてるので、誰かの描いた上に描きまくってましたね。

なぜかまたその上に描かれて...

超汚いから当たり前なんですけど。

その頃、KANE氏が"移動爆弾"とか描いてたんですけど、俺は"急ピッチ"だからもっと速いぞ! って思って、"電光石火爆弾"って描いてたんですよ。

バカな話なんですけど(笑)。

"電光石火爆弾落下"って描いたら、すぐにKANE氏にバツされて。

ええ!? 何でなん? みたいな。

Z:
(笑)!

Q:
先輩方の上に描いて、そのまた上に描かれて...

俺もチンポコ野郎だからチクショウ!俺のほうがヤベェよ! ってまた描いて、みたいなことを繰り返してましたね。

そうこうしてるうちに直接会った時があったんですよ。

そこで、ああ、上いっちゃいけないんですね、みたいな。

その頃は変な犬のキャラとか楽しく描いてたんですけど、MSC.MSE.SCAとかは、モロGRAFFITIって感じのを描いてたんですよ。

WILD STYLEですね! カッコイイですね! みたいな。

Z:
ええ(笑)。

Q:
そういうのを描いてみようと思ったんですけど、どうも上手く描けなかったんですよね。

それでだんだんムカついてきて、こんなのいいや面倒クセー! って思って。

今度はヨーロッパ方面で、DELTAやDAMEが気になってカッコイイって思って、また3Dとかを描いてみて...

上手く描けた! って思うんですけど、やっぱりDAMEやDELTAには全然勝てないんですよ。

結局、これパクりじゃん...って思って。

その頃に、もっとシンプルなほうがカッコイイんじゃないか? って意識し始めたんですよね。

結構、テキトーでいいんじゃないか? みたいになってきて。

それっぽく描くことを意識するんじゃなくて、何でもいいやって思って、だんだんギャグみたいに形が変わったんですよ。

Z:
ギャグ(笑)。

Q:
それでチンコみたなのとかを入れ始めたりして。

ピュッ! みたいな。

てきとー、いろんなトコロに描いてるうちにシンプルなほうがいいぞってだんだん勝手に確信を持ってきたんですよね。

その頃はまだ"QPITCH"って描いてたんですけど、あまり目立たないし面倒臭いから略して"QP"になったんですよ。

それで撃ってたら、先輩とかいろんな人からリアクションがあって。

じゃあ、こっちでいこう、"QP"のほうが気持ち良いし、みたいな感じですね。

SLOW UPとかで描いてたんですけど、みんなSLOW UPで。

まあ、早いしゴキゲンなんですけど、何か...何かもっとあるだろ? みたいに思えてきたんですよ。

変なところが負けず嫌いなんですよね。みんなそうだと思うんですけど。

みんながSLOW UPやってたら、俺は時間かかるヤツそこにやっちゃうよ? みたいな感じに対抗心燃やすんですよ。

それでブロックっぽいヤツで"QP"って描いたりして、Qちゃんの原型みたいなモノが出来上がってきたんですよ。

まだ屋根も付いてなくて、コンドームの先っぽみたいなのでしたね。

Z:
なるほどね(笑)。

Q:
普通に"Q"って描けばいいのに、なぜかそこを膨らませたかったんでしょうね。

ポーンッって感じで。

だんだん"Q"がキャラになってきたんですよ。

こいつ可愛いな、みたいな。

じゃあ、屋根に入れてあげましょ! みたいな話になって(笑)。

Z:
愛情が芽生えたんですね(笑)。

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Q:
そうなんですよ。

屋根を付けたら、何かイイ! ってなってきて。

そんな流れなんですけど、やっぱりシンプルなのが一番難しいです。

Z:
いろいろ描いたらごまかせますもんね、色とかにしても。

Q:
そうですね。

色とかもネクラな感じで考えてたら、黒は色じゃない! とかなって。

もっとポップなほうがいいなって思った時、ポップって何だ? って考えたらカラフルだからポップっていうのでもないなって思えてきて。

モノクロのほうが見た人に自由があるし、『黒に見えるけど、私には赤にも見えるわ。コピーしただけなのかしら?』みたいな。

そういう感じのほうが善いですね。

シンプルなほうが自由度が高いし、責任取れるかなと。

Z:
最近、Qちゃん描いてます?

Q:
かなりサボってますけど、ちょいちょい描いてますね。

Z:
あまり新しく描いたのを見ないですよね。

Q:
すいません(笑)!

Z:
いえいえいえ、それは(笑)。

Q:
絶やしたくはないです。

Z:
そうですね〜。

一番最初はキャラとか描いてたんですね。

Q:
そうですね。

井上三太のキャラを桜木町の2面使って描いたのがあるんですよ。

Z:
マジですか(笑)?

Q:
はい。

BORN 2 DIEって漫画を。

Z:
警察のヤツですよね?

Q:
そうです、そうです。

BORN 2 DIE、イイじゃん! って思って描いたんですけど、

その直後にTOKYO GRAFFITIとかいうしょーもない漫画をあの野郎が描いて...結構、ガッカリしました。自分にも。

Z:
TOKYO GRAFFITIはヒドかったですね...

ありえないようなシチュエーションで。

Q:
そうなんですよね。

事務所に乗り込んでワケの分からないことやってやろうかと思うぐらいにハイパーストレスでしたね。

でも、冷静に考えてみるとこれぐらいワケの分からない漫画があっても、逆に良いかなって思ったりもしましたけど。

そこで妙にリアルに描かれても、俺らはイヤだしな...って思うし。

Z:
井上三太は初期の頃のほうがおもしろかったですね。

隣人13号とか。

Q:
はいはい、そうですね。

Z:
初期の頃は買ってましたよ。

TOKYO TRIBEの1回目とかはおもしろかったですけど、最近は全然読まないですね。

Q:
なんか変になっちゃいましたよね。

Z:
井上三太は松本大洋と親戚なんですよね。

Q:
そうなんですか?

Z:
従兄弟らしいですよ。

Q:
へぇ〜。

漫画一家ですね。

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Z:
最近はどんな活動してますか?

そういえば、昔にグラフィティがテレビですごく問題になった時があったじゃないですか。

Q:
ありましたね。

Z:
その頃テレビを観てたら、Qちゃんの作品出てましたよ。

あの絵を見て、『このマークは、この家が留守っていう暗号で泥棒OKってことです』って放映されてましたよ(笑)。

Q:
テレビでもやってました?

Z:
思いっきりやってましたよ。

Q:
自分は"実話ナックルズ"で同じ内容を読んだんですよね。

Z:
そうなんですね!

Q:
中国窃盗団のマークだ! って書いててQちゃんがポーンッって載ってました。

Z:
そのテレビではコメンテーターの人が『これは留守の合図ですよ!』って...

そんなワケないだろ! って話ですよ(笑)。

Q:
さすがです(笑)。

アツいですね、それは。

Z:
3、4年前だったと思うんですけど。

Q:
そういうガセネタをジャンジャン流して欲しいですね。

まあ、あまり本気になられると困っちゃうなっていうのはありますけど(笑)。

一部の人はそうなんだ! って思うかも知れないけど、ほとんどの人は違うっしょ、ギャグでしょコレって、感じですよね。

どう考えても単なる落書きだけど、変に勘ぐって何か謎なコトになったり、異常に消されてもイヤだなって想いはあります。
Z:
そうですね〜。

また今年もSHOWがあればいいなと思ってますよ。

Q:
たぶん年末までには何かしらのモノをやろうと思ってるんですけど。

Z:
みんな待ってると思いますよ。
Q:

いつになるか分からないですけど...
今年中くらいには、遂にリンゴ化しようかなと。

Z:
遂に(笑)。

分かりました!

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Q:
だ、大丈夫ですかね? 全然まともなこと言えてないような気がするんですけど(笑)。

Z:
全然、大丈夫です(笑)。

小学生の話がかなりおもしろかったです。

葉っぱ食べたりとか(笑)。

バッチリですよ!

Q:
そうですか〜。

Z:
また記事を送りますので、アウトな所は消して下さい(笑)。

Q:
オッケーです!

なんか、全然アレなんですけど、シリアスサイドでも言いたいことがいっぱいありますので、また機会がありましたら。

Z:
じゃあ、また2回目を。

最近は2回目っていうのもアリなんですよね。

ぜひお願いします!

Q:
こちらこそ!

実は"マンコ"っていう言葉の語源を突き止めたかもしれないので。

Z:
マジですか(笑)!?

それはぜひ、次回タップリとお願いしたいです。

Q:
分かりました!

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エピソードに事欠かないQP君、彼は存在そのものが"Qちゃん"であり、自分をシンボル化したモノが作品に投影されているように思います!

そして最後の最後に語った皆様も気になるあのキーワードの語源は?

人として生きるうえで、ぜひとも知っておきたいのでコレは絶対追いましょう!

今後もZERO MAGZINEはQP君との様々なプロジェクトを発信して参ります!

"本物"だけが輝く時代! 唯一無二の路線で爆走します!!!

QP君の今後の活動にも大いに期待です!



次回の更新日は!9月13日月曜日です!!!

QP其の三!

10/08/30

QP君インタビュー、其の三!

さらに続く漫画談義。

中学生に進み、筋肉描写の趣向から一転、新しいモノに目覚める!

今回も熱血教師エピソードなど多種多様なストーリーでお送りします!

そして、"QP"という名前の真相を語る...

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Z:
ちなみに北斗の拳で好きなキャラクターは誰ですか?

Q:
聖帝サウザーですね。

邪気に満ちてて悪い奴なんですけど、自分を救ってくれた師匠の為に民間人を犠牲にしまくって、デカいピラミッドを建てさせるんです。

最後はケンシロウにやっつけられるんですけど、ピラミッドの頂上を自分で乗せた瞬間に崩れちゃうっていう。

あ、はい。 みたいな感じなんですけどね。

Z:
(笑)!

Q:
かなりイイんですよね。

俺はこれをやりたいんだ! 犠牲は必要! みたいなところが。

最後はすいませんでした! お師匠さん!!! って言って、顔がすごく綺麗になるんですけど、ピラミッドが完成した瞬間に崩れてしまうんですよ。

自分でケツを拭けないほどの数の犠牲を作っちゃったから崩壊するんですよね。

その犠牲が少なかったらピラミッドは残ってたのかな? って考えてしまいますね。

分からないですけど(笑)。

とにかく、そのサウザーがヤバいんですよ。

そいつだけ秘孔が逆だったりするんですよね。
自分は結構、逆っていうのが好きなんです。

まあ、北斗の拳の登場人物は全部好きですけど、ケンシロウはあまり上位に入らないですね。

30位ぐらいかな。

Z:
30位(笑)?

Q:
ケンはそのぐらいですね。

Z:
ラオウは?

Q:
ラオウは...12位ぐらいですかね。

Z:
かなり微妙ですね(笑)。

Q:
ラオウは出しゃばり過ぎですね。

Z:
そうですね。

馬もデカいし。

Q:
黒王、メチャクチャ大きいですね(笑)。

蹄とか異常ですもんね。

Z:
そんな馬、居ないでしょっていう(笑)。

Q:
でも居て欲しいですね。

ラオウはケンシロウに殺られて、『一遍の悔いなし!』って言ってますけど、悔いあると思うんですよ。

最後、ケンシロウが修羅の国とかいう所へ渡ると、農民に超ディスられる場面があるんですよね(笑)。

ラオウ様が居ればこの国は安泰だったのに、なぜお前なんだ! みたいな。

ケンシロウは、すいません...って感じで。

Z:
正義のヒーローなのに(笑)。

Q:
そうなんですよ(笑)。

とにかく北斗の拳が俺のすべての始まりなんですよね。

すべてって言ってしまうと語弊がありますけど。

Z:
線が多いですもんね、QP君も。

Q:
線は好きですね。

でもジョジョの奇妙な冒険とかはあまり好きじゃないんですよね。

あれは線が多過ぎるというか。

Z:
そうですね。

自分もジョジョはまったくハマらなかったんですけど、あの漫画好きな人多いですよね。

Q:
俺もダメですね。

絵がウルサ過ぎる感じです。

内容もアメコミっぽい感じでダイナミック過ぎるんですよね。

北斗の拳は動きがあるようであまりないっていう、その感じが好きなんですよね。

Z:
他に好きな漫画はありますか?

Q:
あとは、おぼっちゃまくんや珍遊記とかのポコチン系ですね。

Z:
おぼっちゃまくんはこの間、久しぶりに観ましたよ。

Q:
おぼっちゃくん君はかなり笑いましたね。

Z:
びんぼっちゃまくんとかね(笑)。

Q:
そうそう(笑)。

かなり5軍ですよね。

5軍キャラ祭りですよ(笑)。

でも、ホント古き良き時代ですよね、あれをテレビで放映するなんて。

民放で子供向けですからね。
Z:
あれはヤバいですよ。

Q:
かなりカオスですよね。

テーマソングとかもすごいじゃないですか。

何か金ですべてを解決するみたいな歌詞で(笑)。

金ありゃ何でも解決だ! みたいなことを子供が口ずさんでましたからね。

Z:
亀の上に乗ってね(笑)。

自分はおぼっちゃまくんをこの間スカパーで初めて観たんですよ。

あまりの衝撃映像にちょっとヤバい! ってなりましたね(笑)。

パタリロ以来の衝撃ですよ。

Q:
スカトロですよね。

絶対に狙ってたんでしょうね、小林よしのり。

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Z:
あの人の漫画はヤバいですもんね。

太い漫画で"ゴーマニズム宣言"ってあるじゃないですか。

Q:
ありますね、まだ読んだことがないですけども。

Z:
かなりヤバいですよ。

Q:
随分と主義があるイメージなんですけど、どんな感じですか?

Z:
昔、オウム真理教がすごい時代があったじゃないですか。

その頃、小林よしのりは殺されるリストに入ってたみたいですよ。

BOOK OFFの100円コーナーでたまに売ってますよ。

ちょっと立ち読みして、すごい人だなって思いましたよ(笑)。

かなり思想が入ってますもんね。

Q:
そうなんですね。

一方でおぼっちゃまくんとかやっておいて、もう一方でそういうことをやるっていうのが何かイイですね。

Z:
珍遊記もおもしろいですよね(笑)。

中野ブロードウェイに行った時に珍遊記の小さいフィギュアを見たんですけど、立体になったらかなりビックリしますよ(笑)。

このフィギュア、キッツ〜! って思いましたね。

Q:
モンスターですもんね、完全に。(笑)
Z:
それでグラフィティにはいつ目覚めるのですか?

Q:
きっかけはですね...やっぱり絵が好きだったので、中学の頃に机によく落書きをしてたんですよ。

北斗の拳的なモノを描いてたんですけど、だんだんおもしろくなくなってきて。

何か、筋肉あんまり上手く描けねーな! みたいになって(笑)。

結局は原哲夫を越えられないってところで諦めかけてたんですよ。

その頃、ちょうど第2次スケートブームの時代ぽくて、BRONZE AGEやDOGTOWN2発目くらいだったのかな。

よくわからないけど。

みんなFINEとか読んで、ヤンキーの友達がスケボーをやり始めたんですよ。

それで、友達の机に変なアルファベットみたいなのが描いてあったんですよね。

FINEを見て描いたみたいだったんですけど、文字っぽいけど読めない絵だったんですよ。

何だそれ? カッコイイんじゃないの? って思ったんですよね。

筋肉よりカッコイイぞ! って(笑)。

そいつの家に遊びに行った時に雑誌がいっぱいあって、KAZZROCKとかいろいろ載ってたんですよ。

これはモテるっぽい...筋肉よりこっちだ!!! ってなったんですよ。

Z:
はい(笑)。

Q:
それで自分も描き始めたんですよね。

学校の机の上に描いてはヤスリで消して、描いてはヤスリで消して、を繰り返して自分だけ机が薄くなってました。

そうやって描いてるうちに、だんだん描き方が解かってきたんですよ。

それで次は学校の屋上に描き始めて。

"KAZZROCK"とか"LA"とかを平気で堂々と描いてましたね(笑)。

屋上に描き始めると、ちょいちょい消されるんですよ。

なぜか綺麗になってて...

まあ、気にしないで卒業ぐらいまでずっと描いてたんですよ。

その頃、佐野っちっていう愛の拳をもつ筋肉バカみたいな先生が居たんですよね。

その先生が卒業の時にいきなり話しかけてきて、『お前、屋上の壁が何で綺麗になってたか知ってるか?』って言われたんですよ。

『いや、分かんないッス。良かったですね!』とか答えたら、『俺が消してたんだよ』って。

うわ...ヤベェ! て思ったんですけど、俺って分かってたのに止めなかったんだこの人、って考えたらすごく感動したんですよね。

Z:
アツいですね!

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Q:
『俺が消してんだからやめろ!クソガキが!』って普通は言うじゃないですか。

なのに、放っておいてくれたっていうか。

それで卒業して明日から会わないっていうタイミングで俺に言ったっていうのがすごいと思うんですよ。

ちょっと素敵な先生だったんですよ。

その人、超善かったです。

また先生ネタになっちゃいましたけど...

Z:
結構、良い先生に巡り会ってますね。

Q:
そうなんですよ。

その先生もかなり印象に残ってますね。

修学旅行の時とかって、夜はやっぱり女子の部屋に行くじゃないですか。

自分達の部屋はヤンキーみたいなのが何人か居たので、佐野っちがドアの横で立ってずっと監視してるって感じだったんですよね。

そーっとドアを開けると、やっぱり立ってるんですよ。

あ、居るんスね...みたいな感じで(笑)。

でも、一瞬居なくなったので、速攻行くべ! って出たら、佐野っちが便所から帰ってきたんですよ。

ヤバい! 来た! って焦ったんですけど、もうイイっしょ、行っちゃえ!! って走り出そうとしたら、先生が超泣いてて...

分かってくれよー!!! って泣きながら背負い投げやらビンタやらバタバタと(笑)。

先生、アツいです! ありがとうございます!!! みたいな(笑)。

そういう先生でしたね。

Z:
熱血ですね〜。

今ってそういう先生居ないですもんね、多分。

Q:
俺は結構、体罰って賛成派なんですよね。

いろいろあると思うんですけど、そっちのほうが善いと思うんですよね。

健やかな殴りだから。

Z:
憎しみの殴りじゃないですもんね。

Q:
そうですよね。

ネチネチしたのほうが良くないと思うんですけどね。

1人だけ半ズボン穿かせるとか、そういうのほうが良くないじゃないですか(笑)。

Z:
そうですね(笑)。

Q:
悪いことしたんだったら、正々堂々とみんなの前で殴ってもいいと思うんですよ。

Z:
確かにね。

Q:
そんな感じでスケボーしたりもしてて、スケボーやってる場所が寂しいから絵を描いてみたいな感じですね。

Z:
それも単独で?

Q:
独りだったり、友達と描いたりって感じでしたね。

夕方の買い物時で、おばちゃんとかも居るのに描いちゃったり。

それで普通に捕まるとか、そんなのもありましたね。

地元の公園とか道が多かったです。

Z:
QPっていう名前の由来は何ですか?

Q:
元は"急ピッチ"からで、日本語っぽいのがいいなって思ってたんですよ。

でも英語っぽい要素も入れたくてみたいな。

その方がモテそうだから。

"急ピッチ"って速い感じがするし。



俺が"急ピッチ"で街を変えるっしょ! みたいな(笑)。

Z:
なるほど(笑)

Q:
俺ならできるっしょ! 鬼畜っしょ!全部壊せばいいっしょ!みたいな。

そんな奴、モテなかったですけど。

当然。

Z:
じゃあ、最初はQにPITCHで"QPITCH"。

Q:
一番最初は..."KAZZROCK"って描いてましたね(笑)。

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Z:
ええ? そうなんですか(笑)。

Q:
あと"LA"とか"HIPHOP"とか描いてましたね(笑)。

Z:
"HIPHOP"(笑)?

Q:
"J's HIPHOP DELIGHT"とか描いてましたよ(笑)。

Z:
まあ、当時はありがちですもんね(笑)。

Q:
中学の卒業文集にもそんなこと描いてましたよ。

"僕はLAグラフィティアーティストになりたいんだ!"みたいなこと書いてました(笑)。

Z:
LAだったんですね(笑)。

Q:
なぜかLAっていう(笑)。

何かFINEもLAブームでいろいろ書いてあったんですよ。

DOGTOWNがあって、音楽的にもSUICIDALみたいな。

CYPRESS HILLとか。

その頃だと思うんですよ。

Z:
なるほどね。

NEW YORKじゃなかったんですね。

Q:
なぜかLAです。

そういえば、この前LAに行った時DOWN TOWNのMSKの壁に書いたんですけど、
そのMSKのデカイ壁の中に、昔FINEでよく見てたCARTOONの有名なピエロとかのキャラがあって、その上に"LOS ANGELS"ってレター、ていうピースが在って。

その"LOS ANGELS"のすぐ横にQちゃん描いたんですよ。

すごく嬉しかったですね。

普段はそんなミーハーな気持ちってあまりないんですけどね。

でも、嬉しかったな。

ああ! あの頃FINEで見てて、カセットテープのレタリングにもなってたヤツだ! みたいな。

しかもその壁が5m位高さがわかる感じなんで、脚立からの、そのテッペンからの見え方がまたエロくて...アガりました。

卒業文集にLAって書いてた。

LAのアーティストにはなってないですけど。

夢が叶ったっていうのとはまた違うんですけど。

Z:
文集に書いたことは叶ってますよ。

Q:
ある意味そうですね。

中学の頃の自分からすれば、LAで脚立に乗って実際に描いてるのは理想的なことだったんですよね。
今、そのコト自体が理想ではないですけどね。

もちろん嬉しいのに変わりはないです。

今の理想は...また少し違うトコロに在りますけど。

Z:
LAグラフィティアーティストですね、それは(笑)。

Q:
LAでグラフィティを描いている! ってことですよ(笑)。

なんかよく分からなくなってきました(笑)。

Z:
それはいつの話だったのですか?

Q:
去年の話ですね。

10越しです。

初期の頃のコト、いろいろ考えるとSMASH ONEもそうだし、相当見てましたね。

何でこんなの描けるんだろ? 俺には掛けないのに。って思いながら。

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LAグラフィティーアーティストになることを切願した中学生!

その夢はある意味で成就しています!!

次回最終回、己の子孫でもある"Qちゃん"に対する熱き想いをブチ撒けてくれます!

必読!!!


次回更新日は9月6日月曜日です!

QP其の二

10/08/16

QP君インタビュー、其の二!

早熟なる少年に恋の予感?

想いを寄せるあの娘にとったQP君の行動とは!?

そして、あの有名漫画に対する独自の解釈...

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Q:
小学校3年から6年までは鈴木マキさんのことが好きでしたね。

Z:
鈴木マキさん(笑)?

その子は可愛かったのですか?

Q:
可愛いです。

成人式で会った時もまったく変わってなかったんですよ。

それが嬉しかったですね。

しかも、むこうから声をかけてくれたので、ホク、ホクでした。

Z:
その出会いは発展しましたか?

Q:
いえ、全然何もないです。

そういう感じじゃなくて、小学校の時の感覚でしたから。

可愛さの種類ってあるじゃないですか。

セックスしたい可愛さじゃない可愛さみたいな。

何かホッとする家庭的な感情になって。

ちょっと上手く言えないですけど、凄く嬉しかったです。

えくぼが素敵な感じで...マキさん、幸せになって下さい!

Z:
それにしてもよく名前を憶えてますね(笑)。

Q:
鈴木マキさんは忘れられないですね。

彼女の家の周りをフラフラ歩いてましたから。

Z:
小学生の時に(笑)?

Q:
そうですね。

遊ぶほど仲良くもなかったので。

お、おう...みたいな感じで偶然を装って出会えないかなって思ってましたね。

Z:
何周も回るんですか?

Q:
ええ、グルグルと。

一回、遠い所まで行ってまた戻ってきて帰ったりとか(笑)。

洗濯物を干してないかな? って思って見たりしてました。

パンティーとか干してあったら、逆に気まずかったりしましたけど。

Z:
ああ、干してるわ...みたいな(笑)。

Q:
干してるけど、あんまり見れないみたいな感じですね。

そこは子供ながらに何かあったんでしょうね。

Z:
干してないほうが良かった、と。

Q:
そうなんですよね、見ちゃうんですけど(笑)。

干してあったところで別にアガらないっていう。

Z:
小学生、中学生辺りから下のほうは発達してました?

Q:
どうなんですかね...おそらく発達してなかったですね。

まあ、チンコを出すのは好きでしたね。

Z:
結構出してたのですか?

Q:
女の子と話をしてる時とか、そっとチンコを出しとくみたいな。

意外とバレないんですよ(笑)。

Z:

(爆笑)!!
Q:
バレた時のリアクションとか好きでした。

落合リカちゃんとか良いリアクションしてましたね。

Z:
落合リカちゃんは、どんな感じなんですか(笑)?

Q:
顔が真っ赤になる、みたいな感じでしたね。

しつこくやってると突進して来る、みたいな。

おお、イイねぇー、イイよー! それそれ、 みたいな(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

結構、股間は出してた感じですね。

Q:
出してましたね。

でも、小学校5年ぐらいで出さなくなりましたね。

Z:
そうですね、それ以上出してたらちょっと捕まりますよ(笑)。

Q:
そうですね。

女の子もおっぱいとか膨らみ始めて、妙に意識してきたんでしょうね。

あれ? 何か違うっぽいぞ? みたいな(笑)。

あと、チンコを出してるとモテないことに気付いたんですよね。

モテる奴と俺の違いは何だ? って考えたら、モテる奴はチンコを出さない。

そしてサッカーが上手いからモテるんだ! と。

俺はサッカー上手くないし、チンコも出すし、でしたから。

だからチンコを出すところからやめていこう! って思って(笑)。

Z:
同級生でも出してる人って居ました?

Q:
居たと思うんですけどね。

とりあえず単独で出してましたよ、ソロで。

Z:
ヤバいですね(笑)。

Q:
ロンリー・ペニでした(笑)。

今思うと小学校ってかなり楽しかったですね。

Z:
何か好きな科目はありましたか?

Q:
体育、家庭科、図工とかですかね。

視聴覚室へ行けるので道徳も好きでした。

Z:
視聴覚室では何をするのですか?

Q:
レーザーディスクを観るんですよ。

何を観てたのか忘れちゃいましたけど、先生がレーザーディスクを出す瞬間がヤバかったですね。

出たー!! みたいな。

内容とか全然憶えてないんですけど、出す瞬間が楽しみだったんですよ。

何かが始まる期待感があって。

映像が始まったらどうでもいいんですけど、部屋の電気を消すと小学生の頃ってみんなテンション上がるじゃないですか。

真っ暗な中で無駄に触りまくるみたいな。

なぜかまさぐり合うでしょ(笑)。

思いっきり殴る奴とかも居て、ケンカになるみたいな(笑)。

その感じが楽しいんですよね。

体育の後の給食もそうですけど、サッカーだったりするとエキサイト状態がなかなか抜けなくて『お前のせいで負けた!』とか言って、ケンカになるんですよね。

サッカー好きは、ワールドカップみたいなテンションですよ。

そういう奴らが給食の時間に暴れるんですよね。

給食の時間は野郎どもにとって、修羅場ですよ。

何かスーパーカオスになるんですよね。

Z:
なるほど(笑)。

Q:
泣いてる奴とかも居たりして。

体育なのに勝負事は負けちゃいけないっていうのがありましたね。

本気な人は泣きながら殴り掛かったりして。

そういう雰囲気が好きでしたね。

いつそのテンションは下がるのでしょうか? みたいな。

まあ、まともな大人になってるとは思いますけども。

あのままいってたら、ただの変態ですからね(笑)。

でも、そういう反骨精神のまま大人になったら、結構いいとこまでいくんでしょうね。

Z:
そういう気持ちって大人になると忘れちゃいますからね。

それこそ三浦知良とかは、そういう気持ちでやってるんじゃないですかね。

Q:
ああ、カズはそうかも知れませんね。

Don't forget ヴェルディ川崎、です。

さすがですね(笑)。

Z:
キングですから(笑)。

Q:
キングならしょうがないですね。

追われる者のプレッシャー。

自分でキングって言ってしまうところが怖いですね。

やぱり常に背広着てないと。

Z:
そうですね(笑)。

Q:
スーツより背広、みたいな(笑)。

肩幅系で。

さすがキングです。

逆にああいう人のほうがストイックですよね。

Z:
そうですよね。

イチローもカレーしか食べませんし。

毎日カレー食って何が楽しいのか分かりませんけど(笑)。

Q:
イチロー、毎日カレー食ってるらしいですよね。

Z:
飽きるでしょ、何年も毎日カレー食ってると。

Q:
たぶん、バカなんでしょうね(笑)。

きっとバカなんだろうな。

毎日カレー食って素振りしてたんでしょう。

そうすれば俺は幸せだ! みたいな。

イチローってかなり女好きそうですよね。

Z:
女好きそうですか?

Q:
意外と人を見て、態度を変えそうな感じしません?

イチローに対抗してイソーローって作りたいですね。

イ早漏君。

AVとかに出て欲しいですね、イソーロー君、ピュって(笑)。

Z:
(爆笑)!!

Q:
何かしょーもないビデオ作れそうですね(笑)。

Z:
映像を一度撮ってみたらどうですか(笑)?

Q:
あ、それいいかも知れないですね。

早漏はいっぱい居そうですけど、すごい遅漏を見つけるのが大変そうですね。

イ遅漏君はなかなか居ないですよ。

Z:
確かにイソーロー君ならいっぱい居そうですね(笑)。

Q:
俺でいいかな?

ウソです! ウソ。ウソですよ。

07_二回目02.jpg

Z:
ところで、絵はいつごろ目覚めるのですか?

Q:
絵はずっと描いてましたね。

Z:
小学校の頃から?

Q:
そうですね。

北斗の拳が本当に好きだったんですよね。

アニメじゃなくて、漫画のほうが好きでした。

自分の中でアニメの北斗の拳は全然違うんですよ。

Z:
絵が汚いですもんね。

顔が歪んでますし。

Q:
そうですよね。

アニメだからしょうがないんですけど、北斗の拳は線の多さが命だと思うんですよ。

異常に線が多くて黒いのが北斗の拳だと思うんですよ。

Z:
昨日、ちょうどテレビに原哲夫が出てましたよ。

"マンガノゲンバ"っていうテレビに出てて、吉祥寺に漫画家が多く住んでるのはなぜだ!? っていうのを検証してたんですよ。

キャイ〜ンの天野君が吉祥寺にある原さんの現場を訪ねてました。

デッサンを思いっきりやってましたよ、何回も何回も。

Q:
おお!

Z:
さっき、QP君が言ってたように線がすごく多かったですね。

先に鉛筆で描いてるんですけど、ペン入れする時に一番最高の線をここから見つける! みたいな。

Q:
それはすごいですね!

Z:
表紙か何かの絵だったかな?

1ページに1枚使う大きいカットでしたね。

1時間に10回ほど描き直して、すごいペンを入れました。

Q:
あのプロは未だにアナログでやってるんですね。

Z:
最初は高円寺に住んでたって言ってましたよ。

Q:
そうなんですね!

Z:
北斗の拳の前に描いてた漫画の時代は高円寺に居て、北斗の拳でブレイクして憧れの吉祥寺に! って言ってましたよ。

Q:
じゃあ、今も吉祥寺に居るんですね。

Z:
もう30年ぐらい住んでるって言ってましたよ。

吉祥寺って漫画家がいっぱい住んでるんですよね。

Q:
森田まさのりもそうですよね。

アシスタントもやってましたもんね。

Z:
あとはバガボンドの井上雄彦もそうです。

Q:
吉祥寺、多いですね。

Z:
ストップ!!ひばりくん!を描いてた江口寿史さんが元祖みたいですね。

その人が西荻に住んでたんですけど、常に締め切りを守らない人だったそうで、すぐどっかへ飛んじゃうクセがあったみたいなんですよね。

それで、編集者がこれはヤバいって思って、抱えてた漫画家を隣の西荻に固めて住まわせたのが始まりみたいなんですよ。

Q:
へえ〜!

Z:
それで江口寿史に取材に行ったら、AKIRAを描いてる大友克洋が吉祥寺に居たから住み始めたって言ってましたね。

Q:
そうだ、大友克洋さんもですよね。

Z:
漫画家は中央沿線に多いですよね。

Z:
少し話が脱線してしまいましたが...

原哲夫が好きなんですね。

Q:
そうですね、原哲夫が!というより、北斗の拳、です。

北斗の拳はストーリーも最高ですね。

Z:
描いてました?

Q:
メチャクチャ描いてましたね。

Z:
ケンシロウを?

Q:
筋肉しか描いてなかったですね(笑)。

Z:
筋肉(笑)。

Q:
ケンシロウよりもザコキャラが好きでした。

Z:
モヒカンのブッ飛ばされるほうですね(笑)。

Q:
モヒカン族が結構好きでしたね。

革ジャンとかも好きでした。

ダメな感じが好きだったんですよね。

Z:
そうですか(笑)。

Q:
ケンシロウって、そこは殺さなくてもいいんじゃない? ってシーンが結構あったんですよ。

憶えてるだけでも2、3カ所ありましたね。

ザコキャラって見た目はどうしても悪者なんでしょうがないですけど。

ケンシロウの前からザコがバイクで来て、後ろの荷台にドラム缶付けてたんですよ。

そのドラム缶がケンのほうに転がって来て、パチン! ってやるとドラム缶が真っ二つに割れてザコが死ぬっていうシーンがあるんですよね。

それって殺さなくても...って思うんですよね。

ケンシロウが正義なのは分かるけど、今完全に見た目で判断したし、確かにケンシロウのことを殺そうとしたかも知れないけど、お前は強いんだから殺すまでしなくてもって思っちゃうんですよ。

Z:
はい(笑)。

Q:
ちょっと軽くペーンッ!ってやれば、何か出来るじゃないですか。

お前ら、俺を殺すな。 って言ったら、すいませーん! って逃げると思うんですよ。

ザコなんですから。

そこを殺すんだ!? って思いましたね。

ザコもそのまま生きてたら、更生してまともな人生を送ったかも知れないのに。

そんなことを幼心に思ってたんですよね。

そこがまたイイんですけど。

Z:
なるほどね(笑)。

Q:
『愛深きゆえに...』とか言ってケンシロウはずいぶん愛を正当化してるけど、そうでもないぞ? みたいな。

正しいことは何もない、そういうことを言いたいんだなって勝手に自分は解釈してるんですけど(笑)。

強い者が弱い者を殺るっていう悪いシステムをやっつける正義、みたいな表現で視えるかも知れないけど、そうでもないぞ? みたいな。

それは確かによくないけど、それをやっつける奴がすべて正解とは限らないと思うんですよ。

全部命だよね! って考えたらつじつまが合わないんですよね。

ケンシロウは決して正解じゃない。

そういう感じが好きなんですよね。

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北斗の拳を単純なアクション的解釈に止まらず、生命の尊さを意識した見解!

ここまで深く読み込む小学生も居ないでしょう!

次回はさらに漫画話に花が咲き、グラフィティトークへとなだれ込みます!!!

次回更新日は8月16日月曜日です!

QP其の一

10/08/09

都内の至る所で生息する"Qちゃん"の数々...

通行人というギャラリーに向けられた作品は、ホッとするポップさを持ちながら、突き刺すような狂気をはらむ!

今回はその生みの親であるグラフィックアートの時代の寵児、QP君が登場です!

それでは濃厚極まりないハードコアインタビュー、スタート!!!

01_一回目01.jpg

ZEROMAGAZINE(以下Z):
お久しぶりです!

QP(以下Q):
どうも、お久しぶりです!

Z:
元気にしてました?

Q:
はい、元気です。

Z:
今までにやってないようなインタビューにしたいんですけど...

いつもどういったインタビューを受けてますか?

Q:
そうですね...

どんな感じかな?...

どういうこと考えてやってるのですか?とかですかね。

まあ、いろいろ考えてますけど、考えてるようで考えてないっていう感じです。

Z:
やっぱり作品に対してのインタビューが多いですか?

Q:
そうですね。
作品に対してとか、今のシーンに対してどう思う? とか...

シーンは分かんないッス! って感じなんですけど。

勝手にやって下さい。

でも自分達と自分のケツは拭きます。

シーンに対しての各々、持つべきだと思います。

ってことで。

Z:
なるほど。

Q:
そんなにはインタビューやってないんですけどね。

Z:
KAZE MAGAZINEのインタビューはこの前読んだんですよ。

Q:
個展のヤツですよね。

Z:
そうです。

いつもインタビューの時、子供の頃はどうでした? とか訊いてるんですけど。

そういうの訊いてもいいですか?

Q:
ええ、もちろんです。

Z:
では、QP君の幼稚園時代は?

Q:
幼稚園の頃は鍵っ子で...自分はあまり記憶力がなくて、ほとんど憶えてないんですけど。

とりあえず、保育園にメグミちゃんっていう黒人の女の子が居て、その子をメチャクチャいじめてましたね。

スカートめくられたりでメグミちゃんはよく泣いてたんですけど、メグミちゃん以外の子のスカートがめくられてる時も、教室の隅っこに居たメグミちゃんがなぜか泣いてましたね。

よく分からないんですけど。

Z:
はい(笑)。

Q:
それから中学校に入って...あ、その前に小学校ですね。

小学校ではメグミちゃんとは違う学校だったんですけど、中学校に入るとまたメグミちゃんと出会いましたね。

でもメグミちゃんとは特に何も話せなかったっていう。

それがひとつ気がかりな点ですね。

Z:
そうですか(笑)。

Q:
何の謝罪も出来なかったっていう。

幼稚園以来、中学で一緒になったんですけど話すこともなく、メグミちゃんが特に綺麗になってるわけでもなく。

それぐらいの記憶しかないですね。

あとは、友達のお母さんとか好きでした。

親が迎えにくる時とか好きでしたね。

自分の親は迎えに来るのがすごく遅かったんですよ。

友達のお母さんって何かいいなって思ってましたね。

その感覚が地味に中学まで続くんですけども。

シコるのは友達のお母さんがメインて感じでしたね。

Z:
(笑)!!

Q:
幼稚園の頃って○○ちゃんと結婚したい! とかあるじゃないですか。

自分はどちらかというと、そのお母さんと結婚したかったですね。

何かチンコが大きくなるけど、どうしたらいいのか分からないみたいな(笑)。

シコシコは知らない頃だったので。

ちなみにメグミちゃんはタケトくんのお父さんと結婚したかったみたいでしたね。

Z:
幼稚園の頃は分からないですから(笑)。

Q:
熟女好きってわけでもなかったと思うんですけど。

Z:
幼稚園の頃ってお母さんも若いですもんね。

20歳ちょっとぐらいですから。

Q:
そうですね、綺麗です。

Z:
ノリノリですよね(笑)。

Q:
ええ、化粧が好きかも知れないです。

ファンデーションとか好きでしたね。

耳の辺りが美人な人とか居るじゃないですか。

Z:
なるほど(笑)。

Q:
だまし絵で婦人が首にフワッとしたの巻いてて、見方を変えると鼻の大きいお婆さんに見える絵がありますよね。

Z:
はいはい、ありますね。

Q:
あの絵の婦人に見える時の角度ですね、まつ毛だけ見える感じの。

あれがエロいですね。

Z:
すごくピンポイントですね(笑)。

Q:
幼稚園の頃はそういうこと考えてましたね。

あとは鉄道が大好きでした。

電車の見える所に住んでて、早起きすると特急がなんか美しく見れたんですよ。

電車はすごく好きですね。

Z:
メグミちゃんいじめと電車と同級生のお母さん(笑)。

02_一回目02.jpg

Q:
そんな感じですね。

小学生からは、いじめるとかなかったですね。

いじめられる子ってキャラが濃い子が多いじゃないですか。

そういう子が結構好きでしたね。

下村さんって子が居たんですけど、ゲソンって呼ばれてたんですよ。

ゲソンって超かわいそうなあだ名ですけど。

Z:
ゲソンってどういう意味なんですか?

Q:
名字が下の村なので、音読みでゲソンですね。

その子がいじめられてると、やめろよ! みたいな感じで守ってましたね。

残念ながらゲソンはすごくブスなんですけど。

今時、珍しいぐらいブスでしたね。

性格は悪くなくて、すぐ泣く子でした。

そうしたら、後にうっかり告白されるとかね。

そういうの結構ありました。

小学生の時、いじめられっ子を助けてたら、中学で告白されるみたいな。

Z:
もちろんそれはフッたんですよね?

Q:
そうですね。

そういうつもりではないです! すみません!って感じなので。

Z:
すごいですね、それも(笑)。

Q:
あとは、そうですね...誰もがやったと思うんですけど、火遊びとかよくやりましたね。

ロケット花火とか。

万引きで消しゴム何個いけるか? みたいなこともやってました。

Z:
ちなみに消しゴムは何個いけたのですか?

Q:
あんまり憶えてないですけど、カートン系で。

Z:
カートン系(笑)。

Q:
でもカートンでいっちゃうとルール違反なんですよね。

基本は一個ずつでっていう。

それがバレて、先生に呼び出されて殴られたこともありましたね。

小学校2年生の時の担任が宮山先生っていうお婆ちゃんの先生で、厳しくってすぐ人をシバくんですよ。

Z:
グーで?

Q:
ビンタだったと思うんですけど。

スパルタというか、昭和型って感じの先生が結構居て、当時は水を入れたバケツとかよく持たされましたね。

1年生の時からバケツをよく待たされてました。

Z:
小1で!?

Q:
小1でしたね。

たぶんそんなやり方って自分達の世代が最後だと思うんですよね。

女の子にチンコ出したりしたら、顔を真っ赤にして怒りましたね。

Z:
チンコ(笑)?

Q:
ええ、チンコネタ大好きなんですよ。

ゴミ箱にオシッコしたりとか。

小学生の頃ってなんかそんなのやってみたいじゃないですか。

それで廊下に立たされる、みたいな。

Z:
(笑)。

Q:
バチバチに殴られてましたね。

でもその先生もすごく良かったんですよね。

優しさで溢れてるっていうか。

自分は殴られるのが別に嫌いじゃなかったですよ。

宮山先生は褒める時すごく褒めてくれるんですよね。

良いことすると『 良かったわね 』って体に触ってくるんですよ。

触れると結構気持ちいいな、みたいな。

Z:
はい(笑)。

Q:
ありがとうございます、みたいな感じですごい嬉しいんですよ。

怖い人って本当は優しいんだなって思いました。

本当に怖い人は怖いんでしょうけど(笑)。

Z:
そうですよね(笑)。

03_一回目03.jpg

Q:
自分の場合は良い先生に恵まれましたね。

嫌いな先生って一人も居なかったんですよ。

みんな反抗してましたけど、自分は反抗とかしたことなくて。

怒った時は逆にこの先生は本気だって感謝してましたね。

だから小学校も中学校も先生と仲が良かったです。

Z:
なるほどね。

Q:
中学の頃はヤンキーがけっこういっぱい居たんですよ。

自分はそういう感じじゃなかったけど、ヤンキーとも仲が良かったので先生からよく相談役にされてたんですよね。

先生から『 アイツ怖いんだけど、どうしたらいい? 』って相談されて 、

『 先生、そこはガンガンいっちゃったほうがいいでしょ。先生は柔道やってんじゃん!投げちゃえばいいんですよ! 』って。

そうしたら先生が本当に投げる事件が起きて...

ああ、ホントにやちゃったよ...って感じで(笑)。

Z:
(爆笑)!

Q:
ヤンキーにキレられて、先生逃げる! みたいな。

Z:
逆効果だったんですね(笑)。

Q:
あとは何かな...野グソはよくやってましたね。

下半身ネタばっかりなんですけど(笑)。

Z:
野グソ!?

Q:
ええ。

その時に発見したことがあるんですけど、パクチーってタイ料理に出てくるヤツあるじゃないですか。

あれって雑草ですね。

Z:
そうなんですか?

Q:
と、思ってるんですよね。

みんな美味しく頂いてますけど。

俺、雑草とか一通り全部食べましたよ。

昔、お母さんに食べ物を残したらダメです、全部食べなさい! ってよく言われてて、泣きながら食ってたんですよ。

ずいぶん家庭的な話ですけど、いいですか?

Z:
全然大丈夫です、どうぞ。

Q:
例えばご飯にタコが出てきた時とか、『 あなた、このタコとかにしても最初は食べれると思わないわよね? 』って言われて。

確かに生きてるタコの姿見て食べれるなんて思わないですよね。

『 毒やバイ菌があるかも知れないのに、そのタコを昔の人は食べたのよ。そうやって人が色んな物を試して食べてきて、何人もの人が死んできたの。そのおかげで今こうやって食べれるのよ。だから明日も元気に行ってきますができるんだって思わなくちゃ 』って話されたんですよ。

それを聞いて、確かにそうだ! って思ったんですよね。

Z:
お母さん深いですね。

Q:
そうなんですよ、お母さんに感謝してますね。

お百姓様に感謝して"いただきます"、"ごちそうさま"は絶対に言え、ご飯1粒も残すなって教わって。

それで、自分も食べ物のことで何か出来ることはないか? って考えて、新しい食べ物を見つけよう! って思ったんですよね。

きっと誰も発見していない食べ物があるんだ! って信じて、雑草とか砂利とか周りにある物を食いまくったんですよ。

Z:
それはいつ頃ですか(笑)?

Q:
小学校2年ぐらいですかね。

特に夏メインでやってたと思うんですけど。

Z:
なぜ夏なのですか?

Q:
たぶん緑が多いからじゃないですかね(笑)。

自分のお気に入りの野グソスポットの駐車場があったんですよ。

Z:
いつもそこでする、みたいな?

Q:
そうですね。

そこで野グソすると、テッシュとか持ってないから葉っぱで拭くんですよ。

そのテッシュ代わりにしてた葉っぱを食べてみたりとかしてて。

その中にパクチーとまったく同じ味の葉っぱがあるんですよね。

駐車場もなくなってて、今はもうその葉っぱの種類が分からないんですけど、大人になってパクチーを食べた時にその野グソの思い出がフワっと甦ってきたんですよ。

そのおかげでこうやって鮮明に思い出せるんですけども。

だから、パクチーは生えてます。

Z:
東京にも。

Q:
そうですね、生えてますね(笑)。

あとはギョウ虫にもよく引っ掛かりましたね。

Z:
雑草を食べてたからですね(笑)。

Q:
なかなか美味いのもあったんですけどね。

Z:
それは独りで?

Q:

そうですね、友達は食べてなかったと思います。

かくれんぼをして、隠れてる時も泥を食べてみたりとかやってましたね。

結局、八百屋で売ってる野菜が一番美味かったですけどね。

味がない雑草はたぶん食べれると思うんですよ。

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雑草を食べ、砂利を噛み砕く小学生!

未知のものに触れたいという探究心がアーティスト脳を育成すると思われます!

次回、さらに過激行動を起こすQP少年にこうご期待!!!


次回更新日は8月16日月曜日です!

SASU其の四

10/08/02

Z :
ポンピーから現在に至る(笑)。

S :
あっという間ですよね。

高校の話もついこないだだと思っていたら、もう、、ん十年??

そんなに経ってたんだって(笑)。

Z:
2人にはもう子供が居るんですもんね。

S :
そうなんですよね、自分でもびっくりですよ。

Z :
子供が居るから絵を描くのも大変ですね。

S :
まあ、色々と状況は変わってきますよね。

そういえば妊娠が分かったのって、千歳烏山の時だったんですよ。

来てくれてましたよね?

Z:
はいはい、アレですね。

S:
始まる5日ぐらい前に妊娠しているかもしれないっていう事になって。

あそこは高所作業車で作業だったし、つわりもあって大丈夫かな...って思ったんですけどね、なぜか本能的にやったほうがいい、大丈夫、ってすごくそういう気がしたんですよね。

それで実際ペイント始めてみたら、つわりを忘れちゃったんです。

sasuzro.jpg

Z:
そうなんですね(笑)。

S:
もちろん、皆に言ったら心配されちゃいますからね。

自分で限界越えないように様子みながらやってましたけどね。

その時はまだ、お腹の子も心臓が動いてなかったからニアミスかも知れないって言われていて。

安静にしててもダメな時はダメだって、知っていたんで。

『私はこういう親だけど、もし生まれてきたかったら絶対について来い!』って。

念じてましたね。(笑)

それでペイント終わってから病院に行ったら、心臓が動き始めました! って言われて。

『おっ!、お前、来たな〜!』って。

じゃあ私も絶対産むよ、頑張っちゃうよ、って思いましたね。

Z:
感激ですよね。

S:
そうですね、心臓の一番最初のドックン、ってどうやって動くのかなって。

単純に動いてなかったものが一番最初に動き出すのって凄い事だと思いましたね。

それで最初は子供が生まれたら、もうしばらくは描けないだろうと思っていたんですよ、1、2年は無理だろうって。

Z :
まあ、そう思いますよね、

S :
出来なくなるって思ったら余計描きたくなっちゃって、安定期に入ってから、あちこち動き回ったんです、マイアミやニューヨークにも行ったり。

sasuzermimi.jpg

S :
産んだら今までみたいには動けないから、とにかく今のうちにって(笑)当分飛行機も乗れないと思っていたんですよね。

それで、無事に出産して、しばらく母親業に専念するものかと思っていたんですけど、突然壁画の話をもらったんです。

それは本当に嬉しかったですね、まさかそんなに早く描けると思ってなかったですからね。

とは言っても、まだ産んでから3ヶ月半で母乳だったし、やっぱり不安でしたよね、こんな状況でどうやって描くんだろう?って思いながら、とりあえずやってみようって事になったんです。

やると決めたら話は早くて、現場が元々は小学校だったから空いてる教室にベビーベット置けますよっていう話になって、控え室ができたんです。

そこに友達が子供を抱っこしに来てくれる事になって。その間に描くっていう感じで、実現したんですよね。

sasuakasa.jpg

現場は毎日それなりに大変だったんですけど、もう出来ないって思ってましたから。

壁に向かえるだけで本当に嬉しかったですね。

それで3時間ぐらいおきに、そろそろミルクみたいですーって、下からミルクコールがかかるんですよ(笑)。

zero8.jpg

私も人に子供を見ててもらうのはじめてだったから、ドキドキだったんですけど。

それでとりあえず完成まで行ったんですよ。

次に海外からの話で、5ヶ月の時で。

さすがの私も、おむつや飛行機のことを考えるとちょっと...って、断ろうかと思ったんです。

でもオーガナイザーの人がすごくいい人で、直接電話をくれて、ベビーシッターの女の子も探すから絶対に来いと。

こっちの不安を蹴飛ばす勢いだったんですよ、

それで行ってみる事にしたんです。

Z:
それはどこへ行ったのですか?

S:
プラハですね。

Z:
プラハってどこの国ですか?

S:
チェコ共和国です。

prague.jpg

プラハはすごく良かったですね。

ヨーロッパの京都みたいな感じで、昔の建物がいっぱい残ってましたね。

飛行機で子供連れて乗るのは初めてだったから事前にいろいろ考えて大袈裟なぐらい物を持って行ってましたけど(笑)。

結局、むこうに行っちゃえばそんなに心配するほどのものでもないんですよね。

おむつも日本と同じような物が売ってますから。

ただ、行く前に想像してるのがすごく大変でしたね。

ベビーシッターってどんな子だろうとか、時差ぼけで疲れて描けなかったらどうしようとか(笑)
現地に着いてみると、大丈夫だったんですよ。

子供も全然ご機嫌で、とりあえず無事に描けたんですよね。

Z:
やればできる! みたいな?

S:
そうですね。

考えるよりも、動いたほうが良かったですね。

授乳室も用意したよーって、キャンピングカーを横づけしてくれて(笑)。

pppp.jpg

S :
空港とかも想像すると、子供を抱っこして、荷物持って、うわぁ大変〜! って思うんですけど、実際に出かけちゃえば、ね。

あとはひたすら動くのみですから(笑)泣いたら抱っこ、飛行機の中も泣いたら抱っこで。

Z:
考えるより、まずやるべきですよね。

S:
そうですね。

もちろんいきなりは大変だったと思うんですけど、今までの経験をフルに活用する感じでしたね、毎回なんだかんだありますからね(笑)

Z :
子供ができてから作風は変わりました?

S:
う〜ん、自分ではあまり自覚がないんですけど、今までは期間が短くてもかけたい時間の全部を使えたんですよね、即興で全部描いたりも。

でも産んでからは子供が未知の即興みたいなもんですからね、何が起こるかわからない爆弾抱えて、現地に行って描くだけで精一杯ですから、そういう意味では色々と絵柄的に変わってきた部分はあるかもしれないですね。

この数年はKAMIとのHITOTZUKIでほとんど活動しましたからね、そういう時期だっだと思いますよ。

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Z :
なるほどね。

S :
今はだいぶ落ち着いてきたんで、これからまた変わっていくと思いますよ。

でも、子供が生まれる前って親の責任がとか、遊べなくなるとか、いろいろ心配があったんですけど、実際生まれて来ると想像とは違いますね。

大変の意味が違ったというか。大変なんだけど、クリエイティブっていうか。

前から子供は良いよ! って言ってくれてたじゃないですか。

Z:
はいはい。

S:
そう言われてたけど、まだまだって思ってて。

怖いというか、自由じゃなくなる気がしていたんですよね。

でも、生まれてきたら色々意味が分かりましたね。

Z:
子供が生まれたら夜に遊びにも行けなくなるし、いろんなことが制限されてくるじゃないですか。

S:
そうですね。

うかうかしてたら、ダーって走ってきますからね(笑)目の前の現実が。

Z:
自分も若い頃はいろいろ出かけて、様々な人とリンクしておかないと不安でしたけど、最近はそういうのがなくなりましたね。

昔は行き当たりばったりで、いろいろ試したりしてたけど、吟味できるようになってくるというか。夜はたまに行きますけど、それは心から見たいものだけです。

S:
本当にやりたい事だけ残っていく気がして面白いですね。

正直、時間と気力があればもっとやりたいっていう事はありますけど、今はこれが自然なのかなって思いますよ。

『夜遊びに行けなくなって大丈夫?』とかも聞かれますけど、大丈夫なんですよね。

本能って良くできていると思いますよ。それにこっちも遊びたいときはなんとかして遊ぶもんです(笑)

Z:
自分的には子供の存在自体が遊園地ですからね。

S:
確かに(笑)

私は今は沢山の事にパワー使う余裕が全くないんですよね、自分がもう一人欲しい!っていつも思うんですけど(笑)

無理しないように自分でコントロールしないといけないなって、最近とくに思いますね。

今はこういう時だって理解して動かないと、大変な事になっちゃいますから(笑)。

Z:
子供ができた時は、もっと早く欲しかったなって思いますけど、早過ぎると今のような育て方はできなかったでしょうね。

自分とかは遊び過ぎて、離婚しちゃって子供に会えないってことになってたかも知れないですし。
タイミングは大事です。

unchan.jpg

S:
そうですね、子供の事も含めですけど、やっぱり環境の変化って一番戸惑いますよね、想像すると不安になる事だらけで。

でも全部現実飛び込んでみたら自然となじんで行くんですよね。

何があっても結局は、行きたい方に向かっていけば、そっちに行くっていうか。なんとかなるっていう。

それを私は母の一件で知れたんですよ。

今となっては逆にありがとうっていう感じなんですよ、あのまま行ってたら今の自分はないですからね。

ホントに良かったですよ、そう言っちゃっていいのかなって感じですけど、今はそれぐらいいい経験だったと思えるんですよね。

Z :
良かったですね。

S :
いや〜本当に。

来ましたね、とりあえずここまで。(笑)

人生向上計画(笑)。

毎年、やりたい事とか行きたい場所とかノートに書くんですよ、それで出来る事をちょっとずつやってみるんですよね。

で、たいていその通りには行かないんですよ(笑)、インドとか行きたい!って書いても、別の国だったり。

結局、全部思った通りなんていかないんですけど、もっと自然な方に進むんですよね。

後から思うとそっちの方が良かったり、自分らしくない事はどんどん遠のいて行くんでしょうね。

Z:
そうですね、一歩一歩の積み重ねですね。ポンピーから(笑)

で、最後にどうだったんですか?六本木ヒルズ?

S:
なかなか言葉にするのは難しいんですが。

それはもう...本当〜〜〜に大変でしたね。(笑)

設営期間が10日しかなくて、その間に全部を完成させなきゃいけなかったんですよね。

話が決まった時はまだ子供の保育園も決まってなくて、預ける人もいないからまたまたどうしようって。そこから始まりでしたから。

結局12月から預けられるようになって、そこから一気に準備の毎日で。

子供がいて短期間で大きい壁を描くっていうのは、この数年でだいぶ二人ともやってきたんで、それはフォーメーション組んでなんとかやればできるだろうって思っていたんです。

子供を預ける時間を延長をしてもらって、10日間の段取りも相当入念に計画したんですよね。

友達に家事手伝いに来てもらうように手配もしたり(笑)

Z :
大事ですよね。

sdi.jpg

S :
実際描くのは簡単じゃないけど、気が楽というか自分の一番好きなことだからある程度は越えられるんですよ。

そこまで行く準備段階と、完成してからが大変でしたね...。

今回はスケートセクションを組み込んだり、友人たちに滑ってもらったり他にも色々と準備がありましたからね。

これは二人でやるもんじゃないなって凄く思いましたね(笑)。

Z:
世の中の仕組みも大変ですよね。

S :
色々と無理してプッシュしなければ実現できなかった事が多かったんですよね、やっぱり。だからもう何も考えず、最終的にあの空間を完成させて、滑るところまで持っていこうって。この半年間、それだけで進んでましたね。

Z :
自分がいつも居るのと違う所やシステムでやるのって、気力を使いますからね。

S :
とりあえず、至らない点はありますけど、期間内に完成して滑れただけで奇跡だと思ってます。

Z:
"ポンピー"から派生してここまで来たなんて誰も知らないですからね。

S :
そうですね、あとは今後につなげて行く感じです。

Z :
では、子供も手が掛からなくなった時に "ポンピー"復活させてやりましょう(笑)。

S:
イケますかね(笑)?

Z:
ヤバいでしょう。

細か過ぎますから(笑)、イガグリ新聞も。

今日のインタビューは良かったです、旦那も知らない過去が爆発して(笑)。

どうですか? KAMI君。

K:
そうですね、手紙を出してたのにはビックリしましたね。

Z:
確かに(笑)。

髪の毛モッてる人にまた手紙を書きましょう。

S:
はい、そうですね。(笑)。

Z:
やっぱりタダ者ではなかったですね、SASUKE。

S:
結構、人生を端っこから端っこまで行っちゃった感じなので(笑)。

Z:
そういうのは必要ですよ。

強く生きましょう!

S:
今は雑草以上に強いですよ(笑)。

Z:
そうですね。

ノースキャロライナの雑草以上に強いです。

S:
根本は"ポンピー"精神に守られてるんで(笑)

Z:
"ポンピー"はかなり良かったのでみんなに読んでもらいたいですね(笑)。

S:
"ポンピー"の原稿を人にこんなに見せたことなかったですよ。

Z:
それはありがとうございます!クオリティー高かったですよ。

小学生ってもっとメチャクチャでしょ。

でも、良かったですね、15人の会員の人が賛同してくれて(笑)。

S:
そうですよね。

記事とかメチャクチャでしたからね、占いコーナーとか。

Z:
誰が占ってるんですか(笑)。

S:
私が(笑)。

"牡羊座、良いことがあるでしょう"みたいな。

Z:
かなり適当ですね(笑)。

S:
でも、12星座は全部ちゃんと書いてますから(笑)。

Z:
今日は良い話でしたよ。

S:
最後はちゃんとオチました?

Z:
バッチリです!

ありがとうございました。

S:長々とお疲れさまでした!

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"いちご新聞"を開いた時の感動を今も持ち続ける...。

歳を重ね、環境の変化で風化してしまう幼い心はいつまでも大事にしたいもです!

その純真な心は大きく作品に反映されています!

あれこれ考える前にまず始めることが重要であり、飛び込んでこそ物事が進み始めると感じます!

これからのSASUの制作活動はもちろんのこと、パートナーKAMIとのプロジェクトHITOTZUKIにも大注目です!!!

今月の8月4日〜7日迄!HITOTZUKIで!参加しているそうです!

皆さん是非!会場に足を運んで下さい!

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展覧会名:BASARA

開催期間:2010年8月4日(水) ー 7(土)

☆営業時間:11 : 00 - 20 : 00

☆オープニングレセプション(刺青師:SHIGEの刺青作品を纏う約12名の方々による刺青披露有り)

2010年8月4日(水)19 : 00 ー 21 : 00 入場無料

開催会場:スパイラルガーデン [スパイラル1F] 入場無料 

港区南青山5-6-23 tel:03-3498-1171  http://www.spiral.co.jp/

主催・企画・キュレーション:天明屋尚

出展予定作家:池田学/伊島薫/井上雄彦/井上裕起/上田順平/歌川国芳/河鍋暁斎/金理有/三代目彫よし/SHIGE/月岡芳年/辻野裕明/天明屋尚/豊原国周/中島靖貴/成田久/野口哲哉/HITOTZUKI(KAMI+SASU)/松山淳/丸若屋+上出長右衛門窯/村山留里子/山口晃/横尾忠則

その他出展予定作品:印籠/織部茶碗/鍔/変わり兜/簪/縄文土器/煙草入れ/デコ電/族車/デコトラ、他




SASU其の三

10/07/19

SASUさんインタビュー其の三!

カナダでの生活、もうひとつの大きな出来事、友情、出会い...

そしていよいよペンキ片手にビッグウォールの前に立つ!!!

Z:
100万円は何ヶ月で貯めたのですか?
S:
1年ぐらいかかったんじゃないかな。

とにかくそのお金でカナダへ行って、まず友達から7万円ぐらいで車を買いました。それで少しずつ行動範囲を広げていって。

毎日が自由な生活で...で、大丈夫ですか? インタビューの時間?

Z:
全然、大丈夫ですよ。

いきなりそこを気にしてるんですか(笑)。

全然オッケーです!

S:
じゃあ良かったです(笑)。

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Z :
カナダはどうでした?

S:
とりあえず毎日のようにスノーボードをしていました。

かと言ってプロになりたいとかは全然無くて、遊びながら日本食のレストランなんかで働いていましたよ。

仕事以外の日は、食べたい時に食べて、寝たい時に寝て、、毎日好きに遊んでましたね、人生の中で本当に一番緊張感なかったかもしれないです(笑)。

Z:
緊張感がないというか、心底エンジョイですよね。

S:
そうですね(笑)

夏は夜でも明るいから昼から夜まで遊んでましたね。

夏も氷河でスノーボードできるし、夜はフライフィッシングやってみたり。リゾート地だったからレストランも買い物も、映画館も全部揃っていたんですよね。

車で国境を越えてアメリカのアウトレットに買物に出たり、モーテルを点々としながらシアトルを下って、サンフランシスコ〜ロスとか。旅にも良く行きました。

Z:
最高ですね!今はできないですから。

S:
自分の中で一番自由な時間でしたね。

Z:
だから英語が喋れるんですね。

S:
喋れてるかわからないですけど、とりあえず日常会話の基本は、そうですね。

Z:
どうして英語が喋れるのかな? って思ってたんですよ。

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S:
でも、着いた初日はマクドナルドで注文もできなかったんですよ(笑)。

全く勉強せずに行っちゃって、面食らっちゃいましたね。

それで友達に『 今日だけお願いだから代わりに注文して! 』って頼んでもらったんですよ。

Z:
(爆笑)!それで次からは自分で注文できたのですか?

S:
そう、少しづつ教えてもらったんですよ。

頼むときは、Can I have〜とか言うんだよって。

そこからCan I haveしか言えなかったですけど(笑)。

Can I have Big Mac Set? みたいな。

Z:
海外のビッグマックセットってメチャクチャデカいですよね。

S:
実はカナダのマクドナルドでもちょっとだけ働いてみたんですけどね、日本人のいない所で働いてみようと思って。

そしたら表に出ているのはキレイなカナディアンの女の子で、裏方は私以外メキシカンやフィリピンの人だけなんですよ、

Z :
すごい状況ですね、

S:
英語を勉強しようと思って入ったのに、ほとんどフィリピン語だったんです。

わけがわからなすぎて、ひたすらパティーを焼いてました。

働いてる人のサイズも大きかったですよ、

Z:
全部がデカイですよね、コーラとかビビりますよ。

S:
それで、Can I haveから入って、一歩一歩勉強していったんですよ。

本当に色々と楽しい時間だったんですけどね、そんなこんなで1年ぐらい経った頃に、大きな出来事があるんですよ。

いきなり重くなるんですけど、弟から電話がかかってきて。

『 お姉ちゃん...お母さんが余命3ヶ月だからすぐ帰って来て 』って。

Z:
ええ!

S:
ほんとに突然の発覚で。

末期癌だったんです。

それですぐに、1年分の荷物を1日でまとめて飛んで帰りました。

帰ったらお母さんは意外とピンピンしていて、帰って来たの? みたいな感じで。

入院はしていたんですけど、全然平気そうだったんですよ。

でも、もう癌が転移してて手術ができない状況だったんですよね。

そこから人生が大逆転でしたね。

そんな風になるなんて思ってもみなかったから...

気付いたら実家で、兄と弟と交代で病院に通って、おばあちゃんと家族の食事作って洗濯して...これが私の模索してきた人生の結末なんだ...と思いましたね。

Z:
それは何歳の時ですか?

S:
22歳ですね。

Z:
まだずいぶん若い時ですね。

S:
そうですね、それからしばらく色々と考えましたね。

なんでこういう事が自分に起こるんだろうって。

友達に会っても暗くなっちゃうし、あまり会えなくて。

それで気晴らしに近所の図書館に行ったんですよね、自分の運命の意味が知りたくて。

Z :
なるほど。深い所まで行ったんですね、

S :
そこで色々本を読んだんですよ、神さえ信じれば救われるみたいな本もあったんですけどね、それじゃあ全然納得できなくて。

それで知るんです、色々な出来事が起こるしくみを。

Z :
??

S :
色んな事がうまく行かなかったり、母親が亡くなったりしたのは、自分の運が悪いせいで、どこかで自分は幸せになれないんじゃないかと思っていたんですよね。

そういうのは自分の力で変えられないものだと思ってたんです。

ましてや理想の未来なんてとうてい届かないものだと思っていて。

でも、色々学んでいくうちに画期的な希望を見つけたんですよ、単純なんですけどね、やった事は自分に還ってくるとか、そういう話です。現実は全部自分が作っているなんて、考えた事なかったですから。

それなら、この先不幸になるような原因は一切作らないようにしようって思ったんですよ。

Z :
きましたねー(笑)

S:
本当に辛かったんで。

この先とことん幸せになるように頑張るしか希望がなかったんですよね(笑)

Z :
そうですよね、

S :
自分が気をつけていても起こる事は起こると思うんですけど、とにかく理想の未来を作るのにできる事は全部やってみようと思ったんです。

そしたら、何かあっても後悔しないで済むかなと。。

Z :
それでKAMI君と会ったんですか?

S :
その時はまだまだですね。

はりきった所で、、やっぱり少しずつでした。
健康の事とか、あまり考えた事なかったんですけど、まずはそこからだなと思って最初にヨガの本を買って朝晩毎日やり始めたんです。

それから心と体のしくみがどうとか、心理学とか、精神の話とか、、理論的な方も興味が湧いて、自分なりに必要な事を勉強していったんですよ。

それでだいぶ落ち着いて、ゆっくり色々と振り返ることができたんです。

Z :
良かったですね、

S:
ポンピーは、何かになろうとかそういう事を考えずにいつのまにかやっていたんですよね。

持って生まれた才能が誰しもあると思うんですけど、それを生かすことが出来れば無理をしなくても自然と上手くいくような気がしたんですよ。

外に目がいっていて、気付かなかったんんですよね、それで、またちょこちょこ描き始めたんですよ。

周りもそろそろ自分の好きな事をやったら、っていう感じだったから、カナダの友達の実家にホームステイというか、ご両親とも仲が良かったので、行ってみたんですよ。

Z :
また行ったんですね、

S :
そこでその友達と、ルームメイトの子が私の描いたイラストを見て、描いた方がいいって、一緒にスケートパークに描こうって誘ってくれたんですよ。

Z:
おお! ヤバいですね。

S:
そこから皆でWALMARTに行って、これで描くんだよ、ってKRYLONていうスプレーが並んでいて、その色を見たときにすごくワクワクしたんですよ。

サンリオっぽい色がいっぱいあったんですよ。

それでスケートパークに何日か通って忍者を描いたんです(笑)

今思うとヘタっぴだなーと思うんですけど、初めての充実感で。

描き終わってからしばらくぼーっとしていたら、夏なのに空にオーロラが出たんですよ... そんな事めったにないですからね。

感動しましたよ。

何かこう、全部がシンクロした感じで。

sasu97.jpg

Z:
なるほどね。

S:
それで帰国してしばらくしてから、AWAっていうフリーペーパーに描いたのを色々載せてもらっていたんですよ、そこにダイコン君とか、今も繋がっている人達が色々と載せていたんですよね。

STORMYとかに置いてあったんですけど。

Z:
旦那も投稿してるじゃないですか(爆笑)!

K:
僕もSASUをこれで知ったんですよ(笑)。

S:
ダイコン君もそれにすごくいい詩を描いていたりしてましたよ。

Z:
これまたポンピー節出まくってますね!

S:
いろいろあったから1から出直しで、リハビリみたいな感じですよね。

そこでKAMI君って人が絵を描いてるって知ったんですよ。

それで、ラスタカシ君知ってます?

Z:
ええ、知ってますよ。

S:
タカシ君って占星術にすごく詳しいんですよね。

私、牡羊座なんですけど、色々教えてくれたりして。

それでラスタカシ君と遊ぶ日に、『SASU、今日KAMIって友達がニューヨークに行くんだけど、空港まで送りに行くの付き合ってくれない?』って。

普通に遊ぶ約束が、急遽彼を空港に送るっていう目的に変更になったんですよね。

それで私も一緒に空港まで行ったんですよ。

それで、いつ帰国する?っていう話になって、私はまだカナダに荷物が色々あって、一週間後にそれを片付けに行く予定だったんですけどね、偶然にも私が帰国する日と彼がニューヨークから帰ってくる日が同じだったんですよ。

それでタカシ君が、じゃあまた空港に迎えにきてあげるよ、って。

Z:
良い人ですね、ラスタカシ君。

S:
そうなんですよ。

それで、空港でまた再会したんですよ。

でも、彼はちょうどニューヨークで色々描いてきた時だったから、早く帰って思い出にひたりたいっていう感じで(笑)私は私で色々片付けなきゃいけなかったし、お互い特に興味なしっていう感じでしたね(笑)。

その後、また普通に遊ぶようになって、"ポンピー"の欠片みたいな作品を見せたら、『アツい!』って、もっと描いたほうがいいってプッシュしてくれたんですよ。

それで、今度またニューヨークの仲間とBARNSTORMERSっていうペイントツアーに行くから、行ってみる?っていう話になったんですよ。

Z:
そうなんですね〜。

S:
その頃も実家で家事をやっていたんですけど、父親もおばあちゃんも、自分で炊事とかできる様になっていて。

それで私も、第4の人生を始めようと思って。

Z:
第4(笑)。

S:
それで最初のBARNSTORMERSに行くんですけど...まずはニューヨークで皆を紹介してもらって。

KAMIl達はブルックリンの壁に皆で描くっていう話になっていたんですけど、私はまだ新入りですから(笑)一人でデイブのスタジオに待機だったんですよ。

そしたらデイブが、スタジオにあるペンキ使って、このパネルに描いていいよ、って言ってくれたんですよね。

でも、改めて描くってなると何を描いていいかわからなくて。

ただ、何かの真似じゃあ通用しない、っていうのは感じていて。

まずは皆に自分がどんなものを描くのか伝えるっていう感じでしたからね。

それで、とりあえず葉っぱとかリンゴとか、自分が描けるものを対称に並べていったんです。

それで曼荼羅みたいなのが出来たんですよね。

Z :
そうだったんですね、

S :
それで出来上がったのを見せたら、これをノースキャロライナに持って行って、張り付けようって。
そこから、BARNSTORMERSのツアーに出発したんです。

sasunc2000.jpg

でもノースキャロライナって本当に田舎だし、雑草だらけだし...最初のツアーは本当に過酷でしたよ。近所の人の家の庭でキャンプだったんですけど、雨も降ったりして。

描く壁が高すぎて、はしごも怖いし、正直半べそで(笑)。

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S :
それに私は皆んなにもまだまだ知られてないし、とにかく描いて伝えるしかなかったんですよね。

それでKAMIにコソコソッと、上のほう描くの怖いから下の方だけにしようかな? って弱音を吐いたんですよ。

そうしたら、『日本に帰ってから絶対に後悔するね、やっぱり描けば良かったって。』って言われて。

K:
そんなこと言ったっけ?

S:
言われた(笑)。

Z:
KAMI君も熱い男ですね!

S:
熱いっていうか、スパルタですよ、こっちは初めての仲間とツアーなのに。

誘っておいて、あとは自分でやればっていう感じで。

このヤローって思ってました(笑)

でも、追い込まれると燃えるタイプなんですよ、私(笑)!悔しくて、高い所は目をつぶりながら描きましたね。

sasunc2000kumosha.jpg

完成してから周りの皆に、『SASU、あれはプロジェクターを使わずに描いたのか?』って言われたんですよ。

それでもしかしたら私、大きな図形とか対照を取るの得意かもしれないなって思ったんです。

このスタイルを大事にしよう、育てていこうと思ったんです。

Z:
そうだったんですね。

S:
ホントに。

このツアーでの経験は大きかったですね、とにかく良いのを描けば次に繋がるっていう手応えを感じたんですよ。

それからヨーロッパの方でもショーに呼んでもらえるようにもなって、グループ展なんかは色んな国の人が集まるから 。

しっかりといい作品を残せばそれを見てまた誰かが呼んでくれて、っていう感じで、一回一回緊張感ありましたけど、そういう感じで形を進化させていったんですよね。

berlin03.jpg

S:
それで...10年経って今に至るという感じです。

Z:
六本木ヒルズの!

S :
そうですね(笑)

Z:
おっ! ケツがくっ付きましたね!なるほど、"ポンピー"から(笑)。

S:
そうなんですよね、いつのまにかこれが理想の現実に近づいている事なのかもしれないですよね。

BARNSTORMERSのツアーからもちょうど10年経つんですけど、やっと色々な意味でスタート地点なのかなって思うんですよね。

次回のインタビューは?7月26日月曜日です!!!



SASU其の二

10/07/12

SASUさんインタビュー其の二!!!

"ポンピー"精神のまま、高校へ!

環境の変化と心の葛藤、それにもめげずさらに新聞活動を進めていくと思いきや...

180度転換し、劇的変化の思春期へなだれ込み!!

S:
それで高校へ進むんですけど、高校に入ると違う人生が待ってるじゃないですか。

Z:
そうですね。

ルーズソックス?

S:
じゃないんですよ、

私達の頃はポロのソックスでしたよ。

Z:
コギャルのちょっと前ぐらい? の感じですかね。

S:
ローファーでトラッドな感じだけど、スカートは短い、っていう感じですね。

周りは洋楽を聞く人も増えてきたり、色々と情報量も多くなってきますよね、

最初の頃は文通も来てたんですけどね(笑)

Z:
高校になっても続いてたんですね!

S:
文通だけは少しだけ。年上の広島県の人で、春休みに東京に行くから会おうって事になって、原宿の竹下通りで初対面しました(笑)。

そのあと高校の入学祝いに、例のポロのソックスを手紙と一緒に送ってきてくれたり。

K:
それって女の子なん?

S:
もちろん全員女の子ですよ(笑)。

Z:
男だったら怖いでしょ(笑)。

K
実はオッサンとかやったり?(笑)

S:
違うよ(笑)!

みんな超女の子だよ。年上のお姉さん。

Z:
ちょっと待って下さい。

オッサンが"ポンピー"入ってたらメチャクチャ危ないでしょ(笑)。

いちご新聞読んで...ド変態ですよ(笑)。

どうします? 女の子になりすましたオッサンだったら(笑)。

S:
それ、今ならありえるかも知れないですね(笑)。

でも当時は手書きですよ、相当字体が女の子じゃないと厳しいですよ。

Z : 
確かに(笑)

S:
それで...そんなこんなしているうちに、自然と手紙を書く回数が減ってきたんですよね。

返事をするのが2週間に1回になり、1ヶ月になり、、

Z:
自分で会員を集めておいたのに(笑)。

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S:
やっぱり高校生活の刺激が強過ぎたっていうか。

今までの環境とはまったく違いますからね。

電車に乗って通学するようになりましたから(笑)

校則もかなり自由だったし、結構好き勝手にできましたから。

学校帰りにサイゼリヤ寄ってお茶してカラオケ行くとか(笑)

共学だったんですけど、男の子もわりと積極的で楽しかったですね。

Z:
そうですね。

毎日"ポンピー"やってたのに、電車乗って違う世界を見てしまったんですもんね。

地元を離れての新しい世界と遭遇ですね(笑)。

S:
何で笑ってるんですか(笑)。

Z:
笑わないとダメでしょ、これは(笑)。

真面目に聞いてたら危ない奴になってしまいますよ。

ここはみんなでとりあえず"ポンピー"で笑っておきましょうよ。

S:
??(笑)。

そういう流れで"ポンピー"から離れていくわけです。

その代わり授業中に回す手紙のクオリティは高かったですよ、

1時間に4枚ぐらい余裕で書いてましたね。イラスト付きで(笑)とにかく高校生活に流されるだけ流されました。

恋愛だ、先輩だ、他校だ、コンパだ、みたいな感じで。

Z:
"ポンピー"からコンパに行ってしまったんですね(笑)!

S:
初めて知ったそのコンパとかいうのに行ってみたいじゃないですか。

コンパって何!? って、とにかく興味津々な年頃ですから。

でも、結局コンパに行っても私のハートの根本は"ポンピー"なんですよ(笑)。

Z:
ハートがね(笑)。

S:
そう。

コンパって、基本その場限りで楽しけりゃイイ! みたいな感じじゃないですか、私はもっと何かこう、ひとつのことを語りたいというか。

完全にコンパ向きじゃないですね(笑)

そういう想いでコンパに行ったりしちゃうと儚さだけが残るんですよね。

Z:
壮大ですな、それは(笑)。

S:
だったら行くなって感じですよね(笑)

本気で友情をはぐくもうと思ってましたからね。(笑)

Z:
建設的じゃないですもんね。

今まで一歩一歩積み重ねてきたんですから。

S:
いちごの王様のメッセージをずっと読んでましたから(笑)。

今でもまだありますからね、ここに ...

"本当に必要なのは助け合いの精神です"って書いてますよ(笑)。

Z:
そうやって生きてきたから、適当にはできないですよね。

かなりいちごの王様に刷り込まれてますね(笑)。

S:
でも、良い教えを知れば知るほど、逆も知りたくなるっていう(笑)

たち悪いですよね、でも色んな現実を知りたかったんですよ。

外から見るとチンプンカンプンだったんだと思いますよ。

とりあえず、バカバカ言われましたから、本当に。自分なりに道理にかなって全部動いているんですけどね。

Z:
そうなんですね、

S :
好きな科目は頑張って勉強して100点取って、苦手な数学は何もやらずに毎回0点で補習で呼び出しとか。

できるのかできないのかどっちなのって、良く言われましたよ、ホント極端なんですよね。

K:
やっぱりそれは昔からなんや。

S :
だから最近は自覚だけはするようにしているんです、エチケットとして(笑)

K:
で、なんでお前卒アルでカラーコーン持ってんの?

S :
??!

わかんない、そこがバカだったんじゃないの?(笑)

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K:
"金貸して"はやばいな、、山崎君。

Z :
思い出がいっぱいできましたね(笑)

S :
そうですね(笑)

学校の帰り道に大きい橋があって、その橋の中に入れたんですよ、中が空洞になっていて。

そこに友達と後輩とで段ボールとか毛布とか持ち込んで、基地を作っていたんですよ。

喫茶店に行くお金もないし、そこで毎日溜まっていたら、近所の人が橋の所からへんな音がするって、宇宙人かもしれないみたいな噂になっちゃって。

最後は色々大変だったんですけど。

そういう遊びの経験は本当に良かったですよ、工夫しますからね、色々知恵を絞って。

そこがアイデアの元になりますから(笑)

今はすごく真剣にやっているので自分としては、とてもまともに生きていると思いますけどね。

Z:
なるほど。

それで進学ですか?

S:
はい、進学の話になった時に 、母親はpom-p精神を見ていたからか芸術方面に行かせたがっていたんですけど 、

親友が芸大受験するからって毎日予備校通ってものすごく勉強していたんですよ。

それを見て、芸術っていうのは私には本当に無縁の話だと思ってました。

それより私は海外に興味があったんですよね。

それで旅行会社の学校に行くか、イベントコンパニオンとかの学校に行くかとか、色々迷ったんですよ。

Z:
ええ!?

S:
ビジネス学院みたいな所に、色んな課があって。
その頃車のゼロ四レースとか見に行ったりしてたんですよね、大黒でしたっけ?そういう所とかも。

それで車もかっこいいし、楽しそう!ってかなり軽卒な理由ですよ。

それで迷って ...

Z :
で ...どっちに?

S:
結局、旅行業界へ行きましたね。

やはり将来的には知的に行こう! と思ったんですよ。

色んな国に行きたいと思って。

それも今から思えば軽卒でしたけど。

Z:
インタビュー的にはキャンギャルへと進んで欲しかったですね(笑)。

S:
そうですか(笑)。

それで旅行の学校は新宿方面ですよ。

Z:
さらに刺激が強くなってきましたね。

S:
その時一緒の学校で知り合ったのが、今はプロスノーボーダーの友達で。

Z:
はいはい。

S:
その子との出会いは大きかったですね、すごく仲良くなって、二人で冬山のペンションに一緒に住み込みで働いてました。

"ペンションアリス"っていう(笑)彼女はその頃スノーボードを始めて、一人で朝早く起きてスコップでジャンプ台作って特訓してましたね(笑)

勉強以外の事で、真剣に何かに打ち込むとかそういう楽しさを知ったのもこの頃で。

それで10数年後に再会して彼女モデルのスノーボードのデザインをやる事にまでなったんですよね、

私はまだペイントもやっていなかったし、MTBなんかも乗っていましたから、当時はまさかこんな事になるとは二人とも思ってもみなかったんですよ、

Z :
いきなりMTBですか?

S :
そうなんですよ。まあ色々あって、何かを始めたい! って思ったんですよね。

高校の時はほとんどスカートしか履かないっていう感じだったんですけどね、ぱっと思い立って突然買ったんです、色々調べて13万円貯めて。

初めて自分の為に大きな買物をしましたね、髪の毛もばっさりショートに切って。

Z:
すごいですね(笑)。

ポンピー→ギャル→MTBですからね(笑)。

S:
分け分からないですよね。

自分なりに理由があったんですけどね。

Z:
そういえばバイクも乗ってませんでした?

S:
実家がバイク屋なんですよ、お父さんが元々レースをやっていて。

それは全然関係なかったんですけど。

父は私が原付に乗るのも反対でしたから。

Z:
それで自転車にハマってからは?

S:
それからは...
一人であちこち動きましたね、そのうちBMXやレース関係の人と色々知り合って。

それなりにやっていましたよ、

Z:
レースは勝ったことがあるのですか?

S:
一応、優勝もしました。

女の子4、5人しかいなかったので(笑)

最終的にダウンヒルなんかも誘われて、やってみてはいたんですけど、だんだん怖くなってきちゃいましたね。

Z:
あれは怖いですよね。

死んでしまう可能性もありますから。

S:
そうなんですよ、自分でも突っ込める限界を超え始めてるなって感じがあって。

上を目指そうと思ったら本気でやらなきゃいけないですからね。

周りの人はプロでやっていましたからね、自分は遊び程度だなと。

これ以上は無理だって思いましたよ。

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Z:
それでヤメたのですか?

S:
それで、カナダへ行ったんですよ。

Z:
いきなり?

意味が分からないですね(笑)。

またなぜ?

S:
もともと海外に住みたいとも思っていて。縁があったんですね。

Z:
独りで行ったのですか?

S:
そうですね。たまたま知り合いから、女の子だけで住んでる家があって一人ルームメイトを探してる、って。

それで行くことを決めたんですよ。仕事して100万円貯めて。

Z:
100万円はかなりすごいですね!

何のバイトをしてたのですか?

S:
かなり掛け持ちをしてましたね。

基本は某ホテル会社の東京支部で一応OLです。

一応ホテル業界も旅行業なので。

色々なホテルの社長さんと二人でディナーなんていう機会もあったりするので、はんぎょどんのマナー講座が役立ちましたよ(笑)

Z:
そうなんですね、"いちご新聞"がそこでも役立つ訳ですね(笑)

S :とにかく色んなアルバイトをやりましたね、ウエイトレスから色々と。

幅広く(笑)お酒ほとんど飲めなかったんですけど、1日だけ飲み屋さんで働いたこともあったんですよ。

S:
2時間ぐらいですけど、、

Z:
2時間(笑)!?

S:
苦痛だったので(笑)。

Z:
分かります、分かります。

飲んだ後にどこか行こうって誘われても困りますしね。

S:
お客さんがまたいい人だったんですよ、『あなたはこの仕事向いてないからやめなさい』って(笑)

Z:
"ポンピー"には無理ですよ(笑)。

節目節目で"ポンピー"が役に立ってるじゃないですか(笑)。

正しい道に修正してくれてますよ。

S:
そうですかね(笑)だったらやるな、って感じですけどね。

経験だけは宝ですね。

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ペンを持った少女が突然アクティブに爆走!

そこに"静"と"動"が生まれる!
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00万円を手にしたSASUがカナダで出会ったモノとは!?

次回、いよいよ現在の彼女の姿に繋がります!!!

次回更新日は7月19日月曜日です!

SASU其の一

10/06/28

今回のZERO MAGAZINEインタビューは?

心に浮かんだ"種"を壁に植え付け、それはやがて"花"のように広がる...強く、優しく、シンプルで複雑に織りなす図形は人を引き込むパワーを持つ!

アーティスト、SASUさんです!

HITOTZUKIとしてパートナーでもある旦那様のKAMI氏も相の手を入れる素敵なインタビュー!

sasuzero1.jpg

ZERO MAGAZIN(以下Z):
じゃあ、始めます。

SASU(以下S):
あれ? アドリブ系ですか?

Z:
そうですよ。

メチャクチャ適当ですから。

インタビューの時に、質問の項目ってないのですか? ってよく訊かれますけど、いつも行き当たりばったりですから。

書いてきたほうが良かったですか?

S:
いやいやいや、全然(笑)。

『 今日の訊きたいことはコレなんです... 』ってそういうのないんですね、

Z:
だから全部が同じインタビューになると思うんですよね。

ミュージシャンとか新しいアルバム出たら、そのことを訊くってパターンだったりするでしょ?

自分がインタビューする時も結構なタイミングでニューアルバムが出てたりするんですけど、その事一切きいてないですからね(笑)。

そこは他の雑誌で読んで下さい! って感じなので。

S:
なるほどね(笑)。

では、ZERO MAGAZINEはZERO MAGAZINEのスタイルでやって下さい。

Z:
そうですね、我が道を行きます。

で、最近どうですか?

S:
最近は...なるべくゆっくりするようにしていましたね。

ちょうど展覧会に参加して制作が終わったところなんです、

Z:
六本木のやつですか?

S :
そうです、六本木クロッシングっていう展覧会なんですけど。

この話は後でにしますよ、そのほうがZERO MAGAZINEらしいでしょ?(笑)

HITOTZUKI.jpg

Z:
そうですね、(笑)じゃ、先に行きましょう、

ところで、絵はいつから描いてるのですか?

S:
それもいきなりですね(笑)

壁画とかの事ですか?

Z:
いえ、いわゆる絵ですね。

S:
イラストみたいなものは小学校の頃からですね。

当時、サンリオが出版していた"いちご新聞"っていうのがあったんですよ。

今でもあるんですけど...
その80年代の中に、私の原点となるシーン?があったんですよね(笑)。

Z:
サンリオで(笑)?

S:
そうですね。

サークル活動みたいな事かな?

"いちご新聞"の中に読者同士の掲示板みたいなコーナーがあって、そこでゆずります、買いますみたいなものから...

『 ○○倶楽部作りました。入りませんか? 』って、読者の子が色んなテイストの倶楽部を作っていて、そこで会員募集するんですよ。

Z:
倶楽部に入ってました?

S:
私、作ってたんですよ。

Z:
自分で(笑)?

S:
そう(笑)。
倶楽部というより、雑誌みたいなのを作っていたんです。コピーして。ホチキスで止めて。

今で言うとZINEですね。

そこに自分で考えたキャラクターとかイラストを載せて、お菓子の作り方を書いたり占いとか、エッセイ気分で文章なんかも書いたりして(笑)

それを会員になってくれた子に郵便で送るんですよ。

Z :
そんな活動をされていたのですね。

S :
はい。(笑)

Z:
メンバーは何人ぐらい?

S:
15人ぐらいいたのかな。

Z:
かなり居ますね!

S:
広島とか、愛媛とか、北海道の子とか、色々です。

でも後で恥ずかしくなってその時の原稿ほとんど捨てちゃったんですよ。

少しだけ残しているのがあって、これとか表紙なんですけど。

ここに"1989年5月25日"ってありますよね。

こういうのをやってたんですよ。

Z:
え? これ全部自分で描いたのですか?

S:
そうです。

Z:
これは何歳の頃描いたのですか?

S:
小学校6年ぐらいかな。

Z:
メチャクチャ上手いじゃないですか!小学校6年の割にはすごいですよ。

sasuzerofuroku.jpg

S:
これとかは中学生の時かな。

もともと学校でも図画工作は好きだったんですけど、風景画とかを描くとすぐグラフィカルな感じになっちゃうんですよね。

葉っぱとかお花とか、抽象的になっちゃうっていうか。

それで先生に直されたりして、それなりに気にしていたんですよね、

それで多分"いちご新聞"の世界に出会った時、私でもイケる!!って思ちゃったんですよね(笑)。

Z:
そうなんですね(笑)。

Z:
"ラッキーナンバープレゼント発表!" って書いてますね(笑)。

S:
プレゼントコーナーもやってましたよ。

かなり強引ですね(笑)

付録も毎回付けていたんですけど、厚紙にコピーして、トランプを作ったりレターセットを付けたりしましたね。

Z:
メチャクチャやってますね!

"トランプ切り取って遊んでね。輪ゴムでまとめておこう!なくした時にね"って書いてあるじゃないですか(笑)!

これは小学生にしてはレベルが高過ぎますね。

これは何ですか?

S:
これは自分の作った雑誌がどうやってできるかを書いた別冊の付録です。

Z:
細か過ぎますね(笑)。

S:
そうですかね(笑)。

Z:
ちょっと待って下さい、これは"ポンピー"っていうのですか?

S:
そうなんですよ、Pom-Pです(笑)。

Z:
"FOR CUTE GIRL"って書いてますね(笑)。

見た人はドキドキしますね(笑)。

sasuzero2.jpg

S:
あ、でも読んでる子みんな女の子なんで(笑)

会費も雑誌一冊分で、切手150円分送ってもらうんですよ。

制作費を100円として、50円はコピー代とか別の倶楽部の為に使ったりするんですよ。

Z:
50円って(笑)。

かなり細かいですね。

S:
その頃の物価的に100円以上は取れなかったですからね。

あ、それで最近"いちご新聞"って今どんな風になってるのかな? って買ってみたんですよ。

これこれ、こういうのです。

Z:
ほ〜う。

S:
久しぶりに買ってみたんですけど、やっぱり内容は、時代ですね。

当時のものとはだいぶ変わっていましたよ。当時のはキャラクターも手描きがほとんどで、作者の秘話があったり、ケーキの作り方とか、外国のお話とか。かなりメルヘンな感じで小学生にはワクワク感そそる新聞だったんですよ。

Z:
なるほど。

これはいくらで売ってるのですか?

S:
150円でしたね。

今は200円みたいですけど、150円っていちごの15なんですよ。

Z:
安いですね。

S:
しかも毎月15日発売で(笑)。見開きのポスターと付録も付いてくるんですよ。

ポスターは、今思えばアートみたいなものですね、毎月デザインが変わるから好きなポスターは壁に貼りましたね。

あ、コレ知ってます? 知らないかな〜(笑)。

sasuzerogpd.jpg

Z:
ゴロピカドン?。知らないですね(笑)。

S:
私それすごく好きだったんですよね(笑)。

これは一回ボツになったキャラクターだったんですよ、それをボツキャラ人気投票みたいので選ばれて、商品化されたんですよね。

占いがあったりとか、小学生がハマりそうな感じでしょ?

Z:
そうですね。

"心のハーブVol.32"(笑)。

S:
そんなポエムとかもあるんですよね。

当時はD.I.Y精神満載でしたよ。

Z:
そういえばSASUのキャラクターあるじゃないですか。

何でしたっけ?

S:
ピカリコちゃんとか?

Z:
そうそう。

あれは絶対サンリオだなって思ってたんですよ。

S:
そうですね、多分私のルーツはサンリオかもしれないですね。

えっと...ちょっと待って下さいね。

昔のが確か..10冊ぐらいあるんですけど、

あ、これですよ。

Z:
ちょっと見せてもらって良いですか?

S:
ほらほら、憶えてます? こういうの。

Z:
憶えてないですよ。

サンリオ知らないですから(笑)。

S:
あ、そうですか、知らないですか?

"ザ ボードビル デュオ"って言うんですけどね。

これにはちょっと大人っぽさを感じていましたね。

私はキティちゃんとか、キキララ(正しくはリトルツインスターズって言うんですけど)みたいな感じよりも、もうちょっと違うのが好きだったんですよ。

フィリックスも好きでしたね。

フィリックスは知ってます?

Z:
はいはい、あの猫ですね。

S:
フィリックスもサンリオで商品が出ていたんですよ。

Z:
そうなんですね。

あの黒い猫でしょ?

S:
そうそう。

Z:
あれは自分も好きでしたね。

S:
一応自分の中で、絵柄は好きでもグッズは持ちたくないキャラクターと、グッズとして持ってもOKなキャラクターみたいなのがあったんですよね。

フィリックスは、持っていても格好いいって思ってましたね(笑)

タキシードサムの初期の頃の貯金箱も良かったですね、キキララはジュエリーボックスを持ってました。

多分、今ってあんまり売れないのかも知れないんですけど、中性的なキャラクターっていうか。可愛いとかっこいいと面白いの間の、そういうキャラクターが多かったんですよ。

"りぼん"とか"なかよし"の時代に、そういうのがすごく新鮮に感じたんですよね。

Z:
これ見ると"座敷ブタ"っていうのも載ってますね。

S:
そうなんですよ(笑)。

当時、120個ぐらいのキャラクターの名前全部言えましたからね。

Z:
マジですか(笑)?かなり燃えてますね。

ここに、いちごレポート100名募集! って書いてますけど?

S:
それも申し込んだの(笑)。

入れなかったんですけど。

Z:
一応、送ったんですね?

S:
ええ、まあ(笑)。

Z:
本気ですね!

S:
いちご新聞は、マナー講座もあったりして。ハンギョドンがマナーを教えてくれたりするんですよ。

Z:
ハンギョドンに教えてもらったのですか(笑)?

S:
そうですよ。ナイフとフォークの使い方とか。初歩的な事がいろいろ書いてありますから。お年寄りに席をゆずるとか、そういう事もね。

それを見て、こういう事ができる人ってお洒落だな〜って子供ながらに思うんですよ。それと、やっぱり会員募集のページですね。

他の人が作る新聞も楽しかったですよ。

Z:
この人とかもかなり上手いですね。

S:
そうそう!それは PIN CLUBの会報です(笑)

雑貨とか、おまじないとか映画の情報とかが書いてあるんですよ。

Z:
自分で開催して、倶楽部にも入ってたんですね(笑)。

S:
こういうところに自分の描いた絵なんかを投稿するんですよ。

投稿していたのはここぐらいですけどね、倶楽部の中でも面白い雑誌を作る人と、みんなの真似をしているだけで、会費だけやたらと高かったり、色んな人がいたんですよ。

後者みたいな人はどんどん辞めていっちゃうんですけど、中でもこの人はすごかったですね。

年上のお姉さんがやっていたんですけど、結構仲良くなって、文通もしたりしてたんですよね。

それで連絡先が残ってたので、7年ぐらい前に手紙を書いたんですよ。いまだに一度も会ったことない人なんですけど。

私自身、こういうことを経て今の活動をしてる訳じゃないですか。

Z:
そうですね。

S:
その人はどうしてるんだろう? ってふと思って。手紙を書いたら返事が来たんですよ。

Z:
おお!アツいですね、それは!

S:
返事の手紙にプリクラが貼ってあって、"私はもうかけ離れたことをしてて...って書いてたんですよね。

その写真見ると、頭がかなり盛られていて。

別の"クラブのお姉さん"になっていたんですよ(笑)。

"今はコスメやブランドに興味があって...今の自分の事を知ったら引いちゃって連絡取りたくなくなるかも知れないけど..."って男の人とのツーショットプリクラ付きで(笑)。

Z:
アツ過ぎる(笑)!

S:
それからすぐに連絡しようって思っていたんですけど、タイミングを逃してしまってまだ連絡できてないんです。

Z:
それはもう、今日返事を書きましょう!

六本木で展覧会やってるから来て下さいって(笑)。

S:
書くべきですかね(笑)。

Z:
でももう髪の毛モッてないかも知れないですね、7年前ですから。
 
PINバザールもやってたのにね(笑)。

S:
この人はすごい人でしたよ。本当に。

Z:
イケてますね、この人。

sasuzerorara.jpg

S:
ここには私、ララちゃんって名前で投稿してたんですよ。

自分の観た映画が良かったとか、イラストとかを紙に書いて送ると載せてくれるんですよ。

Z:
"男の友情は素晴らしい。ビデオを借りるならこれだ!SYAND BY ME"って書いてますね(笑)。

ビデオに時代を感じますね。

ちょっとタッチがさくらももこに似てないですか?

S:
そうです、それはまさにさくらももこに影響されていますね(笑)

Z:
これは何歳ですか?

S:
これは中学2年ぐらいかな?

Z:
え? 中2でこれをやってたんですか?メチャクチャ純真ですね!

S:
バリバリやっていましたね(笑)。

家に帰ったらまず郵便ポストを見ていましたからね。

だから私のベースはこの世界にあるんですよ。

Z:
頑張ってますね〜。

S:
そうですね〜。

プレゼントコーナーなんて自分のお小遣い使ってやってましたから。

交換日記とか、文通なんかもやっていましたね。

そういうのが好きだったんですよ、それで、そうそう、その延長で中学校の時にクラスの新聞係をやったんですよね。

これです。

sasuzeroigaguri.jpg

Z:
"いよいよ最終号! このイガグリ新聞も!"って書いてますね。

イガグリ新聞って(笑)。

"もう、最終回になってしまいました...うっ(涙)"。

"おまけつき46円"、46円、細かいですね(笑)。

消費税ですか、これは?

S:
それはクラスの人数が46人だったんですよ。

Z:
この"こども製菓"のガムは架空のものですよね?

S:
そうです。

こういう架空のCMコーナーを作るのも好きだったんですよね。

Z:
かなりいろいろとマメにやってますね。

"まじめな新聞。いよいよさよなら最終号"って書いてて、長い間やってきたのかな? って思ったら、第3号じゃないですか(笑)。

30号ぐらいやってるのかなって見たら、3号で終わってますね(笑)。

面倒臭くなった?

S:
クラス委員って半年で変わるんですよ。

だから3回で終わってるんですよね。たぶん...(笑)

KAMI(以下K):
それ、何歳の時?

S:
中学だよ。

K:
それ見てクラスの友達何て言ってた?お前キモい!って言ってなかった?

S:
分かんないけど、完全に自己満足だよね(笑)

今思うと結構さぶい事書いてるな〜って思うんだけど。

Z:
いやいや、すごく良い思い出ですよ。

普通はやらないですから。

中学生の時にイガグリ新聞って(笑)。

S:
でも"ポンピー"に関しては学校の友達に言わないでやってたんですよ。

2人ぐらいには言ったのかな。

その当時ってみんなアイドルに走ってる時期だったんですよね。

いちご新聞を買ってる人もあまり周りに居なくって、どういう事か説明しても皆んなわからないし。

なんか言えなかったんですよね。

だから"Pom-P活動"は、わりと密かにやっていたんです。

Z:
なるほどね。

またやったらどうですか? 復活"ポンピー"。(笑)。

S:
危ないですよ(笑)。

Z:
来るかも知れないですよ。

S:
え〜っ、じゃあやろうかな(笑)

Z:
年会費取って、Tシャツも付いてます! みたいな。

S:
それは良いかも知れないですね。

ここに"プレゼントコーナー、特製 まだ決めてない"って書いてますもんね(笑)。

S :
そうなんですよ、いきなりテキトーだったりするんですよ。

Z:
何を貰えるんですか、一体(笑)。

でも頑張ってますね。

かなり時間がかかってると思いますよ。

S:
そうですかね。

でも、そこは相当真剣でしたね(笑)

小学生で、"ほんとうの愛"を学んでしまったので(笑)。

sasuzeroichigooosama.jpg

SASUの原点はロマンティックな小学生に遡る!

"いちご新聞"にインスパイアされ、自ら倶楽部を立ち上げ創作活動を開始...中学校でもサンリオ魂を初志貫徹!

はたしてこのまま高校へ進むとどうなるのか!?

次回は高校時代に突入し、彼女に劇的な変化が訪れます!

次回更新日7月5日月曜日です!






サイトウ JxJx ジュン 其の四

10/06/21

YOUR SONG IS GOOD、サイトウ"JxJx"ジュン君インタビュー最終回!

さらにさらに変化し続けるサウンドはあらゆるモノを巻き込んでいく!!

音楽に敏感過ぎるが故の苦悩を語る...

schooljackets_02.jpg

Z:
どーも、2度目のインタビューにお邪魔しました(笑)。

S:
よろしくお願いします(笑)。

Z:
今回はFRUITYの続きですね。

S:
中学生をボーカルにして、アメリカツアーで崩壊ってところでしたね。

Z:
そうそう、そこまで訊いてました。

S:
最後、FRUITYはGOD'S GUTSとの対バンを経て、アルバムも出さずに静かに終わりました(笑)。

Z:
解散してからは、どうしてたのですか?

S:
同時にSCHOOL JACKETSっていうバンドも始めていたんですよね。

Z:
FRUITYとカブってるのですか?

S:
ちょっとだけカブってますね。

僕がFRUITYでドラムをやってる時に、遊びで学校の友達と始めたバンドだったんですよ。

ドラムになってしまったっていうのと、結局、FRUITYが終わってからしまったってのもあってバンドがなくなちゃったんで、

最初はなんとなくこっちでボーカルやってみようかなっていう軽い気持ちだったんですよね。

最初はROCK STEADYを演奏するような大人バンドにしたかったんですけど、やってみたら全然できなかったんですよ。

Z:
ROCK STEADYが(笑)。

S:
そうなんですよ(笑)。

まったく。

Z:
テク的に?

S:
テク的に駄目でしたね。

イントロだけだったら聴けるんですけど、三分間もたないというか、あのグルーヴ感が出ないというか...

Z:
なるほど、難しいですもんね。

S:
FRUITYはドタバタなパンクバンドだったので。

その友達もずっとパンクバンドをやってたから、このカックンカックンした状態をどうしようかな? と思った時に、ちょうどヨッちゃんの...

Z:
ナオヒロックがまた出てくるんですね(笑)。

S:
そうです(笑)。

当時ヨッちゃんが働いてた店に遊びに行った時にMUROさんの"KING OF DIGGIN'"のミックステープを聴いたんですよ。

Z:
あれはかなり売れましたもんね。

S:
あの矢継ぎ早にブレイクの部分だけ変わっていくっていうのがすごく印象的だったんですよね。

それと自分達のイントロしかできないというスキル、そして当時盛り上がってきてたファストコアの短さがなぜか自分の中で合体したんですよ。

点と点が線になったといいますか。

あれ?
これはもしかしたら上手く表現できるんじゃないかな? ってその時に思ったんですよね。

ちょうどその頃、ファストコアでCHARLES BRONSONっていうちょっとオモシロいバンドが居たんですけど、

なんだか"CHARLES BRONSON meets JACKSON 5"みたいな感じでやれそうな、

そんな感じの発想の転換が急に起こったんですよね(笑)。

それでどんどん曲ができ始めたんですよ。

Z:
髪型はJACKSON 5の名残ですね(笑)。

S:
ええ、まあ、そうかもしれません(笑)。

それでカセットテープでリリースしたんですよね。

18曲ぐらい入れて。

Z:
それは何年ぐらいですか?

S:
確か97年ですね。

schooljackets_tape.jpg

Z:
まだギリギリカセットテープ聴いてる時代ですよね。

S:
そうですね。

Z:
カセットテープ作るほうがお金かかるでしょ?

S:
今考えたらそうかもしれないですね。

Z:
CDのほうが安いですもんね。

カセットテープを1本作ろうと思ったら、500円ぐらいしますから。

S:
見た目的にもテープのほうがアツいフォーマットかもしれないとなぜか思ったりもしてました。

Z:
BAD BRAINSのファーストもテープでしたしね。

S:
そうですね。

で、ありがたいことにこれまで対バンしてバンドだけじゃなくて、

これまでやったことなかったSLIGHT SLAPPERSとかいろんなバンドの人が僕らの音源をおもしろがってくれたんですよ。

それで最後はenvyと対バンして。

Z:
これまた全然違うところからですね。

S:
そうですよね。

それで、前から興味のあったenvyについて色々調べてみたら、その周辺のバンドがスタジオライブを始めてたんですよ。

Z:
はいはい、スタジオでちょっと広めのホールみたいな所ありますよね。

S:
で、ライブハウスのノルマ制から解放されるというか、

そこで入場料500円とかでライブをやって、誰かが自分で海外から流通したレコードを安く売りにきたりしてて。

当時の海外のエモ/ハードコアシーンみたいでD.I.Y.的なノリのことをやってたんですよ。

それにエラい衝撃を受けてしまって。

自分もそういう方向に傾倒していったんですよね。

Z:
そうですか?。

S:
で、SCHOOL JACKETSは結局30曲ぐらい作りまして、

それで完全にネタが尽きちゃって、できなくなっちゃったんですよ。

活動自体は1年で終わりました。

schooljackets_05.jpg

Z:
その時はボーカルだったのですか?

S:
ボーカルでした。

それで、ありがたいことにバンドが終わって数ヶ月後にHG Factの佐藤さんにCDでリリースしないか? って言われたんですよ。

じゃあよろしくお願いします! ってことで今までやった30曲にライブ音源も加えて40曲ぐらいのCDにしましょうって話になったんですよね。

Z:
それでも40分ぐらいですよね?

S:
もしかしたら30分強ぐらいだったかも知れないです。

それで、僕はさっきも話したようにパンク、ハードコア、エモの手作り感にノックアウトされてたんですよね。

で、その辺のバンドのジャケットって、わら半紙とかでなんか手作りで作ってるんですよね。

それで『 わら半紙に紙を貼っ付けたようなジャケットでやりたいんです 』って言ったらすごく怒られまして(笑)。

『 せっかくお金を出してあげるんだから、ちゃんとした物でやったほうが良いよ! 』 って。

その教えに従ったら、しっかりと一生残る物ができたっていう(笑)。

佐藤さんからは貴重な大人な意見を頂きました。

schooljackets_04.jpg

Z:
それは何歳ぐらいだったのですか?

S:
ちょうど24歳ぐらいですかね。

それからYOUR SONG IS GOODになるんですよね。

SCHOOL JACKETSは、FRUITYがあったからバンドっぽく見られてなかったっていう面があったんですよね。

サイドプロジェクトみたいな印象が強かったんですよ。

ただ、僕的にはSCHOOL JACKETSをやってるうちにだんだん熱くなってきて、ちゃんとバンドと思われるようなモノをやりたくなったんですよね。

それで同じメンバーでそのままYOUR SONG IS GOODになりました。

Z:
SCHOOL JACKETSとYOUR SONG IS GOODは同じメンバーなのですか?

S:
今は違いますけど、結成当初は同じメンバーですね。

Z:
すごく気になってたんですけど、YOUR SONG IS GOODってどういう意味なんですか?

S:
これがね、すいません、全然大した意味がないんですよ(笑)。

トキシック・パンク・ウェイストってシリーズをやってたLESS THAN TV周辺のワタゾー君って人の企画だったんですけど、西荻のWATTSでライブが決まってたんですよ。

でも、自分達のバンド名がまだ決まってなかったんですよね。

別に名前なくてもいいよ、って言われたんですけど、さすがにバンド名がないのはマズいなって思って。

何か文章の名前にしたいなって考えてたんですよね。

全然思いつかなかったんですけど、ふと浮かんだのがYOUR SONG IS GOODだったんです....

すいません、全然おもしろくないですよね(笑)。

よく訊かれるんですけど、未だにおもしろい答えが見つかってないんですよね。

12年も経ってるのに(笑)。

Z:
ネタみたいな感じで考えたほうがいいですよね(笑)。

S:
そうですね、そうしましょう(笑)。

Z:
次に訊かれたら、仮想な感じで(笑)。

S:
すごい嘘をつきます(笑)。

そっちのほうが楽しいですね。

Z:
YOUR SONG IS GOODの初ライブはどうでした?

ysig_1998.jpg

S:
2回目のライブの映像はあるんですけど、初ライブの映像がないんですよね。

Z:
それは記念に撮っておいたらよかったですね。

S:
そうなんですよね?。

最初は僕だけが先走ってエモバンドみたいになろうとしてましたね。

本当の自分は比較的喋るほうなんですけど、その頃のMCは妙に真面目なトーンでしたよ(笑)。

形から入ろうとするダメな奴って感じです、はい。

Z:
影響されやすいんですかね。

そういえば、エモ系の人ってすごく真面目なこと言いますもんね。

『自分達は...』みたいな。

S:
そうですよね、おそらく僕は影響されやすいんですよね。

これは認めたいと思います(笑)。

Z:
そういうこと言ってた?

S:
『今日は...どうも、ありがとうございます』みたいな感じで(笑)。

冗談のひとつも言わずにやってましたね。

Z:
当初はエモ系なバンドだったのですか?

S:
そうですね。

MINOR THREATがその後にEMBRACEになってエモ化したように、僕らも勝手にそういう流れに従ったというか。

ちょっとメロディーが出て、早いビートなんだけどギターが2本居る、みたいな初期のエモな雰囲気でした。

Z:
今のような感じじゃなかったんですね。

S:
オルガンとかなくて、ファンキーなビートもまったくなかったですね。

Z:
初期の頃が好きだった人は今のサウンドを聴いてどう思うんですかね?

S:
そういう意味ではSCHOOL JACKETSが好きだった人たちもこの変貌ぶりに戸惑ってましたね。

いきなりメロディアスに歌い上げようとしてましたから。

1年ぐらいそういう状態でやるんですけど、やっぱり形から入ってますから何か間違いだったというか(笑)。

自分達でやっててもオモシロいんだけど、なんだか妙な違和感がある、という感じでしたね。

Z:
ROCK STEADYできなかった時と同じですね(笑)。

S:
ホントそうなんですよ(笑)。

これはイカンなって話になりまして、いろいろ考えたらインストなのでは? っていう思いに至ったんですよね。

Z:
歌いらないぞ、と?

S:
ええ。

だんだんイントロが長くなってきた節はあって、そうなるとボーカルの自分は手持ち無沙汰になってたんですよね。

どうやってこの長いイントロを乗り切っていいか分からなくなってたんですよ。

Z:
ボーカルですもんね。

そこはどうやってたのですか?

S:
最初、何か持たなければダメだと思って、トライアングルとか持ち始めたんですよね。

何でかは分からないんですけど(笑)。

Z:
いらないでしょ? それ(笑)。

S:
チ?ン♪みたいな。

たぶん厳粛な雰囲気を出したかったんでしょうね(笑)。


で、トライアングルの次はボンゴに変わりました。

Z:
SOUL SETと一緒じゃないですか。

S:
ああ! そうですよね。

Z:
俊美君はボンゴからいきなりギターになりましたもんね。

S:
僕はボンゴからいきなりキーボードに変わりました。

直前はやっぱりボンゴですよね(笑)!

ysig_1999.jpg

Z:
キーボードになってからは、今の形ですよね。

S:
今の形になる前に、もうワンクッションあったんですよ。

TORTOISEみたいなポストロックな感じに。

Z:
音楽を聴き過ぎてたんじゃないですか(笑)。

敏感に吸収してますね。

S:
TORTOISEみたいに、元ハードコアの人がやってるって感じにまた自分を投影しちゃって(笑)。

Z:
イッてしまいましたか(笑)。

S:
ハードコアは最後にここへ到達するんだ! って勝手に思い込んじゃって。

ハードコア→エモ→ポストロックっていうアメリカの図式に勝手に僕も乗っかっちゃってました。

Z:
そういえばNUKEY PIKESもそうですよね。

S:
どんどんストイックになっていった印象はありますね。

Z:
4枚目とかヤバかったですよね。

重っ! みたいな。

1枚目の感じが好きなんですけど。

S:
自分達も1曲が6?7分ぐらいになっていちゃったんですよね。

それを2年ぐらい続けてたんですけど、これは違うぞ? と思い始めたんですよ。

そしてある日、心の底からこれは絶対違うぞ! と確信しました。

Z:
ちなみにその頃は何を聴いてました?

S:
SQUAREPUSHER聴いてました(笑)。

Z:
辿ってますね(笑)。

自分も聴いてましたよ。

S:
格好良かったですよね。

Z:
シブかったですけど、どんどんダメになっていきましたよね。

2年ぐらい前に出たアルバムを聴きましたけど、全然ダメでした。

綺麗になり過ぎてる感じですね。

S:
あとELECTRIC MILESみたいな。

Z:
かなり音楽を聴いてますね。

S:
それが原因で右往左往してたと思うんですけど(笑)。

メンバーもみんな思ってたんですけど、これはイカンなってことになりまして、一番好きなバンドって何だろうな? って話し合いになったんですよ。

それで、一番好きなバンドはSPECIALSだよね! ってことになったんですよ。

ずっと格好良いと思えるバンドだなって。

じゃあ、今からSPECIALSみたいなバンドになろう! って盛り上がりまして。

しかもMORE SPECIALSのほうにしようと(笑)。

Z:
セカンドですね。

どの曲が好きですか?

S:
"INTERNATIONAL JET SET"が好きですね。

リズムボックスで始まる地味な曲なんですけど。

Z:
女性ボーカルのもありましたよね?

自分はあの曲好きなんですよね。

S:
あれも格好良いですよね。

その時に僕はシンセを弾いてたんですけど、このタイミングでシンセをやめてオルガンにしたんです。

シンセの色んな音が出るっていう機能をまったく使えてなくて、こうなったら結局、音色は一種類でいいやって感じだったんですよね。

当時、再発されてたファンクのレコードとかも熱心に聴いてたので、完全に影響を受けてたような気がします。

その流れで今の形になったんですよね。

2001年ぐらいだったと思うんですけど。

Z:
ようやく辿り着いたんですね。

S:
やっとですね。

Z:
かなり悩んでたんですね。

S:
悩んでましたね?。

無い引き出しをこじ開けようとしてたんですけど、無いから開かないって感じでした。

Z:
その頃は何歳ですか?

S:
もうその時は20代後半でしたね。

Z:
一番壁にブチ当たる時期ですよね。

いろいろ一周して。

バンドってそうなりますもんね。

S:
そうですね。

毎週1回は集まって練習してきたのは良かったなって思いますね。

カクバリズムの角張、通称バリカクですね、彼にもその頃に出会ったんですよ。

それで、その時にFRUITYを好きだった人が実はいっぱい居たって話を聞いたんですよね。

Z:
だってDIAMOND HALLで出てたんでしょ?

そりゃ、いっぱい居るでしょ(笑)。

S:
そうなんですけど(笑)。

僕ら自身はそんなことどこ吹く風って感じでやってたので、全然分かってなかったんですよね。

『 何言ってんすか、みんな影響受けてますよ!  』って年下の子達に言われまして、

そのLESS THAN TVで出してたレコードの値段が高騰してるって聞いてビックリしました。

Z:
その当時っていろんなレコードがすごい値段になってましたもんね。

S:
そうですよね。

10000円以上とかなってましたね。

Z:
今はメチャクチャ値崩れしてますよね。

S:
値段が高騰してるってことを聞いて、元メンバーにその話して、みんなで妙に納得しちゃって。

それほどすごいバンドじゃないのにって思いつつなんですけど。

そういえば、当時、FRUITYの時ってコンピ頼まれれば全部新曲で対応するっていう謎な活動方針だったんですよ。

Z:
はい(笑)。

S:
それが、そのままアルバム作ったら良かったのにっていうぐらいの曲数だったんですよね。

で、元メンバーと色々話してたら、そんなに手に入りにくいならってことで、

じゃあコンプリートディスコグラフィー的なのモノを作って、きちんとFRUITYを終わらせるというか、

こんなバンドが居たんだよって形に残そうって話になったんですよね。

その頃、ちょうどバリカクが銀杏BOYZの我孫子君とやってたインディーレーベルがあったんです。

STIFFEEN RECORDSっていう今もあるレーベルなんですけど。

バリカクがそんなにFRUITYが好きだ!って言ってくれるならそこから出そうってなったんですよね。

そこからバリカクと何度かやらせてもらって熱い感じになったんですよね。

Z:
カクバリズムってすごい名前ですよね(笑)。

S:
そうなんですよね(笑)。

それでYOUR SONG IS GOODもそろそろレコード出したほうがいいんじゃないですか? って言われて。

で、自分達はパンクバンドという形じゃなくなってたので、STIFFEEN RECORDSだとちょっと違うよねって話になりまして。

そこで元々ライブ企画の名前だったカクバリズムを新しいレーベルにしてみない? って提案してカクバリズムができたんですよね。

2002年ですね。

Z:
なるほど。

S:
僕らの7インチを最初に出して始まったんですよ。

Z:
記念すべき一発目ですね!

S:
はい!

今聴いたら、メチャクチャ下手なんですけど(笑)。

ファンキーなことやりたい割にはレゲエが好きだったんですよ。

あの重さも出そうとしてる、みたいな変なバンドなんですよね(笑)。

まあ、おもしろいんですけど。

Z:
レゲエって"間"が難しいですもんね。

ちょっとズレてるというか、どこか狂ってますよ。

S:
そうですよね。

でも、あんな格好良いヘヴィさも出せてないっていう(笑)。

レゲエバンドがファンキーなインストをやろうとしてどうにもこうにも失敗したみたいなのが、僕らのファーストEPじゃないかなと(笑)。

Z:
でも、一般の人からすれば聴いたことがない感じですからね。

逆に新しかったんじゃないですか?

S:
もうしかしたら、そうかも知れないです。

Z:
そういう偶然が、おお!!! ってなる時があるじゃないですか。

聴いたことがあって、おさらいしてるよりは合体した新しいモノのほうがね。

S:
今まで交流のなかったCOOL WISE MENとか、SKAのバンドの人達も何となくそこからカリビアン臭みたいなものを感じとってくれたみたいで。

Z:
カリビアン臭(笑)。

S:
それがきっかけでパンクシーン以外の人とも仲良くなりましたね。

Z:
SKAは多いですよね。

もともとスキンヘッドの人達が多いですから。

SKAの人達のルーツはだいたいスキンヘッドですよね。

S:
そうですよね。

それで最初はクボタタケシさんと...

Z:
BILLABONG(笑)。

S:
はい(笑)。

Z:
彼はBILLABONGでしょ(笑)。

S:
そうですね(笑)。

クボタさんと川辺さんが出してたミックステープシリーズありましたよね。

Z:
あったあった!

名前忘れちゃいましたけど。

S:
"CLASSICS"と"RISE"ですね。

あれにすごく影響を受けてしまって。

Z:
また影響を(笑)。

もう受けたらダメでしょ。

S:
言葉にするのがむずかしいんですが、ああいう感覚でSKAやカリプソ、ファンク、ジャズみたいなものを今のバンドがやるのがアツいっていう風に思ったんですよ。

普通にライブでやってて、遊びに来たらそういう雰囲気を聴ける、みたいな。

Z:
ミックステープにかなり影響を受けてますよね?

S:
そうですね、ミックステープにはかなり影響を受けてますね。

Z:
EGO-WRAPPIN'の森君も友達になったらMIX CDをまず交換するって言ってましたね。

何を聴いてる? って話をして交換するか、オススメのCD渡し合いするっていう。

S:
そうなんですね、やっぱり僕もそうでした。

ヨッちゃんともそういうのやってましたし、

東京に来ても、予備校の友達のジョウタ君ともよく交換してましたね。

で、そんなこんなで今の形になったというわけなんです。

ysig_2001.jpg

Z:
後半のエピソードはかなり短かったですね、前半はメチャクチャ長かったのに(笑)。

自分はこの間貰ったCDしか聴いてないですけど、すごく良かったです。

S:
本当ですか!?

ありがとうござます!

Z:
いろんな要素が詰まってて。

12曲目が特に良いですよ。

S:
あれは"UNBREAKABLE"っていう曲なんですけど、ポストロック時代にやれなかった曲が今やれるようになったので、リベンジした曲です。

Z:
あの曲、超良かったですよ。

あれはやっぱりTORTOISEから来てるんですね(笑)。

S:
そうなんですよね(笑)。

Z:
自分もTORTOISE聴いてましたからね。

だからあの曲すごく良かったですよ。

S:
後半の話は短過ぎましたか?

Z:
いや、全然大丈夫です。

昔の事のほうがみんな知らないと思いますから。

ウィキペディアに載ってないYOUR SONG IS GOODを伝えたいので。

最後に、ニューアルバムがリリースされましたので、一言どうぞ。

S:
このアルバムは...うわぁ、難しいですね(笑)。

え?っと、デカい音で聴いて下さい(笑)。

Z:
CDを買って下さい、と。

S:
ぜひ、買って下さい。

いや?、すいません、後半短かったですけども(笑)。

Z:
いえいえ(笑)。

逆にこのぐらいのほうが良いかなと思いますので。

YOUR SONG IS GOODのことはみんな知ってると思いますから、その前のことをね。

S:
そういえば、あれから中学の話をして、いろいろと思い出しました。

SCHOOLS OUT PRODUCTIONSの古川君なんですけど、エロビデオを最初に見せてくれたのは彼だったなとか(笑)。

Z:
(笑)!

S:
あと古川君の家に黒い女物の下着が干してあったんですけど、生まれて初めて黒い下着を見たのも古川君の家だったなとか(笑)。

Z:
お姉ちゃんのですか?

S:
たぶん、彼のオカンのです(笑)。

Z:
オカンはちょっとキツいですね?(笑)。

S:
そうなんですよ(笑)。

お姉ちゃんのなら良かったんですけど。

フルのオカン...これですか...?みたいな(笑)。

Z:
中学生の時でしょ?

オカン、なかなかやりますね。

S:
そこのお父さんは初めて出会う感じのおっかないキャラクターでしたね。

Z:
お父さんがそうならば、お母さんもそうなんですよ。

黒じゃないとお父さんは怒るんじゃないですか?

S:
そうかもしれないですね(笑)。

Z:
燃えへんやんけ?!みたいな(笑)。

S:
何かそういう景色とかをふと思い出しました(笑)。

Z:
その古川君は今何をしてるのですか?

S:
古川君、何やってるんだろうな??

会いたいですね。

中学を卒業してからまったく遊ばなくなっちゃったんですよね。

僕らと一緒にヒップホップを聴いてたんですけど、卒業と同時に彼は不良方面にいってしまったので。

Z:
あ、そうなんですね。

S:
あの時どう思ってたのか、訊いてみたいですね。

ホントに変わった子でしたよ。

ターンテーブルに弟の証明写真を貼って回すっていうギャグを突然始めたりするんですよ(笑)。

よく分からないんですけど。

Z:
ポストロックですね(笑)。

S:
間違いなく(笑)。

あと、交換日記をしてたんですよ。

Z:
古川君と?

S:
はい、僕とヨッちゃんと古川君ともう一人、アズマ君ってのが居たんですけど。

Z:
ヤバいですね、それは(笑)。

1冊を4人で?

S:
そうですね。

毎回ネタを貼っ付けて大喜利みたいになってたんですよ。

そんなナードな遊びをしてたんですけど。

ある日、古川君がコインのスクラッチで削るヤツあるじゃないですか、あれを貼ってたんですよ。

で、"ココを削れ"って書いてあったんですよね。

そこを削ったら、幼稚園の卒園アルバムから切り抜かれたヨッちゃんの顔が出てきたんですよ(笑)。

Z:
その削るヤツはどうやって作ったのですか(笑)?

S:
たぶん、どこかで買ったんでしょうね。

シールみたいになって売ってたと思うんですよ。

わざわざそういうことをする人です(笑)。

Z:
ポストロックですね(笑)。

今、古川君と会ってセッションをやれば斉藤君が目指してたポストロックができると思いますよ(笑)。

YOUR SONG IS GOODの次のバンドができますよ。

スクラッチシールとか、そんなこと思い浮かばないですから。

S:
確かに(笑)。

あとですね、ちょっと古川君ネタ続いちゃうんですけど...

Z:
全然良いですよ。

そういうの好きですから(笑)。

S:
僕がテープにEXPLOITEDの曲をダビングして彼の家に持っていったんですよ。

Z:
EXPLOITEDのどの曲ですか?

S:
"BURNING AMBITIONS"っていうコンピに入ってたヤツなんですけど、いろんなバンドが入ってたんですよ。

CHAOS U.K.とか初期パンクからハードコアまで、みたいな。

ADICTSまで入ってたんですけど。

そのコンピにEXPLOITEDの"DEAD CITIES"って曲があったんですよね。

Z:
メチャクチャ好きですよ、その曲。

YOU TUBEにその曲の結成当時ぐらいの映像があるのを知ってます?

S:
マジですか!?

Z:
それ格好良いですよ。

ベースの人がガーゼシャツ着て、完全にジョニー・ロットンみたいな感じで。

テレビ番組の収録か何かで、客も普通の人達なんですよね。

歌も口パクで。

指の先までカーゼシャツ伸びてますからベースとかも弾いてないですよ。

デブの人も革ジャン着て、ドラムも初期のメンバーだからかなり格好良いんですよね。


S:
ちょっとチェックしてみます!

それで古川君はその頃パンクのパの字も知らなかったんですけど、こういうのがあるんだよねってテープを一緒に聴いてたんですよ。

SEX PISTOLSから始まって、BUZZCOCKSとかの初期パンクが来て、COCKNEY REJECTSなどストリートなOiパンクが来て、ハードコアに行きます! って時に、『DEAD CITIES?!』ガンガンガンガン!!!って流れたんですよ。

その時になぜか古川君が突然、発狂して脱いで、パンツ一丁で部屋の中でモッシュを始めたんですよ。

Z:
分かってますね!

S:
僕もそれを見て、なんか負けてられないな! と思いまして、脱いでパンツ一丁になって、2人でサークルモッシュしたっていう(笑)。

Z:
2人"DEAD CITIES"で(笑)。

古川君は一切聴いたことなかったんですよね。

S:
こういう音楽だとも一切説明してなかったんですけどね。

Z:
いきなり分かったんですね。

絶対に連絡するべきですよ。

すごく良いバンドができると思いますよ。

S:
ホントですね(笑)。

そういうことがありましたね。

Z:
ヤバいですね、古川君(笑)。

COCKNEY REJECTSは無反応だったのですか?

S:
無反応でしたね、ふ?んこんなのあるんだ、ぐらいの感じで。

『 DEAD CITIES?! 』から急にかき立てられたみたいですね(笑)。

Z:
それがDISCHARGEだったらどうなってたんですかね(笑)。

S:
曲順的にそのあとがDISCHARGEだったんですけど、ちょっと落ち着いてましたね。

重いというか怖い感じだったんでしょうね(笑)。

Z:
やっぱりワッティーのイケイケ!加減がピッタリハマったんでしょうね。

S:
あの感じが中学生的には伝わったんですね(笑)。

Z:
ところであのベースの人、俳優になってますね。

S:
そうなんですか?

Z:
"ACID HOUSE"っていうイギリスのクラブ系な映画があるんですけど。

S:
ああ!ありますね。

Z:
あれとかに出てるんですよ。

もうひとつ、名前忘れちゃったんですけど、準主役で出てますよ。

ドラッグディーラーの少年の母親の彼氏役みたいな感じで。

やっぱりシブいですよ。

自分はあのベースの人大好きなので。

あの人が脱退して聴かなくなりましたからね。

EXPLOITEDは2枚目ぐらいまでしか聴いてないですね。

漫画のジャケットの"TROOPS OF TOMORROW"ってあったじゃないですか。

S:
街で警棒みたいなの持ってるイラストのジャケットですよね。

Z:
あれ以降は聴いてないです。

ジャケット見たら、ベースの人が居なくなってる! って思って。

S:
当時、アメリカのパンクバンドってどこで買ってました?

僕らはキングコングとかだったんですけど。

Z:
当時はあまり売ってなかったですね。

自分達の世代はやっぱりイギリスのハードコアでしたから。

S:
そうですよね。

Z:
5つぐらい年下からじゃないですかね。

みんなUSハードコアを聴き始めたのは。

鋲ジャンでパンクか、Tシャツにスニーカーでパンクか。

途中にMISFITSみたいな人も居ましたけど。

S:
MISFITSといえば思い出しました。

当時、僕ら中学校の頃は全員坊主だったんですよね。

Z:
デビロックできないですね。

S:
全然できなくて、卒業した時にやっと髪を伸ばしてもよくなったんですよ。

そこでヨッちゃんがなんとかデビロック的方向にもっていこうと、角度を入れて自分でハサミで切り始めたんですよ(笑)。

Z:
まず髪を伸ばさないと(笑)。

S:
もう、前髪が短いんですよ(笑)。

Z:
KISSのジーン・シモンズみたいになってたんじゃないですか(笑)?

S:
そうなんですよね(笑)。

Z:
デビロックじゃなくて、KISSになってたみたいな。

S:
その後、近所の散髪屋に一緒に行った時におばちゃんに『 勝手に切ったらあかんで! 』って怒られてました(笑)。

Z:
しかもデビロックじゃなくて、KISSのジーン・シモンズでしょ(笑)。

S:
あの髪型は格好良過ぎたんですけどね(笑)。

Z:
ナオヒロックってそういうこともやってたんですね。

S:
僕も一緒にそういう方向性でやってましたね。

Z:
SxOxBも髪型そうでしたよね。

S:
すごい格好良かったですよね。

あとBONES BRIGADEの人達も前髪ダラーってなってましたよね。

ああいう風な髪型になりたいな?、って思ってましたよ。

Z:
まず伸ばさないと(笑)。

S:
ジェルをつけ過ぎてネチネチになったりしてましたね(笑)。

Z:
古川君は、ぜひ連絡したほうがいいですね。

S:
見てないすかね?ZERO MAGAZINE。

Z:
見てないでしょ(笑)!

いや...分からないですね。

そんな感性を持ってるならば。

古川君と最後に会ったのはいつですか?

S:
中学卒業してぐらいにばったり街で会ったことがあったんですけど、高校1年ぐらいには見かけなくなりましたね。

Z:
どこかへ行ってしまったのですか?

S:
見なくなちゃったので、たぶん親元を離れて神戸か大阪に出てたんですかね。

Z:
とりあえず実家に電話して追跡しないとダメですね。

S:
そうですね。

Z:
何か最後は古川君を探せ! みたいになってしまいましたね。

S:
本当ですね(笑)。

Z:
探し当てたら連絡下さいね!

見つかりました! 新しいバンド組みます! って(笑)。

S:
分かりました(笑)。

Z:
その時、ナオヒロックに短い頭でデビロックやってもらって(笑)。

復活してもらいましょう!

S:
中学3年のあの雰囲気を再現してみたいと思います(笑)。

Z:
その時のグループ名は何でしたっけ?

S:
SCHOOLS OUT PRODUCTIONSですね。

Z:
それを限定でカクバリズムから出しましょう!

S:
そうですね(笑)。

Z:
もし、古川君がこのインタビューを見てたらカクバリズムまで連絡を下さいと。

S:
はい、古川君、会いたいです。

Z:
オッケーです! ありがとうござました!

S:
ありがとうございます(笑)!

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動乱のロングインタビュー、最後は訪ね人で終結です!

音楽を奏でる者は知識、スキル以前に聴いて聴いて聴き狂うことが大切だと思われます!!

体験した音は自ずと表現の幅となって発信されるのではないでしょうか!?

7月24日。

CLUB NOONにて繰り広げられる"BLUE LINES"で、ぜひともYOUR SONG IS GOODを全身で感じて下さい!!!

画像をクリックして頂くと詳しい詳細が!!!
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サイトウ JxJx ジュン 其の三

10/06/14

YOUR SONG IS GOOD、サイトウ"JxJx"ジュン君インタビュー其の三!

次々と移り変わるバンド遍歴、そして日本の地を離れて飛び出した先には...

fruity_shelter.jpg

Z:
当時は上下関係が厳しかったですもんね。

まあ、今も厳しいですけども。

S:
そうですよね。

そういう意味では、当時の僕らは、本当にのほほんと来てたので。

特にバトルもなく、ス?ッて都合良く(笑)。

その時に、初めてこれはちゃんとしないとヤバいなって感じたを憶えてます。

その節はありがとうございました。

Z:
いえいえ、こちらこそありがとうございますですよ。

S:
確かその時のプロフィールとかも渡したと思うんですけど?

Z:
マジですか?

全然憶えてないですね。

S:
ヨッちゃんが全部書いてくれたと思うんですけど、僕には"手足が長い"って特徴を書いてくれてましたね。

Z:
(笑)!

S:
あとは"すぐにキレる、短気"って書いてましたね。

今思い出しましたけど(笑)。

ヨッちゃんから見た僕の印象だったんでしょうね。

Z:
自分の知り合いで特技を昼寝って書いた奴居ましたけどね(笑)。

バイトの面接で。

絶対スベるでしょ?

S:
そうですね(笑)。

Z:
あと自分らは高校へ行ってなかったので、バイトをしなければならなかったんですよね。

当時の友達が履歴書でその年に出来た高校で"卒業"って書いてましたからね(笑)。

今年できた高校なのに卒業できるわけないだろ? って言っても、大丈夫大丈夫って余裕でしたけどね。

もちろん落とされてましたけど(笑)。

その人はヤバかったですね。

S:
おもしろいですね、それは(笑)。

Z :
話戻しますけど、結局なぜ解散したのですか?

S:
そのまんま高校3年の終わりぐらいになった時にどうしよっか? って話になって。

その時、僕はなぜかイラストレーターになりたかったんですよ。

Z:
絵は上手いですか?

S:
たいした事なかったんですけど、宝島で見てたテリー・ジョンスンがあまりにもカッコよくて、その影響からなんですけど。

それで絵の勉強したいってことで美術の学校へ行きたいと思ったんですけど、受験しなければダメだってことになって、

僕のわがままで『 しばらく音楽を離れてもいい? 』ってメンバーに訊いたらOKっていうことになったんですよ。

それから僕の代わりにジュードー君がワンモッツに入ったんですよね。

Z:
そうなんですね?。

S:
でも、結局受験は全部落ちて(笑)。

それで、親から一年だけなら予備校に行かしてやるって言ってもらってって感じで、ありがたいことになんですけど。

Z:
実家はまだ神戸ですか?

S:
そうですね。

浦安に婆ちゃんが住んでたんで、そこに居候する形で上京したんですよね。

それで最後にジュードー君も含めた4人メンバーになって、NYLONで最後のライブをやったんですよ。

そしてワンモッツは終わりました。

Z:
卒業してしまったのですね(笑)。

S:
はい、僕は卒業しました(笑)。

Z:
みんな泣きました?

S:
全然泣かなかったんですよね(笑)。

普通に朝まで楽しんだ感じですね。

Z:
DJ GONG SHOWの時と違うじゃないですか。

S:
そうなんですよね。あの時はかなり青春っぽい感じだったんですけど。

なんだか最後はあっさりと終わりましたね。

それで東京へ出て、ヨッちゃんも東京へ出て来たんですよね。

Z:
そこでまたワンモッツやろう! ってならなかったんですね。

S:
そうなんですよ?。

普通に予備校へ通うようになったんですよね。

Z:
楽器は、もともと弾けたのですか?

S:
妹が居るんですけど、親が妹にピアノを買ってたんですよね。

自分が中学の時に楽器をやりたいって言ったんですけど、ピアノだったらいいってことだったんですよ。

親からすれば家にピアノがあるから、都合が良かったんだと思うんですけど。

それでとりあえずやってみようかなって気になって中学の途中からピアノを習いに行ったんですよね。

高校でスケボーに完全に興味が移った頃にはもうピアノをやめてたと思うんですけど、今考えたら小学生がやるくらいのレベルでした。

発表会は恥ずかし過ぎるので出さないでくれってピアノの先生にお願いしてたんですけど、1回だけ生徒だけでやる披露会みたいなのに行ってくれって言われたんですよ。

そこまで言われたらしょうがないですね、って出たんですよ。

Z:
メッチャ上から言ってますね(笑)。

S:
そうですね(笑)。

中学生でしたけど、小学生の間に挟まれて出場しましたよ。最高に恥ずかしかったですね。

それ以降は全然楽器をやってなかったんですけど、予備校の時に少しギターを触り始めたんですよね。

婆ちゃんの家にガットギターがあったので、それを弾いてたのを憶えてますね。

それで予備校にハードコアが好きなジョウタ君という人が居て、そのジョウタ君が持ってたバケツに"NEO HARDCORE TAIL"って書いたステッカーが貼ってあったんですよ。

Z:
NUKEY PIKES。

S:
そうです!

NUKEY PIKESとかが出てた、あれのステッカーが貼ってあって、これはもしや? って思って...

Z:
行ってしまった?

S:
いえ、その時は行けなかったんですけど、これ何なの? って訊いたんですよ。

Z:
ヤバいですな。

S:
NUKEY PIKESは宝島でインタビュー出てたのを見てたんですよね。

それですごく気になってたんですよ。

で、ジョウタ君がハードコアのテープをいっぱい持ってて、続々とテープを貸してくれたんですよ。

キタ?ッ!!! って思って(笑)。

それで、一応、中学の時にPUNK、SKATE ROCKからのアメコアって感じで通ってきてたので...

Z:
"ミノワ何とか"聴いてましたもんね(笑)。

fruity_jxjx.jpg

S:
ええ、ミノワですよ(笑)。

そこら辺をきっかけに、話が盛り上がって仲良くなったんですよ。

いろいろ教えてくれましたね。こっちもヒップホップやファンクの話したりして。

そこから今でも仲が良いですね。ジャケットとかやってもらたりしてます。

それでUG MANとか日本のバンド沢山も教えてもらって。

Z:
河南さんも格好良いですもんね、バンダナ巻いて。

S:
あとは、キミドリもですね。それで一緒にライブへ行くようになったんですよ。

Z:
LESS THAN TVですね。

S:
そうです。

その頃、武蔵野美術大学に合格して通い始めました。

で、その友達と一緒にUG MAN、コンクリ、JACKIE & THE CEDRICSとか、FUGAZIとか色々と観に行ってました。

そんな感じでいろんなバンドを観てるうちに、自分もバンドをやりたくなってきたんですよね。

ただ組んでちょっとやるって感じでしたけど。

Z:
その頃はハードコア?

S:
その時はハードコアじゃなくて、当時流行ってたオルタナの感じでしたね。

SUB POPから出てるバンドみたいなのをやってましたよ。

Z:
その頃はド直球ですもんね。

ジーパンは破れてましたか?

S:
その時は、まだSTUSSYとか着てましたね(笑)。

Z:
それは古いですね(笑)。

ネルシャツ着て、ジーパン破れてないと。

S:
ですよね(笑)。

まだ引きずってたんですね、神戸のノリを(笑)。

Z:
その時、楽器は何をやってたのですか?

S:
ベースですね。

知り合いもだんだん増えて、学校で仲が良かった友達の弟が後のFORTH OF NATUREのKENTなんですよね。

Z:
そうなんですね、その人は会ったことないんですけども。

S:
後期の四街道ネイチャーですね。

そんな感じで広がっていって、またヨッちゃんともちょこちょこ遊ぶようになりました。

で、バンドも、もうちょっとちゃんとやりたいなと思ってFRUITYをやり始めたんですよ。

Z:
その前のバンドは何ていう名前ですか?

S:
平安京エイリアンズですね(笑)。

Z:
平安京エイリアンズ(笑)。

S:
ドラムの女の子が決めた名前なんですけど。

可愛らしい女性が居たんですよ。

Z:

そこからFRUITYなんて、格好良くなりましたね。

平安京エイリアンズはすぐに解散?

S:
1年くらいやって終わりました。あとはDISCO MANっていうバンドでPOP GROUPみたいなのをやろうとしたりとか。

どっちも人前でやるっていうより、内輪で集まって学生ノリみたいな感じでガチャガチャやるっていうのだったんですけど。

それでFRUITYになって、OPERATION IVYっぽいのをやってみたいなと思ったんですよ。

POP GROUP的なひねくれたのをやってた反動だと思うんですけど、ストレートなものをやってみたくなったんですよね。

と言いつつも、結局、OPERATION IVYに色んな音楽の要素を加えていってしまう変なバンドだったんですけど。

それでDISCO MANのベースだったオオクラ君と意気投合して、オオクラ君の高校の友達だったツカモト君も参加してデモテープを作りました。

僕は最初ドラムだったんですけど、昔にラップやってたっていうのをメンバーが知ってて、

ジュン君歌ったほうが良いんじゃないの? みたいな雰囲気になったんですよね。

じゃあ、やってみようってことでボーカルをやるようになりました。その後、ドラムにオカゼリ君という人が参加してくれるようになりました。

それで、当時の僕らみたいなバンドの活動場所の雰囲気的にはハイスタがちょうど人気が出てきたかな?くらいの頃で、

同い年ぐらいのバンドはメロディックなバンドが多かったような気がしてます。世代的にはポストハイスタっていう感じですよね。

そんな中、いろんな所でライブハウスでデモテープを渡していったら徐々にライブをする機会が増えていったんですよ。

西荻WATTSやANTINOCKとか20000Vとか後のほうでSHELTERとかですね。

それでOPPA-LAっていうお店が江ノ島にあるんですけど、

fruity_original1996.jpg

Z:
はい、ありますね。

S:
今OPPA-LAをやっている和田君がイベントに呼んでくれたんですよ。

その時の対バンが GOD'S GUTSで。

Z:
それはヤバいですね。

S:
対バンした時にGOD'S GUTSの谷さんから『 レコード出しませんか? 』っていきなり言われたんですよね。

Z:
LESS THAN TV!

S:
いきなり対バンして、初対面でライブ観て言ってくれたんですよ。

GOD'S GUTSの人がそんなことを言ってくれたら、はい! としか言いようがないじゃないですか。

それでLESS THAN TVから7インチが出るって話になったんですよ。

谷さんにプロデュースしてもらって。

Z:
アツいね...

またちょっとアツくなってきましたね!

S:
いや?、ビックリしました。

Z:
イケてますね。

S:
本当に急な展開で(笑)。

それで、大阪の難波ROCKETSでUG MANと一緒に行かせてもらったりとか。

たしか95年ぐらいですかね。色々一緒に遊んでもらいました。

それくらいから、なんとな?くだんだん人気が出てきてたんですよね。

その頃ってそういうスカコア的なものが流行りはじめてきたところで。

Z:
95年ぐらいって、どのバンドも人気がありましたもんね。

S:
そうですね。

それで、リリースした7インチも2000枚ぐらいだったんですけど、完売するようになってきて。

それで、ややこしいことに僕ら的に人気が出てきたら『 この人気ある雰囲気、何か違う 』って感じになっちゃったんですよね。

ここにきて変なこじらせた感じが出てきたんですよ(笑)。

Z:
若いしね(笑)。

S:
それでドラムのオカゼリ君が色んなバンドを掛け持ちしててなかなか練習出れなくなっちゃったっていうのもあって、一回仕切り直そうと。

で、僕がドラム戻るってなったんですけど、そしたらボーカルはどうする? って話になったんですよ。

で、考えたんですけど、当時、客ですごくおもしろい奴が居たんですよね。

中学生だったんですけど。

Z:
はい(笑)。

S:

ボーカル、アイツにしよう! ってなぜかノリで言っちゃったんですよね。

で、メンバーもそれいいね! ってなって。

そいつは当時アメリカンスクールに通ってたユキってヤツなんですけど。

Z:
中学何年生?

S:
2年生ですね。今は27歳くらいでいまだに結構連絡とったりするような仲なんですけど。

Z:
OUTOですね。

OUTOは中1でしたから。

S:
うわ?っ!

でも、だいぶ雰囲気、違いますね(笑)。

いや?、それで、とりあえずユキをボーカルにして、またライブをやり始めたんですよね。

Z:
それもFRUITY?

S:

FRUITYのまんまですね。名前は変えませんでした。

そうしたら、ものすごく人気が落ちちゃったんですよ(笑)。

Z:
あっちゃ?(笑)!

S:
まあ、わざとみたいなところがあったので分かってたんですけど、本当に人気がなくなりましたね。

一度、名古屋にライブで呼ばれた時だったんですけど、周りも人気がある感じで盛り上がる感じのメンツのイベントだったんですよね。

ダイヤモンドホールっていうすごい大きなハコで。

呼んでくれた人もボーカルが中学生になる前の状態だと思って呼んでくれてたんですよね。

Z:
なるほど(笑)。

S:
主催者側から、今日は盛り上がり過ぎて大変なことになってるので、ステージにお客さんが登ってきたら演奏を止めてもらってもいいですか? って言われて。

『 いや、たぶんならないと思うんですよね 』って僕らは言ってたんですけど(笑)。

実際、スカの要素もゼロで、ライブが始まったらユキが開口一番『 スカじゃなくて、すいません 』って言っちゃって(笑)。

Z:
それはアツいですね(笑)。

S:
かなりウケました。で、音的にも初期に比べるとだいぶ渋い感じのパンクロックになってて。

1曲目終わった時点で、ハンパないざわめきが起きまして。

こんなにざわめきの音って大きいんだっていうぐらい。

バンドの出してた音ぐらいのざわめきが返ってきて。

これはとんでもない事になってしまった! って思いましたね。

それで世間の評判を一気に落としました。よろこんでくれる人もいたし、すごくオモシロかったんですけど。

Z:
でも人生には必要ですよ。

1回挫折をしないと強くならないですから。

S:
そうですよね。

それで、その頃LESS THAN TVで出した7インチを海外でリリースしてみたいっていう野望があったんですよ。

で、フロリダのFAROUTっていうレーベルに送ったらOKが出たんですよね。

しかもUSツアーをやらないか? ってまで言ってきてくれて。

Z:
でも送った7インチはメンバーが違うでしょ?

S:
そうなんですよ(笑)。

といいつつ、これはアメリカへ行くしかないよねって話になったんですよ。

で、ユキが英語ペラペラだから、中学生だけどアイツも連れて行こうって話になりまして、

ユキの実家まで行って『息子さんをアメリカへ連れて行っても良いですか?』 ってヤツの両親にお願いしたんですよ。

そしたら、ユキの実アメリカにもうひとつの家があったりしてたので、あっさり良いですよってことで実際に一ヶ月アメリカへ行くことになったんですよ。

fruity_jxjx_and_yuki.jpg

Z:
なるほど。

S:
そしたら、当時のユキってだいぶ生意気な感じのヤツだったんですけど、

アメリカへ行くとさらに水を得た魚のようにものすごく生意気な奴に変貌を遂げたんですよ。

Z:
変身したんですね(笑)。

S:
もうビックリするぐらいで。

全然、通訳もしてくれないし、だいぶややこしかったです。

それで、ささいなことでモメて言い合いになった時にユキが『 ここは俺の国なんだよ! 』って言って(笑)。

Z:
本当ですか?

S:
実際、ツアーもかなり過酷で、最初むこうのバンドの車に便乗させてもらってたんですけど、

さすがに向こうもキツかったみたいで『 お前ら車買ってそれで回れ 』って言われたんですよね。

で、じゃあってことで、アメリカの刑事ドラマで崖から落ちて爆発するみたいな雰囲気のフォードのセダンを買ったんですよ。

それが買って高速に乗った瞬間に煙が出るようなポンコツだったんですけど、真夏に前3人後ろ3人の6人でギュウギュウになって汗だくになって走りました。

値段は日本円でたぶん90,000円ぐらいだったんですけど。

それでフロリダからサンディエゴまでのアメリカ大陸横断で、ほぼ毎日ライブっていう。

しかもろくに英語もしゃべれないのにアンプとかを対バンのバンドにかなり気を使って貸していただく感じで。

日本だと僕らだいぶぬるま湯な所でバンドやってたんだな?って思いつつ、一気に過酷な状況に追いやられて、ヒイヒイ言ってました。

しかも中学生のユキは、まったく言うことを聞かないという(笑)。

さらに、ダメ押しでもう毎日がトラブル続きで、テキサスで事故ったり、対バンのアンプを壊してフィリピン系のイカつい奴に激怒されたりで、

ツアー終盤は全員だいぶ落ちてたんですよね。ユキだけですね、元気よかったのは。

そんな感じのがピークの時に高速で運転中にタイヤがパンクしたんですよ。

で、危ないんで下道にとにかく降りて、パーキングに入ってとりあえず直そうってことになったんですが、

自分達だけでタイヤの交換なんてしたことなくて...

fruity_car_ustour.jpg

Z:
はい(笑)。

S:
みんなであーだ、こーだ言いながらジャッキで上げようとしたんですけど、全然上がらないんですよね。

ボディだけどんどん上がっていって、これ以上やったら車からボディが取れる! みたいな、だいぶ傾いた状態になった時に、

誰かが『 そう言えばユキがガソリンスタンドでおもしろがってタイヤに空気をパンパンに入れてた 』って言ったんですよ。

で、『 それか?、パンクの原因! 』って話になって。

ユキは『 俺じゃねえよ!!! 』 ってブチ切れたんですよね。

それで怒って急に車に飛び乗ったんですよ。

それがだいぶ危なっかしい状態だったのと今までの鬱憤が爆発して、当時ユキって僕の10歳下だったんですけど、さすがに本気でキレたんですよ。

で、ボロクソ言ったら、いきなり泣き始めたんですよね。

Z:
中学生ですもんね。

S:
ウワ?ッ! って突然見たことないくらい泣きはじめたと思ったら、その後、思いっきりゲーゲー吐きだしたんですよ。

ちょうどそこはアリゾナの砂漠のド真ん中みたいなところで、気温も40℃ぐらいの灼熱な感じだったこともあってか、

なんか泣き過ぎと脱水症状みたいのが一気に来たみたいで。

もう、この時は、メンバーみんな呆然と立ち尽くしてましたね。日も暮れてきて。

で、その後、ユキとは仲直りしたんですけど、それ以前に、

ちょうどアルバムを出す、出さないっていうメンバー内での意見の食い違いとかもあって、結局もうバラバラでした。

それで、最終的にバンドはかなりボロボロになってしまって、それでやっとこのツアーが終わったって感じですね。


Z:
マジですか?(笑)。

過酷な感じで終わりましたね。

S:
最後にアメリカのユキの実家に着いたら、プール付きのものすごい豪邸だったっていうオチもあったんですけど(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

録音の電池がないので続きは次回にしましょう(笑)。

S:
喋るの長過ぎました?

Z:
いえいえ! 全然。

森くん(EGO WRAPPIN')は3時間インタビューやってましたから。

それでは続きってことで(笑)。

fruity_jxjx_and_okura.jpg

軌道に乗ってきたバンドはアメリカでの過酷な洗礼にあえなく撃沈!

ここで挫折...となるワケがない!!

苦境をバネに今度は別の方向にスッ飛びます!!!

いよいよ最終回、話の着地点はまったく予想もつかない所へ降り立ちます!

次回更新日は6月21日月曜日です!
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